医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2022.08.29 週刊医学界新聞(看護号):第3483号より

 民間会社の調査1)によると,オンライン会議は対面会議よりも「参加者の日程や会議室等の調整などが容易である」という結果から,オンライン会議では会議参加者が増えやすく,会議体が大きくなっている可能性が考えられる。一方で,社内でありがちな「ちょっと軽く話ができれば」といった15~30分程度の会議はオンラインでは実施しにくい可能性があることが,開催時間の差異から推挙されるという。

 移動や場所の確保が不要なオンライン会議のメリットを感じている人は多いが,それ以上にビジネスパーソンは,対面/オンラインに限らず「目的がはっきりしていること」「議題が明確なこと」が社内会議を行う上で重要なファクターだととらえ,「いつも同じ人が発言している」「発言をしない人がいる」ことを共に問題視していることがわかったという。

 中医協の会長として議事の進行を担当した森田朗氏は『会議の政治学Ⅲ』(慈学社出版,2016年)でこんな話を書いている。

 「すでに決めたことについての蒸し返しの議論や空気の読めない意見,突拍子のない新たな提案や問題点の指摘」などの発言は「一応聞き置くことにする」。ただしそれに対して,「あなたは何をいいたいのだ! 現場で医師や看護師がどれほどがんばっているのか知っているのか!」などの言葉のやりとりが続き,議論は収束するどころか分裂を起こすこともある。

 そこで,アジェンダを「承認事項」と「報告事項」に明確に区別して,報告事項は質問を受け付けるだけにした。しかし,発言の機会を与えられたのを好機に,報告とは直接関係のないことを長々と話し始める委員がいたり,支援者へ向けてのパフォーマンスもあったり,関係のないテーマについて延々と「議論のための議論」が続く。すると多くの委員から会長に向けて「何とかしろ」という暗黙のメッセージが発せられる。こうした状態を終わらせるための技術は,イヤミを交えた牽制やわざと時計をみるふりなどをして強引に発言を打ち切ることだとしている。

 そして,議長としての苦労を次のように記述する。「猛獣は,猛獣使いの指示に従って行動するが,指示が気に入らないときや気分が乗らないときは,猛獣使いの言うことを聞かない。しつこい指示に対しては,逆に猛獣使いに吠えかかって脅かす。実にプライドの高いこうした猛獣をうまく働かせるには,猛獣のプライドを最大限尊重しつつも,最終的には,“猛獣使いの方が偉いのだぞ”と威厳を示すことが必要である」とした上で,以下の注釈が入る。「この方法が有効なのは,多数の猛獣が猛獣使いの権威を認め,指示を妥当なものとして受け容れている場合である。猛獣の多くが猛獣使いに不満を持っているときは,猛獣使いは,猛獣たちに噛み殺されてしまうことになりかねない」というのである。このあとも,「猛獣は逆襲することもある」が結局,「議長は牧羊犬でもある」ので,「あくまでも中立でなければならない」。そして議長が持っている唯一の特権は,「会議の途中で休憩を宣言できること」であり,休憩を取るタイミングをコントロールすることで審議をコントロールすることができると述べる。

 中医協の議長のハナシを長々と引用したのは,看護部の看護師長会議について考えたいと思ったからである。看護師長会議は,たいていの場合,看護部長が主宰する。看護部長は,病院内で最大の集団であり患者サービスの質を決める重要な組織のガバナンスとアカウンタビリティを担っている。

 ガバナンス(governance)とは「組織などをまとめあげるために方針やルールなどを決めて,それらを組織内にあまねく行き渡らせて実行すること」であり,統治・支配・管理という語に相当する。統治というと,権力者が国を治めるイメージがあるが,ガバナンスの主体は権力者や国とは限らない。マスメディアでガバナンスという言葉をよく見かけるようになったのは1990年代であり,当時,コーポレートガバナンス(企業統治)の概念が注目されたことが背景にある。

 アカウンタビリティ(accountability)とは,単純に「説明責任」として使われることも多いが,会計主体(主に企業)が保有する資源の利用を認めた利害関係者に対して負う責任を指し,アカウンティング(会計)とレスポンシビリティ(責任)の合成語であるアカウンタビリティは「説明報告責任」を含んでいるため,単純なレスポンシビリティとは区別して使われる。「企業だけでなく,政府や行政などもその政策内容等について国民への説明義務を負う」という意味で使われる。

 看護部長は,おそらく最低月1回以上は開催される看護師長会という会議体において,ガバナンスとアカウンタビリティを果たす重要な機会を持つ。中医協の会長が議長を務め,幾多の猛獣をコントロールして一定の結論に達するように,看護師長会議も個性的な猛獣を育て議論し,看護部の考えや活動を公開するアカウンタビリティを持たなければならない。

 このように考えると,看護師長会議の議長は,師長持ち回りなどという発想ではなく,看護部長が真剣勝負の場として,議長を担わなければならない。参議院議長も衆議院議長も,議員が持ち回りでやるなどということはない。


1)株式会社ジェイアール東海エージェンシー.ビジネスパーソン・ウォッチング調査vol.34 ビジネスパーソンの「社内会議」に関する調査2020.2021.