医学界新聞

レジデントのための患者安全エッセンス

連載 安本有佑

2024.11.12

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 2024年4月から医師の働き方改革が始まり,各病院で勤務時間の制限や働き方に変化が生まれていると思います。ベテランの医師の中には「われわれの時代は……」と,現在の働き方に満足されていない方もいるかもしれません。しかし,これまでの医師の働き方は本当に正しかったのでしょうか。Landriganらの報告によると,平均勤務時間77~81時間/週,最長連続勤務34時間の研修医は,平均勤務時間63時間/週,最長連続勤務8時間の研修医と比較して,重大な医療過誤が1.36倍多かったとされています1)。また,Baldwinらによれば,80時間/週以上勤務する研修医は,80時間/週未満の勤務時間の研修医と比較して,1.58倍重大なアクシデントに遭遇し,上級医や多職種とのコンフリクトも約2倍抱えていたとされています2)

 これらのデータから言えるのは,「医師の長時間勤務によって安全ではない医療が患者に提供される可能性がある」ということです。不眠症を抱える初期研修医にエラーが多いことが日本からも報告されており3),その原因となり得る過度な長時間労働は避けるべきでしょう。すなわち医師の働き方改革は,単に医師の健康状態を維持することだけが目的ではなく,患者により安全な医療を届ける点でも重要になります。

 さらに当直業務の時間帯は,手薄な人員配置,スタッフの眠気,睡眠中の患者,他職種への配慮(起こすのが申し訳ないなど),臨時的な対応の必要性などの理由から,エラーが起こりやすい状況と言えます。Malteseらによると,上級医・研修医にかかわらず,ICUでの夜勤後にはワーキングメモリー,情報処理速度,知覚推理,認知の柔軟性が低下していたことが明らかにされています4)。これらは医師に限らず看護師においても起こりやすいとされ5,6),「夜間当直はエラーが非常に起こりやすい危険な環境である」ことを認識して勤務する必要があるのでしょう。

●冒頭の会話を分析する

 「転んだくらいなら大丈夫だろう」との気持ちで,上流にある原因まで研修医は考えようとしていなかったかもしれません。また,報告した看護師も当直の医師を起こしてまで対応してもらうことにはばかりがあり,「たぶん大丈夫だろう」という考えのままにプレゼンテーションをしてしまった可能性があります。こうしたボタンの掛け違いは,コミュニケーションの中では起こり得ることです。

●まずはベッドサイドへ足を運ぶ

 ではどうすればよかったのか。医師の成長段階の評価指標としてRIMEモデルがあります7)。これは,Reporter,Interpreter,Manager,Educatorの頭文字をとった略称で,RIMEの順番で成長していくことが望ましいとされています。つまり,問題に介入し優先順位がつけられるようになる(Interpreter)前に,情報を正確に収集し,報告できるようになる(Reporter)必要があるということです。今回のケースでは,転倒時の状況,疼痛や意識消失の有無などの病歴,バイタル,身体所見などの情報の取得が求められるものの,そのためにはベッドサイドに行くことが必要です。報告した看護師の情報の正確さに確信を持てる場合には,それをもとに経験豊富な医師が判断するケースもあるかもしれませんが,他者からの情報のみで判断することは一般的に高度な技術とされます。寝ている時にかかってくる電話,距離的に離れた病棟,他の患者さんの対応中など,ベッドサイドへ即座に向かえない状況が整っている当直勤務中は過小評価をしてしまう可能性があるために,意識的に対応しなければなりません。

 Reporterとしての情報収集ができるようになると,それを評価することが重要になります。今回のケースで言えば,転倒の原因を考えることです。失神,麻痺,意識障害などの医学的な症候が隠れているならば鑑別を挙げて評価しなければなりません。これは転倒に限らず,当直中によく出合う不整脈やせん妄も同様で,起こった事象だけでなく,その上流にある問題を考えることが求められます()。

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 今回の事例を分析した特性要因図

●SBARを活用した適切な情報伝達

 ここまで考えた上で,ようやく上級医へのコンサルテーションです。プレゼンテーションをどう行うかで受け手の印象は変わります。直前まで寝ていた上級医に,患者ID,主訴,現病歴,既往歴,家族歴といった,いわゆる「フルプレゼンテーション」を行ってしまうと,結論にたどり着くまでに再び上級医は眠りに落ちることでしょう。そこで,適切に情報を伝えるための型であるSBARを紹介します。SBARはSituation(状況),Background(背景),Assessment(評価),Recommendation(推奨)の頭文字から成り,使用することで看護師間のコミュニケーションや看護師から医師への電話報告における情報伝達の質が向上すると言われています8)。今回のケースであれば下記のイメージです。

S:60歳の男性が病棟で転倒し,ご連絡しました。

B:既往の脳梗塞に対して抗血小板薬を内服されている,昨日肺炎で入院された方です。

A:転倒時に意識消失が見られましたが,モニター上に明らかな不整脈は認められませんでした。直腸診をすると,これまで認めていなかった黒色便が多量に付着したため,上部消化管出血を疑っています。

R:血液検査やルート確保をしようと思うのですが,一緒に対応をお願いできますでしょうか。

 一刻を争う状況では,「糖尿病の既往があり,昨日肺炎で入院された60歳の男性が胸痛を訴えられ,STEMIを疑っています」といった,Assessment-orientedな情報伝達も有効です9)

 翌週の当直中に「患者が転倒した」と病棟から報告をもらった研修医は,ベッドサイドへ向かい,患者情報を直接取得した上で次の報告を指導医に行った。

病棟で転倒された患者さんについてご相談をさせてください(S)。左大腿骨頸部骨折で昨日入院された80歳の女性です(B)。病棟で転倒したと報告があったため病室へ伺ったところ,ベッドサイドで尻もちをついた状態でした。患者さんは日中から痛みの訴えが強く不穏な様子だったようで,疼痛によるせん妄が原因だったと考えています。腰椎に圧痛を認めており,圧迫骨折を受傷しているかもしれません(A)。ここからの評価,せん妄に対する対応をご相談させていただきたくお電話いたしました(R)。一緒に対応をお願いできますでしょうか。

 SBARに基づく患者状態の簡潔な報告ができたことで,スムーズな患者対応が実現し,指導医からも感謝されました。

・当直業務はエラーが起こりやすい状況であることを認識し,病棟でのイベントは極力ベッドサイドへ自ら向かい,正確な情報を収集しましょう。

・イベントの上流にある問題が何かを考えることが重要です。

・相手に正確に情報を伝えるためにSBARといった型を意識してみましょう。


1)N Engl J Med. 2004[PMID:15509817]
2)Acad Med. 2003[PMID:14604880]
3)Sci Rep. 2024[PMID:38233476]
4)Intensive Care Med. 2016[PMID:26556616]
5)Int J Environ Res Public Health.2021[PMID:34831683]
6)酒井一博,他.日本看護協会「時間外労働および夜勤・交代制勤務に関する実態調査」の自由意見欄に記載された看護師の労働・生活条件に関する訴えと改善要求.労働科学.2011;87(3):99-115.
7)Acad Med. 1999[PMID:10587681]
8)BMJ Open. 2018[PMID:30139905]
9)Acad Emerg Med. 2003[PMID:12896884]

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