めざせ「ソーシャルナース」!社会的入院を看護する
[第9回] 意見の対立をどう乗り越えるか? ①全ての治療を希望する時
連載 石上雄一郎
2024.01.22 週刊医学界新聞(看護号):第3550号より
CASE
50歳女性(シングルマザー)。乳がんの抗がん剤治療を行っていたが,脳や肺への転移が進行している状態であり,ADLが低下して治療継続が厳しい状況になってきた。抗がん剤治療中止を検討していることを医師が伝えたものの,その後の治療方針を話し合う時に,高校生の一人息子から「できる限りの治療を続けてください」と言われた。担当看護師は,「患者の状態が悪いのに,家族の希望だからといって治療の継続で本当に良いのだろうか?」と考えていた。
意見の対立は感情や人間関係の対立へと発展し,意思決定の妨げになる
病院では意思決定支援の場で意見が食い違うことをよく経験する。意見の対立やもめそうな状態のことをコンフリクトという。医療者対患者・家族,患者対家族,医療者対医療者,家族対家族など医療におけるコンフリクトにはさまざまな状況がある1)。
意見の対立は,やがて感情の対立や人間関係の対立に発展していく。最初は単純な問題(対立)でも,徐々に「Aさんの話は聞きたくない」「どうせ聞いてもらえない」と発展し,結果として意思決定がうまくいかなくなる。また「見て見ぬふりをする」「臭いものにはふたをしておく」のような回避的な対応も,いったん解決したように見えても後から再び問題が出現する。このような場合,大火事になる前のボヤのうちに対応しておくことが重要だ。そこで今回は,①自分の感情に向き合う,②相手の発言の真意を聞く,③第3の道を考えて行動する,の3ステップで対立をひもといていく(図)。なお,3ステップは①→②→③の順序を経て行うことを原則とする。対立の多くは「病状が伝わっていないこと」と「感情に対応していないこと」が原因であるので,本連載で紹介してきたスキルを用いた応用編だと思って読んでほしい。
①自分の感情に向き合う
自分に余裕がない時に,好奇心を持って相手の話を聞くことはできない。だからこそ,もめそうであることに気づいたら,まず冷静になって心の準備をするのが良い。筆者は,もめている現場へ入る時には深呼吸をして,自分の脈が下がってから臨むようにしている。
また,この際個人的な意見や感情をいったん脇に置くようにする。反射的に湧き上がってくる言葉を口に出してはいけない。正論を言えると気持ちは少しスッとするかもしれないが,事態は悪化するからだ。
②相手の発言の真意を聞く
話し合いの際は自分から話を始めず,まず相手の主張を聞くことから始めよう。そして,本連載第6回(第3538号)で紹介したNURSEやI wish I worryといったコミュニケーション手法を用いて相手の感情に対応しながら,発言の裏に隠れた気持ちや相手が大事にしている価値観を確認していく。その際は善悪の判断をすることなく,好奇心を持って相手の話を聴くのが望ましい。主張や言い分を完全に理解することはできなくても,相手に「わかってもらえた」と感じてもらえるだろう。つまり,話し合いがうまくいくかどうかの鍵は,自分が話す内容ではなく,相手の理解に尽きる。
③第3の道を考えて行動する
意見の対立が起きた時,「どちらが正しいか?」との話になりがちである。しかし,医療における対立を交渉として考えるなら,対立している二者が「Win-Win」となる共通の利益をめざすことが重要だ。以下のようなフレーズが,Win-Winをめざすキーになると筆者は考える。第4回(第3530号)で解説した患者の価値観に沿った治療方針や療養場所を考える時にも使えるので,ぜひ意識してみてほしい。
・〇〇さんにとって一番良い治療方針/過ごし方を一緒に考えたいです。
・頑張ってほしい一方で,苦しんでほしくもないのです。
・「こんなはずじゃなかった」となってほしくありません。
また交渉が難航し,YesかNoかの究極の2択を迫られている場合には,中間の落としどころを考えるのも良いだろう。予後が不確実な時や価値観が不明確な時に一定期間治療して効果を判定し,その後治療を中止するTime-limited trialという考え方があり2),治療継続を検討する場合には同手法の存在を医師と共有しても良いかもしれない。意見の対立は1回の話し合いでは解決できないと腹を決める必要があり,複数回交渉しても解決しないこともある。その場合は,第三者の立場である医療安全や緩和ケア倫理などの多職種チームやセカンドオピニオンに相談することも検討しよう。
馬を水飲み場に連れて行っても水を飲んでくれるかわからないように,これまで述べたようなコンフリクトマネジメントを複数回踏んでもうまくいかないことはある。もめている状況は往々にして医療者だけの問題ではないことが多く,結果はどうであれベストなコミュニケーションの手を尽くすほかないと筆者は考えている。
CASEのその後
他の入院患者と比較して若い患者であり,「本人の状態が良くないにもかかわらず治療を継続するのはかわいそうで説得したい」という医療者としての気持ちがあることに看護師は気づいた。まずは患者の話を善悪の判断をせずに20分ほど聞いた。
「全ての治療とはどのようなイメージか?」と看護師が尋ねたところ,「たとえ残された時間が短いとしても,高校生の息子のために頑張りたい。何もしなかったらとても苦しいのではと感じていた」とのことだった。どんな息子かを聞いていくと,「息子は受験勉強をとても頑張っている。父(夫)とは早くに離婚して一人で育ててきたので,息子を一人にさせたくない」との思いがあることがわかった。息子につらい思いをさせたくない,苦しい思いをしている自分を息子に見せたくないという患者の気持ちを医師に共有し,再度面談を行った。その結果,負担が少ない抗がん剤による治療を当面は行うものの,状態がさらに一段階悪化した時には治療を中止し,息子と過ごす時間を作っていく方針となった。
看護のPOINT
・結果として意思決定の妨げになるので,小さな意見の対立は早めに対応しよう。
・話し合いの際は①自分の感情に向き合う,②相手の発言の真意を聞く,③第3の道を考えて行動する,の3ステップを忘れずに。
・Win-Winがめざせなくても,中間の落としどころがないかを考える。
引用文献
1)JAMA. 2005[PMID:15769971]
2)JAMA Intern Med. 2021[PMID:33843946]
参考文献
・Ann Intern Med. 2009[PMID:19721022]
・GeriPal. The Angry Patient:A podcast with Dani Chammas and Keri Brenner. 2023.
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