レジデントのための患者安全エッセンス
[第9回] 緊急対応の多い救急外来で,エラーなく診療を行いたい
連載 坂本壮
2024.12.10 医学界新聞:第3568号より
日常的に出合う疾患でエラーが起こっている
救急外来におけるエラーの発生率は5.7%,そのうち患者に有害事象が生じるのは2.0%,重篤な後遺症や死亡に至るケースは0.3%と報告されています1)。骨折や虫垂炎などがエラーの多い疾患の代表例ですが,脳梗塞やくも膜下出血などの脳卒中,急性冠症候群・急性大動脈解離・急性肺血栓塞栓症(いわゆる胸痛の“BIG3”),さらには脊髄損傷,髄膜炎や敗血症などの感染症,悪性腫瘍(肺癌,大腸癌など),絞扼性腸閉塞などは重篤な転帰をたどり得るために,特に注意が必要です1)。日本の救急外来に関連した医療訴訟の研究データでは,喉頭蓋炎や頭蓋内出血に代表される外傷のエラーが,前述した疾患以外に報告されています2)。珍しい疾患でエラーが起こっているのではなく,救急外来で日常的に出合う疾患で発生していることをまずは理解しておきましょう。
●エラーが起こり得る状況を知っておく
エラーの原因は疾患によって多少異なりますが,①鑑別に含めなかった,②安易に除外してしまった,の2点に大別されます。冒頭に示した大動脈解離のケースを例にすると,痛みの訴えがないために想起できなかった(失神で来院した場合には痛みがないことも多い),発症時には痛みが強かったものの診察時には軽減していたため否定的と考えてしまった,Dダイマーが上昇していなかったため除外してしまったなどが典型例です。これらを防ぐには,疾患の知識を正確に蓄え,検査前確率に基づく判断を行うことが重要です。
一方で,知識があっても,睡眠不足や多忙による注意力の低下でエラーが引き起こされることは少なくありません。加えて知っておくべきは,1つの診断エラーには平均3つの認知バイアスが関与していることです3)。診断に当たって知っておきたい代表的な認知バイアスを表にまとめましたので,意識をしてみてください。
また,忙しい救急外来では状況認識(situation awareness)が極めて重要です。「ここでいま何が起こっているのか」を常に把握しておく必要があります。救急患者がいつ来院するかわからない状況下で,救急外来に来院中の患者の緊急度や重症度,必要な医療リソース,空床状況,救急外来スタッフの陣容,手術室の利用状況,他科からの応援が可能かどうかなど,多くの要素を整理しておくことが求められます。これらの情報を把握せずに救急車の受け入れ判断を行うことは困難です。
もちろん,こうした全体のマネジメントは主に上級医が担いますが,将来皆さんがその立場になることを考え,研修医の段階から少しずつ状況認識力を養っていきましょう。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●たとえ環境に恵まれていなくても成長するための自己学習のすすめ
“To Err is Human”(人は誰でも間違える)と言われるように,エラーを完全に回避できる人は存在しません。しかしながら,エラーを起こす理由は前述した通りある程度判明しています。遭遇頻度の高い疾患のポイントとピットフォールを理解するとともに,自分の弱点を把握しながら少しずつ成長していきましょう。そのためには,日々の振り返りが極めて大切です。
私は全国の研修医とかかわる機会が比較的多くありますが,「上級医からフィードバックが得られず困っている」という相談をしばしば受けます。救急診療に卓越した上司が適切なフィードバックをしてくれる環境が望ましいかもしれませんが,そうした環境でなくとも,自身で問題点を見つけて学ぶことは可能です。現在は,スマートフォン1つで文献検索や書籍の閲覧が容易にでき,専門科へコンサルトすることも可能です〔方法がわからなければ筆者のX(@Sounet1980)までご連絡ください〕。また,AIを活用し一定の回答を得ることもできますよね。目の前の上司以外からもフィードバックや学習の機会は数多くあります。
●患者対応における姿勢とコミュニケーションの重要性
皆さん,自施設の患者満足度調査の結果を把握しているでしょうか。救急外来では「待ち時間」などは想像しやすい影響因子ですが,実際にはスタッフの態度や患者への説明など,医療者のコミュニケーションに関連する要素が大きな影響を及ぼします4)。診断が正確であっても,患者やその家族への態度が不適切であれば,トラブルへ発展するリスクは高まります。患者や家族に怒りを抱かせてしまえば診療の質は下がり,エラーを引き起こしかねません。訴訟事例を振り返ってみても,患者や家族が求めるのは金銭よりも事実の解明,そして医療者からの誠意をもった対応・謝罪であることが多いです。患者や患者の家族として受診した際に皆さんが望む態度で自身も振る舞うようにしましょう。
救急外来では,患者やその家族と初対面であることがほとんどです。彼らは症状によるつらさや不安から,時に二次感情である怒りを露わにすることもあるかもしれません。他者を変えることは難しいため,自身が変わる姿勢で対応することが得策です。人格を変える必要はありませんが,院内にいる時は誠実で謙虚な医師を演じればよいのです。
●相手の理解度を意識した説明を
最後に,診断エラーの定義を確認しておきましょう。診断を誤ってしまった(wrong diagnosis),見過ごしてしまった(missed diagnosis),遅れてしまった(delayed diagnosis)というのはわかりやすいと思いますが,それに加えて,診断や今後の対応に関して患者に伝わるように説明がなされないことも診断エラーに含まれます5, 6)。的確なマネジメントをしたつもりでも,相手に伝わっていなければ適切とは言えませんよね。高齢者が多い救急外来では,認知機能の低下や難聴などを考慮し,相手の理解度を意識した説明の仕方を心がける必要があります。
研修医のその後
冒頭に示した研修医は,自身で話し方の問題などを自覚していたようでした。家族が怒っていた理由も時間がかかったことではなく,患者に対する態度や話し方であったことが判明しました。知識とともに丁寧で誠実な姿勢を持つ必要性を意識し,説明が上手な同期や上級医の説明をまねることから改善をスタートすることにしました。
覚えておこう!
・救急外来でエラーしやすい疾患は稀有な疾患ではなく,遭遇する頻度の高い疾患です。
・フィードバックをもらえないことに文句を言う前に,自身で振り返る術を知ることが大切です。
・患者,家族とのコミュニケーションは,エラーの防止,訴訟の回避に直結するため,相手の立場に立って考えることを心がけましょう。
参考文献
1)AHRQ Comparative Effectiveness Reviews. 2022[PMID:36574484]
2)West J Emerg Med. 2023[PMID:36976599]
3)Int J Environ Res Public Health. 2022[PMID:35457511]
4)Healthcare. 2022[PMID:35326996]
5)Arch Intern Med. 2005[PMID:16009864]
6)National Academies Press. 2015[PMID:26803862]
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