医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2024.03.25 週刊医学界新聞(看護号):第3559号より

 今回は,米国ハワイ大学がんセンターで疫学専門家として仕事をしている岡田悠偉人さんが,先日帰国した折に語っていた「病院の前で,黄色いTシャツを着た看護師たちがプラカードを掲げてストライキをしています」というニュースに関心を持ち,その後届いた岡田リポートをもとに記事にしました。

 ハワイ州にあるカピオラニ病院は,ハワイ王国のカメハメハ一族の王妃となったカピオラニ王妃(Queen Kapiolani)がネイティブ・ハワイアンの高い乳児死亡率を下げて,母子保健を改善するために作った病院である。ワイキキから車で10分程度のハワイ大学の近くにあり,オバマ元大統領もカピオラニ病院で生まれた。

 カピオラニ病院は,女性と子どものための病院としてハワイで最も高度な医療を提供している。小児救急やNICU,乳がんの治療など,低所得層から富裕層まで分け隔てなく治療しており,ハワイ州における唯一の母子保健病院である。現在は民間に経営が委託されており,経営の専門家がCEOとして着任している。専門性にもよるが看護師の給料は全米でも有数の高さで,ハワイ大学も実習先や就職先として連携している。

 そのカピオラニ病院で,2024年1月28日よりストライキが起きている。看護師組合としてのストライキで,給料交渉ではなく,「受け持ち患者が多く患者の安全性が保てないので,Patient Safetyの代弁者としてストライキを行っている」と通告している。ハワイ州看護師協会もストライキを支援している(ハワイ州看護師協会会長のロザリー・アガス・ユウ氏は「人員配置の問題が看護師たちの最大の関心事である」として,「カピオラニ病院の新生児集中治療室と分娩室では,1シフト当たり4人以上の看護師が日常的に不足している」と述べている)。

 米国のストライキでは給料交渉が一般的であり,ハワイ州の世論は「なぜ高給をもらっている看護師がストライキをしているのか」「もっと高い給料が欲しいのか」など給料交渉ととらえられており,看護師組合は「労働環境の改善と医療安全のためである」という説明をメディアにて繰り返し行っている。病院前を通る車がクラクションを鳴らして,多くの市民がストライキ中の看護師を応援している。

 ストライキを敢行しているので病棟では看護師が足りず,病院側は母子保健に強いトラベルナースを米国本土から呼んで対応している。ストライキの前にも交渉があり,看護師たちはストライキに入ることを1週間前から病院側に伝えている。トラベルナースは専門性が非常に高いので給料が高く,また航空券や宿泊代金も病院が負担するので,通常の3倍の人件費がかかっている。「その費用があるなら労働環境を改善したほうが安く済んだ」という専門家のコメントもある。

 NICUにて看護師1人で3人の重症新生児を受け持つことは無理があり,家族や患者を巻き込んで,より多くの看護師を採用するよう交渉している。ハワイ州看護師協会も州政府も看護師ストライキを応援しており,労働環境の改善,特にスタッフの増員が必要だと意思表明している。2月5日には交渉がまとまり始めストライキが終わり,看護師は病棟におけるケアに戻っていった。

 看護師のストライキは世論を喚起し,患者やその家族を代弁(advocate)していると岡田リポートは締めくくっている。

 カピオラニ病院が公表している資料によると,カピオラニ病院とハワイ州看護師協会は,2023年9月より看護師の新しい契約について交渉してきており,看護師によるストライキにもかかわらず,合意達成に向けて全力を尽くしている。ハワイ州看護師協会は交渉において連邦調停者を利用することに同意した。組合と調停者との最初の会合は2月22日に行われた。

 カピオラニ病院における看護師のストライキは,私にとって2つの点で意味のあるものであった。

 1つ目は,Patient Safetyを守るために人員増を要求し,経営陣と交渉の上,ストライキという実力行使に踏み切ったことである。彼女たちの行動をハワイ州看護師協会がバックアップしている。

 米国では,カリフォルニア州を除いて,看護職員配置基準がない。2003年9月に開催された第35回聖路加看護大学セミナーで講演したカリフォルニア看護アウトカム連合(CalNOC)の共同主任研究員であり,米国看護師協会カリフォルニア支部におけるプロジェクト理事であったナンシー・E・ドナルドソンによると,カリフォルニア州のルールでは,1人の看護師が受け持つ患者数は,“常時”4人以下ということであった。昼,夜を問わない。しかも純粋に受け持ち看護師の数でカウントするため,管理者やチャージナースを除いているということであった1)

 しかし,ドナルドソンは「カリフォルニア州の規定には懐疑的である」と私に話してくれた。一律に人員配置基準に依存するのではなく,状況に応じて看護管理者の裁量で配置できるようにすべきではないかということであった。現に,スタッフ配置を義務付けているカリフォルニア州では,それで医療安全やサービスが良くなったとは言えず,柔軟な対応が取れなくなったという報告が多い。

 さらに,米国では新型コロナ対応により,看護職員配置基準と労働環境の改善が医療業界における2023年からの大きな経営トピックとなっており,最も重要で成功した看護師のストライキとして,ニューヨーク病院,プレスビィテリアン・ブルックリン・メソジスト病院(ニューヨーク州),プロビデンス・ホスピタルズ(オレゴン州ポートランド),カイザー・パーマネンテ(カリフォルニア州,ワシントン州)など10病院が挙げられている。

 2つ目は,看護師のストライキが,患者や家族を巻き込んで,しかも彼らが理解し支援してくれているということである。Patient Safetyの確保は,世に開かれた活動でなければならないのである。


1)井部俊子著.4対1と2対1 看護人員に関する問題群.マネジメントの探究,ライフサポート社;2007.pp472-4.

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