医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2024.04.09 医学界新聞:第3560号より

 もうだいぶ前からだと思うのですが,若い看護師たちの間で,「わたしたちは,業務をしているがケアをしていない」と自虐的に口にするのを耳にしていました。そのようなことが現在も続いていることを再確認したのが阿部玲子さん(東北公済病院看護部長)からのメールでした。

 「私が悩んでおりますのは,新型コロナウイルス・アウトブレイクにより,さまざまなことが変わりました。その中でも患者さんと看護師の距離が少しできてしまったのか,看護師は“看護する”という言葉から“業務する”という言葉を使うようになり,人として尊重することが薄れているように感じられる事例を体験するようになりました。(中略)そこから考えますと,『看護におけるコミュニケーションの意味』ですとか,『患者―看護師間のコミュニケーションと看護』のようなテーマで講演をお願いしたい」というのです。

 私は,コミュニケーション論などに一般化するのは適切でないと考えて,「“業務する”から“看護する”への転換のために」というタイトルで講演を引き受けることにしました。

 阿部さんから届くメールには,師長会議の議長を来年度からやってみようと思っていたが,11月22日に意を決して台本を作って臨んだところ,議論を深めたいところを深めることができたことが記されていました(本連載第212回「看護師長会議の議長は誰がすべきか」参照)。また,他の人に司会を任せていると早々に終了していたことがらを自分の裁量でできたので『爽快以外の何ものでもありません』とあったので,私も爽快になり力を入れて講演の準備をすることにしました。

 まず,なぜ「業務はしているが看護はしていない」と感じるのでしょうか。私は,二つの要因があると思うのです。一つ目は圧倒される情報収集作業です。特に帳票類の多さ,項目の重複,記録にかかる時間が看護師たちを打ちのめすのではないかと考えました。

 そこで阿部さんに連絡して,東北公済病院の看護師たちが扱う帳票類を送ってもらうことにしました。入院時に作成している帳票には以下の12種類がありました(文末の数字は質問項目数です)。①プロファイル(69),②アセスメントシート(55),③外来SGA(17),④せん妄リスクアセスメント(9),⑤外来危険因子評価(20),⑥入院時スクリーニングシート(16),⑦転倒・転落リスク評価(16),⑧入院診療計画書(0),⑨看護必要度評価(32),⑩静脈血栓症予防シート(39),⑪がん症状アセスメントシート(19),⑫退院・在宅支援アセスメントシート(11)。質問項目数の合計は303です。

 これらをメディカルギーク株式会社の崔賀英さんに分析してもらったところ,重複していた質問数は195,重複がなかった質問数は108でした。そこで重複していた195の質問項目を統合した結果,質問数は90に減りました。これに重複がなかった108の質問数を合計した結果,198の質問数に減らすことができました。これら帳票類は2年に1回行われる診療報酬改定のたびに増える,もしくは項目内容の改定があるので目が離せません。こうした「増える帳票」に対して現行の業務フローの見直しを常にしていかなければなりません。ここが看護管理の重要なポイントとなります。

 「業務をしているが看護はしていない」と思う二つ目の要因として考えられることは「これが看護か」という疑念を持つことではないかと思います。ただ与えられた帳票類の質問枠に淡々と数字や文言を埋めていくだけの作業として,しかもスピーディにその作業をしていくことを課せられているとすれば,あまり楽しい仕事ではなくなります。

 こうした状況で重要な役割を持つのが看護管理者です。「何のために」この作業を行うのかを説明し,その意味と価値を頻繁にスタッフへフィードバックする必要があると思います。中原淳氏(立教大学教授)は『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書ラクレ)において7つの挑戦課題を提示しています。その2つ目に挙げられているのが「目標咀嚼」です。つまり,会社(ここでは組織と置きかえて考えてみます)がつくった目標を自分の部下たちにかみ砕いて説明し,部下たちの納得を得ること,会社の戦略を部門の仕事に落とし込み,部下たちに仕事を割り振っていくことと説明しています。

 まとめると,業務から看護への認識の転換には,業務の効率化と管理者からの目標咀嚼といった要件が土台として必要になります。

 ここまで考えて,ハタと思い当たることがありました。それは臨床ナースとして,業務からケアに意識を転換する方法があるということです。それは,自分が業務だと思っている行為をする時に,情報収集している相手とちょっとした対話をするということです。

 例えば,入院時スクリーニングシートにADLを尋ねる項目があります。例えば「食事 □要介助 □介助が必要になる可能性あり □自立」,以下,排泄,移動,清潔/更衣の項目も同様のチェックを入れます。このときに,単にチェックボックスにチェックを入れるのではなく,「毎日どのような生活をしていますか」,あるいは「入院して,日常生活を送る上で心配なことはありますか」など相手の状況をみて,適切な質問をすることです。こうしてADLだけでなく家庭環境や家族関係,セルフケアの確立などを知ることができます。

 チェックボックスにチェックする記録の形が,ナースが相手の全体像を知る思考過程を阻んでいるのかもしれません。私の提案する公式は,こうです。

 「業務」+「対話」=「ケア」

 看護において,話を聴くことが看護の始まりであることを強調したいと思います。スタッフが「業務をしているが看護をしていない」という認識を「多くの業務は看護につながっている」(「すべての道はローマに通ずる」を思い出しました)と考えることができるようにするためには,リチャード・ノーマンが提唱する「サービス・マネジメント・システム」を枠組みとして再検討することができます(本連載第203回「看護提供方式を再考する」参照)。

 東北公済病院看護部が挑戦している「POS」「NANDA看護診断」「オレム・セルフケア不足看護理論」,そして「パートナーシップ・ナーシング・システム」などの方法論が「安全・安心な療養環境と質の高い看護の提供をめざす」という看護部の理念を支えるものとして有機的・効率的に妥当であるかを吟味する看護部長のリーダーシップに期待したいと思います。


謝辞:本連載の担当編集者・中嶋慶之さんが今春異動になりました。20年間,この原稿の最初の読者として励まし支えてくださったことに心より感謝申し上げます。

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