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『神経病理インデックス 第2版』より

新井信隆

2023.07.07

 多くの研修医が頭を悩ませる医学領域がある。それは神経病理である。1つだけでも難解なイメージのある「神経」と「病理」がドッキングしている。できれば目を合わさないようにして通り過ぎたい。だが,神経内科専門医をめざすには避けて通れぬ重要な領域なのである。さて困った……。

 そんな研修医・専攻医の救世主となったのが『神経病理インデックス』である。豊富な写真や簡潔な説明で,難攻不落に見えた峻嶮も,本書にかかれば霧が晴れ,登頂ルートが浮かび上がる。多くの読者に恵まれた本書がこのたび18年ぶりの改訂を行った。前版のわかりやすさはそのままに,約300点の写真を追加,記載も最新の内容にアップデートされている。

 今回「医学界新聞プラス」では,本書『神経病理インデックス 第2版』の内容から「染色法」「神経細胞」「神経突起」「頭部外傷」をピックアップして4回に分けて紹介する。

神経細胞の突起(軸索・樹状突起)の病理変化

 軸索のマーカーには前章「神経細胞」で記載した各種ニューロフィラメント(NF-L,NF-M,NF-H,SMI32),樹状突起のマーカーには微小管結合蛋白2(MAP2)が用いられる。

軸索障害とその用語

 軸索の障害のメカニズムを示すさまざまな言葉には,障害が生じる場所,その後進展する方向性などの観点から,以下のようにいくつかの呼称がある(図2-1)。

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図2-1 軸索障害の伝播

■順行性変性(anterograde degeneration)
 軸索のどこかが障害され,その後の二次変性が軸索末端部の方向へ進展する変性進展様式を順行性変性という。ワーラー変性(Wallerian degeneration)ともいわれる。たとえば,大脳基底核付近の脳梗塞などで運動神経の軸索が通る内包が破壊された場合,その後,それより遠位側の大脳脚,延髄錐体,脊髄側索,脊髄前索が変性することがあるが,これは錐体路系の順行性変性の一例である。

■逆行性変性(retrograde degeneration)
 軸索の障害に惹起されて起こる細胞体へと向かう変性を逆行性変性という。ダイイングバック現象(dying back phenomenon)ともいわれる。たとえば,脊髄損傷で側索が障害された場合,障害されたレベルより中枢側に変性が進行していく現象をいう。この場合,もちろん遠位側に向かって順行性変性も生じる。

■経神経細胞性変性(transneuronal degeneration)
 神経細胞の変性がそれと線維連絡のある別の神経細胞の変性を惹起することを経神経細胞変性という。その場合,シナプスを介する変性の伝播であるから,経シナプス性変性(transsynaptic degeneration)ともいえる。このようにある系統の変性が広がっていくことを索変性(tract degeneration),鎖変性(chain degeneration)と表現することもある。

■索変性(tract degeneration)(図2-2
 特定の神経索が変性することを索変性という。順行性の場合と逆行性の場合の区別はとくにない。変性疾患,栄養障害性,外傷に続発するようなものも含む。

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図2-2 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の両側側索の索変性
側索が淡明化している(KB染色)。

■軸索反応(axonal reaction)
 軸索の障害によりさまざまな反応性の変化を来たすことを軸索反応という。とくに軸索の障害に続発する神経細胞体へと向かう逆行性の障害を示すことが多く,その結果,神経細胞体が腫大を起こすことを,中心性虎斑融解という。また,やや古典的な言葉ではあるが,原発性刺激(primare Reizung)も同義である。

■びまん性軸索損傷(diffuse axonal injury)(図2-3
 頭部への鈍的な外力により頭蓋内の脳が振動し,脳梁,上小脳脚などの長径線維が障害される場合がある。このタイプの頭部外傷の機転をびまん性軸索損傷という。

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図2-3 びまん性軸索損傷
脳梁など長い軸索の束は,頭部外傷によってびまん性軸索損傷を起こしやすい部位である(ボジアン染色)。

■軸索異栄養あるいは軸索ジストロフィー(axonal dystrophy)(図2-4〜6
 軸索腫大(スフェロイド)の1つの特殊なタイプで,軸索の遠位末端部の腫大を特徴とする。軸索ジストロフィーあるいは神経軸索ジストロフィー(neuroaxonal dystrophy)ともいい,乳児型神経軸索ジストロフィー(infantile neuroaxonal dystrophy)など,特定の疾患を意味することがある。延髄ゴル核では加齢や抗てんかん薬の長期服用の副作用でも出現する。

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図2-4 灰白質に広汎に淡い球状物が無数に認められる(ボジアン染色)。
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図2-5 延髄ゴル核には生理的加齢などで軸索ジストロフィーが生じる(HE染色)。
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図2-6 さまざまな軸索腫大の部位と呼称

さまざまな軸索・樹状突起病変(図2-6

■軸索萎縮(axonal atrophy)と軸索消失(axonal loss)
 原発性であれ二次性であれ,軸索障害の終末像は軸索の萎縮と消失である。軽度の場合は形態計測をしないといけない場合もある。軸索の脱落に伴って髄鞘も崩壊することが多い。その破壊成分を貪食するマクロファージ(脂肪顆粒細胞)が出現する。

■軸索腫大(axonal swelling)/スフェロイド(spheroid)(図2-7,8
 軸索の腫大病変の総称である。さまざまな病因により軸索の近位から最遠位部まで形成される可能性がある。そのうち,比較的小さいもの(直径20 μm以下)をグロビュル(globule)と区別することもある(図2-6)。

 HE染色では好酸性に染色されるが,ボジアン染色などの嗜銀染色ではより明瞭に可視化される。嗜銀性の強さは,スフェロイド内部に含まれる線維成分の多さによって変化する。一般的に嗜銀性は,ニューロフィラメントのような線維成分が多ければ増し,顆粒状物やミトコンドリアなどの細胞内小器官が多ければ乏しくなる。淡い泡沫状のものとして観察されることも多い。

 KB染色やLFB染色など,髄鞘染色でスフェロイドの周囲が青く染色されていれば,有髄線維のスフェロイドであり,それがなければ無髄線維のスフェロイドと判断される。

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図2-7 軸索腫大の横断面のHE染色
好酸性の円形物が観察される。
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図2-8 軸索腫大の縦断面のHE染色
太い軸索が認められる。

■外傷性軸索腫大(trauma-induced axonal swelling)
 頭部外傷による軸索損傷に随伴して,受傷部位の軸索にスフェロイドが形成される。そのようなものをとくに軸索退縮球(axonal retraction ball),軸索静脈瘤様腫脹(axonal varicosity),球根様軸索(axonal bulb)ともいう(図2-6)。

■βAPP強陽性軸索(βAPP strongly positive axon)
 βアミロイドの前駆蛋白(β-amyloid precursor protein:βAPP)は正常軸索にも存在しているが,外傷,虚血,浮腫などのストレスが加わると軸索内に貯留して免疫染色で強陽性を呈する(図2-9)。

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図2-9 ところどころ数珠状になっていることもある。

■トルペド(torpedo)(図2-10
 プルキンエ細胞の最も近位部の軸索に生じたスフェロイドをトルペドという。小脳皮質の顆粒細胞層の比較的プルキンエ細胞寄りに多く形成される。紡錘形をしており,魚雷(torpedo)を連想させるところからつけられた名である。さまざまな原因による小脳皮質の障害に随伴するプルキンエ細胞の変性によって形成される。また,抗てんかん薬の長期服用でプルキンエ細胞は高度に脱落することがあるが,その場合にもトルペドは多数観察される。HE染色では好酸性,ボジアン染色では嗜銀性を示す(図2-10)。

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図2-10 トルペド
プルキンエ細胞の近位軸索が紡錘形に腫大したもの(→)(ボジアン染色)。

■カクタス(cactus)(図2-11
 プルキンエ細胞の細胞体あるいは樹状突起の表面から外側に向かって,サボテンの棘のように突起が出ているように見えるものをカクタスという。このような変化はメンケス病(Menkes disease)などで記載されるが,一般的に小脳顆粒細胞の変性,脱落に伴ってみられるプルキンエ細胞の変化である。HE染色でも淡く短い突起状のものとして観察されるが,ボジアン染色などの嗜銀染色でより明瞭に観察できる。

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図2-11 カクタス
トゲが認められる。顆粒細胞型変性に随伴することが多い(ボジアン染色)。

■ヒトデ小体(図2-12
 プルキンエ細胞の樹状突起が分子層内で腫大する変化である。ヒトデのように見えるのでヒトデ小体(asteroid body),あるいは樹状突起腫脹(dendritic expansion)ともいう。前出のプルキンエ細胞のカクタスに伴って観察されることが多い。HE染色では好酸性の周辺に手を伸ばしたような塊状構造物であり,嗜銀染色ではより明瞭である(図2-12)。

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図2-12 ヒトデ小体(樹状突起腫脹)
一見ヒトデのようにも見える(ボジアン染色)。

■歯状核のグルモース変性(図2-13,14
 小脳歯状核の神経細胞の周囲に,HE染色で好酸性を呈する雲状の構造物が集積する像を呈しながら,神経細胞の脱落を起こす特異的な変性像をグルモース変性(grumose degeneration)という。雲状の構造物は,ボジアン染色などの嗜銀染色では,無染色性の淡い雲状のもの,嗜銀性の小顆粒状,やや大きな塊状,リング状のものが混在したような所見を呈する。これらはプルキンエ細胞の軸索終末の発芽線維であり,やや大きな塊状,リング状のものは,プルキンエ細胞の軸索終末の腫大と考えられる(図2-13,14)。プルキンエ細胞は保たれる。

 歯状核門,上小脳脚の変性を随伴することが多く,小脳遠心系の変性の存在を示している。進行性核上性麻痺(PSP),歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA),マシャド・ジョセフ病(MJD),大脳皮質基底核変性症(CBD)などで特徴的にみられる。

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図2-13 グルモース変性
歯状核の神経細胞周囲に淡い好酸性の帯状構造(→)を見る。プルキンエ細胞の軸索終末の発芽である(HE染色)。
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図2-14 amorphous material
SCA31のプルキンエ細胞の周囲にはエオジン好性の無構造な物質を認める(シナプトフィジン染色)。

■エンプティーバスケット〔空篭(empty basket)〕(図2-15
 小脳分子層の篭細胞(basket cell)の軸索はプルキンエ細胞を取り囲んでいる。プルキンエ細胞が消失すると篭細胞の軸索だけが残り,空っぽのバスケットのように見える。プルキンエ細胞脱落を示す所見である。

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図2-15 エンプティーバスケット
プルキンエ細胞が脱落すると,空っぽの篭(破線内)のように見える(ボジアン染色)。

※書籍では以降に下記の項目も解説しています。

・終末ボタン(terminal button)
・神経突起内類でんぷん小体(intraneuritic corpora amylacea)
・ニューロピルスレッド(neuropil thread)
・老人斑(senile plaque:SP)
・嗜銀顆粒(argyrophilic grain)
・レヴィニューライト(Lewy neurite)
・TDP-43プロテイノパチーのDN(異栄養突起)
・好酸性円形小体(eosinophilic round structure)
・糸球体様構造(glomerular structure)
・ユビキチン化点状構造(ubiquitinated dot-like structure)
・ルーチン染色による軸索破壊の見え方

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