めざせ「ソーシャルナース」!社会的入院を看護する
[第10回] 意見の対立をどう乗り越えるか?②家族が医療者の場合
連載 石上雄一郎
2024.02.26 週刊医学界新聞(看護号):第3555号より
CASE
85歳女性。認知症の進行がみられ,次男が以前から介護をしていた。肺炎の治療で入院し,入院5日目に病状が悪化した。病状が悪化した当日に家族面談を主治医が行ったところ,患者本人は話すことができなかったので,次男と話し合いを行い,抗菌薬投与と点滴のみで侵襲的な治療を控える方針となった。しかし翌日,医師である長男から「助かる見込みがあるなら人工呼吸器をつなげてください」と病棟に電話がかかってきた。
今回のように介護を行っている家族と意思決定をする家族が異なることはよく経験する。こうしたことを防ぐために,大事な治療方針を決める話し合いを行う時には「他にこのことを話しておきたいご家族はいませんか」「遠方に住んでいるご家族で話し合いにかかわりたいという方もいらっしゃいますが,いかがでしょうか」と,目の前にいる家族の他に意思決定にかかわる可能性がある家族がいないかを確認することが必要だ。今回は,家族が医療者の場合にどのようなことに配慮したら良いかを考えていきたい(図)。
「同じ医療者なのになぜ?」という自分の感情に気づく
冒頭のようなCASEでは「同じ医療者なのに,なぜ本人のためにならない治療を要求するんだ。信じられない」と医療者が愚痴をこぼすことがある。陰性感情から家族と話し合いたくないと対話を回避してしまい,「医師である家族が希望しており,もめても仕方がない」と先方の要求を飲んでしまうこともあるかもしれない。
しかし,本当は最善の治療ではないと医療者が思いながらケアにあたると,モラルディストレス(註)を抱えてバーンアウトしやすくなることが知られている1)。したがって,家族が医療者で先方との意見の対立や治療方針の相違がみられた際は,まず施設側の医療者が自らの陰性感情に気づき対立に向き合うことから始めよう。
一人の家族としての医療者の苦悩に共感する
医療者,特に医師は一般的・倫理的には自分や家族の治療をすべきではないと言われているものの,実際は不適切に関与していることが知られている2)。このことからわかるように,医師(医療者)である家族には,「家族」と「医師(医療者)」の2種類の役割(属性)が存在する。家族の役割としては,献身的に親孝行をしたいという希望や,「まず●●の意見を聞こう」といった他の家族からの医師としての期待を感じている。一方,医師の役割としては,良心的な医師でありたい,他の医師に対してきちんとした治療を提供してほしいと期待することがある3)。
つまり,医療者は家族が病気になった時,2種類の役割の両方を求められる葛藤にさいなまれていることが多いのだ。冒頭のようなCASEでは,つい医療者である家族との対立構造になりがちだが,まずは家族としての医療者の苦悩に共感することが求められる4)。「このような話はいくら現場で経験したとしても血のつながった親となったら別ですよね」「複雑な気持ちになるのではないかと思いまして」といったように,相手の感情を引き出し,医療者の鎧を脱いでもらうことは重要だ。
配慮するポイントを押さえる
では,家族に医療者がいた場合,何に留意すべきか。コミュニケーションの成功の鍵は相手を知ることに尽きる。医療者の職種や専門などの背景について好奇心を持って聞くこともその1つだ。医療は専門分化が進んでおり,医療者の背景もさまざまだからである。手術室看護師と小児科クリニックで働いている看護師では知識量も経験も全く違う。また,病院によっても文化や常識が異なることがある。筆者は以下のような言葉かけをすることがある。
● 医療者がご家族にいるのはわれわれにとってもありがたいことですし,本人にとっても心強いことだと思います。ちなみに,普段はどちらで働いていますか?
● 今は専門が分かれているので,あまりこうした経験は少ないかもしれません。
● ご家族が働いている病院では,こうした治療はよくされていますか?
言いたくなさそうな場合には無理に聞き出さなくても良いが,こうした声かけで相手を知ることで先方の認識がより明確になり,懸念事項もわかる。
また,医療者である家族がどの程度意思決定にかかわりたいかを把握する必要がある。現場の医療者や普段介護をしている家族に任せる人もいれば,多くの情報をなるべく把握し,医療者として自分で意思決定したい人もいる。後者の場合,お勧めの治療方針を伝えても相手が納得しないこともあるので注意したい。血液検査所見や容態が悪化したといった断片的な情報だけが家族間でシェアされ,患者の全体像を把握せずに治療方針を検討していることがよくあるからだ。また職場の医療者からの意見を聞き不安を募らせていることもある。医療者である家族が意思決定権を持っているケースでは,相手と直接話して懸念事項を教えてもらうことや患者の具体的なADLなどの生活状況を伝え,実際の様子を見てもらうと,治療方針に納得される場合もある。
CASEのその後
医師である長男に折り返しの電話をかけて背景を聞くと,遠方で麻酔科の医師をしているようであった。家族としての医療者の苦悩に共感すると,「そうなんです。ずっと仕事が忙しくて最近は実家に帰ることもできず,親孝行することもできなくて。人工呼吸器さえつければなんとかなるかと思って」とのこと。現在の治療内容とADLについて伝え,「見捨てるわけではなく,苦しくない範囲の治療は継続する」と告げると,「しっかりした医療者に見てもらっていることがわかって安心した」と納得した様子であった。
看護のPOINT
・患者の家族に医療者がいて先方と意見が対立した際は,施設側の医療者が自らの陰性感情に気づいて相手と対話することに向き合おう。
・医療者である家族は「家族」と「医療者」の双方の役割が求められている。一人の家族としての医療者の苦悩に対する共感を忘れずに。
・医療者である家族がどの程度意思決定にかかわりたいかを把握する。
註:自分にとって核となる道徳的価値観に反する決定や行動を強いられたり,それを目撃したりした時に生じる心理的な害。やるべきことがわかっているのにそれができない時に起こる苦しみ5)。
参考文献・URL
1)BMC Nurs. 2023[PMID:37496000]
2)Virtual Mentor. 2012[PMID:23351205]
3)West J Med. 2001[PMID:11577049]
4)Robert A. FAST FACTS AND CONCEPTS #131 THE PHYSICIAN AS FAMILY MEMBER.
5)BMJ. 2021[PMID:33419774]
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