めざせ「ソーシャルナース」! 社会的入院を看護する
[第6回] 家族面談時の看護師の役割① 感情に配慮しよう
連載 石上雄一郎
2023.10.23 週刊医学界新聞(看護号):第3538号より
CASE
80歳男性。多系統萎縮症で神経内科に通院中であり,嚥下機能が徐々に低下してきていた。食後に窒息して心肺停止の状態で救急搬送された。今回までにACP(アドバンス・ケア・プランニング)をされたことはなく,一命はとりとめたが,低酸素脳症の状態となった。主治医は神経学的に回復の見込みは低いことを説明し,転院の準備を進めていた。家族に「奇跡が起こるのを信じていますので治療を続けてください。転院ってもう見捨てるってことですか?」と言われ,対応した看護師は困っていた。
今回は上記のようなCASEにおいて,看護師をはじめ多職種ができることについて具体的に考えていきたい。本連載第4回(第3530号)では,家族面談の3ステージやケアのゴール設定について考え方を共有した。多くの急性期病院において,嚥下機能が低下した患者への対応では気管切開後にとりあえず転院させるケースが多いように感じる。こうした場合,患者や家族の気持ちはついていかず,「医療者⇔患者・家族」の対立構造になり,結果として入院期間が長引くことがある。
こうした場面で多職種に行ってほしいことは,患者・家族の感情への対応と価値観の確認の2つである。今回は感情への対応として,NURSEとI wish I worryというコミュニケーションスキルを紹介する。これらのスキルは緩和ケアだけでなく,あらゆる場面で使うことができる。
患者・家族の感情への対応が必要な理由
なぜ患者・家族から表出される感情への対応が必要なのか。これはしばしば患者・家族の満足度を向上させるためだと思われがちだが,それだけではない。患者・家族の意思決定を適切に支援するためにも必要だからだ。コミュニケーションとは,情報と感情を処理することによって行われるやりとりと言い換えられる。脳では情報よりも先に感情が処理されるとされ,頭が真っ白になっている人に情報を伝えても頭に入らないように,強い感情は情報処理や推論を阻害すると言われている1)。また,家族の感情への対応が不十分だと,家族がネガティブな感情を避けるために本人の価値観と異なる治療法を希望することもあるとされる2)。医療者は感情という“データ”を無視しがちだが,たった40秒の感情への対応により,難しい意思決定の場面において患者の不安が軽減したとの研究3)もあることから,適切なコミュニケーションは患者・家族-医療者の関係を円滑にしてくれるはずである。
コミュニケーション時に意識したい2つの技法
◆NURSE
相手の感情表出を促すテクニックとして,患者・家族とのコミュニケーション時は表に示すフレーズをぜひ使ってみてほしい(詳細は成書を参考にされたい)。日本人は感情を隠すことが多いものの4),このような声掛けは意思決定の助けになる5)。
◆I wish I worry 希望と心配を伝える
医療者は「悪くなるかもしれない」と心配だけを伝えることが多い。しかし同時に「(自身の気持ちとしては)良くなることを願っている」と伝えることは患者・家族の支えになる。「もちろん気持ちとしてはご家族と同じで,治療がうまくいくことが一番であり,そうなれば良いなと思っています。一方でうまくいかなかった時に,ご本人やご家族がこんなはずではなかったと後悔しないか心配しています」などの表現を用いて希望もセットで伝えることを意識してほしい。
感情的な質問に理論的に打ち返さない
冒頭で述べたような「医療者⇔患者・家族」といった対立の多くは,価値観においての真の対立ではなく,コミュニケーションの不足によって生じると言われている。「なぜ治療ができないんですか?」と患者から何度も繰り返し聞かれたり,堂々巡りになったりしている状態では,患者・家族は感情的になっていて,物事を論理的に考えられていない可能性が高い。医療者はつい論理的に説得しようとするが伝わらない。医療者と患者・家族で綱引きのような状態になっている時は,まず綱を手離して横から話しかけることが遠回りに見えて実は近道なのだ。
CASEのその後
看護師から家族へ,今の病状の理解や気がかりについて尋ねると,今後予測される経過などの情報がうまく伝わっていないことがわかった。また,感情への対応もうまくできていないことがわかったため,NURSEを用いながら話を聞き,特に「奇跡」がどのようなイメージか(具体的に何を指すか)を聞いた。患者の写真を見せながら今の状況に対する理解を促し,患者の人となりを聞いた。感情への対応を行うことで家族は精神的に落ち着いた状態となり,病状や予後を正しく理解することができた。その結果,転院することに納得していただけた。
看護のPOINT
・意思決定を適切に支援するために,患者・家族から表出される感情に対応しよう。
・患者・家族の感情に対応する際は,NURSEやI wish I worryといった技法を参考に。
・相手が感情的になっている時は,論理的な説得や説明をしても伝わらない。
参考文献
1)Majesko AHS, et al. Predictors of surrogates’ perceived ability to make decisions for incapacitated ICU patients. Crit Care Med. 2010;38〔(12)(Suppl)〕:A205.
2)J Clin Oncol. 1999[PMID:10458256]
3)J Crit Care. 2009[PMID:19327950]
4)J Pain Symptom Manage. 2021[PMID:33290856]
5)Patient Educ Couns. 2010[PMID:20005066]
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