医学界新聞

医学界新聞プラス

『神経病理インデックス 第2版』より

新井信隆

2023.07.14

 多くの研修医が頭を悩ませる医学領域がある。それは神経病理である。1つだけでも難解なイメージのある「神経」と「病理」がドッキングしている。できれば目を合わさないようにして通り過ぎたい。だが,神経内科専門医をめざすには避けて通れぬ重要な領域なのである。さて困った……。

 そんな研修医・専攻医の救世主となったのが『神経病理インデックス』である。豊富な写真や簡潔な説明で,難攻不落に見えた峻嶮も,本書にかかれば霧が晴れ,登頂ルートが浮かび上がる。多くの読者に恵まれた本書がこのたび18年ぶりの改訂を行った。前版のわかりやすさはそのままに,約300点の写真を追加,記載も最新の内容にアップデートされている。

 今回「医学界新聞プラス」では,本書『神経病理インデックス 第2版』の内容から「染色法」「神経細胞」「神経突起」「頭部外傷」をピックアップして4回に分けて紹介する。

ミサイル型頭部外傷

銃創 gunshot wound(図9-1,2

 交通外傷や転倒,あるいは鈍器による非ミサイル頭部外傷(non-missile head injury)に対して,銃器などによる弾丸が頭部を貫通するような外傷〔銃創(gunshot wound)〕はミサイル型頭部外傷(missile head injury)の代表である。

9_Fig1.JPG
図9-1 弾丸は回転して貫通するので出血が広がる。
9_Fig2.JPG
図9-2 前頭部から後頭部にかけて貫通している。

非ミサイル型頭部外傷

脳震盪 brain concussion

 脳震盪は,外部から力がかかり一時的に意識障害を来たした状態であり,病理学的に脳に器質的な変化は起こっていないと思われているが,繰り返すことにより後述するような病変を惹起しかねないことが明らかになってきている。

慢性外傷性脳症 chronic traumatic encephalopathy:CTE

 脳挫傷のような器質的な損傷を起こさずとも,脳震盪が繰り返されることで,数年から数十年後に,主に神経細胞にリン酸化タウが蓄積し,認知症などの高次脳機能障害を惹起することが知られている。スポーツ外傷としては,アメリカンフットボール,サッカー,アイスホッケー,ボクシングなどのコンタクトスポーツが代表的なリスク背景といわれているが,これに限定しているわけではない。米国の引退後のアメリカンフットボール選手を疫学的に調べた病理学的研究によると,80%以上の解剖症例に,生理的な範囲を超えたリン酸化タウの蓄積があることが報告され,社会問題にもなった。また,いわゆる爆撃などの爆風に接する爆傷(blast injury)においても脳震盪のようなストレスが脳に加わるが,爆傷が遷延した場合の脳病変については,まだ完全には明らかにされていない。
*Mez J, et al(2017)[PMCID:PMC5807097]

脳挫傷 brain contusion,脳裂傷 cerebral laceration(図9-3,4

 脳挫傷は脳に鈍的な外力がかかった時に生じる脳の局所性の破壊性病変である。このような外圧による場合,鈍的頭部外傷(blunt head injury)と称する。外傷の程度にもよるが,出血,浮腫,壊死のプロセスを経て反応性組織所見が惹起され,瘢痕化に至る。陳旧性の脳挫傷では脳表組織の破壊とグリオーシス,ヘモジデリン沈着などが認められる。

 外力が加わった頭部の直下の脳挫傷はクー(coup)型の挫傷といわれ,一方,外力が加わった方向の向こう側に生じる挫傷はコントラクー(contracoup)型の挫傷といわれる。前頭部に外力が加わった時に,前頭葉に挫傷が生じるのが前者で,後頭葉に挫傷が生じるのが後者である。もちろん,両者とも同時に障害されることもあり,クー・コントラクー(coup-contracoup)型という。頭蓋底の隆起部に接した大脳部分に生じやすい。

 一種の脳挫傷であるが,外力によって脳組織の一部が裂けた状態を脳裂傷という。

9_Fig3.JPG
図9-3 右前頭部から側頭部にかけて外力が加わったための急性期の脳挫傷。局所的なくも膜下出血を伴っている。
9_Fig4.JPG
図9-4 脳の表面だけでなく内部組織(白質)が裂傷を受けることもある。

びまん性軸索損傷 diffuse axonal injury(図9-5〜9

 鈍的頭部外傷の中には,明らかな脳挫傷や出血を臨床的に捉えられないにもかかわらず,意識障害や運動障害などが遷延し,重症化に至る症例もある。これは受傷時における外力が脳を頭蓋内で大きく移動させることによって生じる軸索,とくに長い神経路の軸索障害によるものと考えられ,びまん性軸索損傷と呼ばれている。脳梁,上小脳脚,放線冠,脳弓,内包,外包,脳幹などが脆弱である。軸索は断裂し,残存する軸索には時期によって軸索腫大(スフェロイド)が認められる。軸索流の内容物(たとえばニューロフィラメントや微小管など)が局所的に溜まるという点では,一般的な軸索腫大と同様であるが,外傷により軸索が断裂して縮んでいるというイメージや,形態学的に楕円形や紡錘形に腫大した軸索が連なる場合が多いことなどから,外傷に起因したと思われる場合は,軸索退縮球,軸索静脈瘤様腫脹,球根様軸索などと呼ばれ,βAPP染色により強陽性となる(図9-8)。ただし,外傷だけでなく脳梗塞病変の周囲にも強陽性の太い軸索を多数認めることがあるため(図9-9),βAPP染色による陽性所見は外傷に起因した軸索損傷の存在を証明するものではない。

 βAPP陽性軸索のパターンとして,一見ジグザグ様に見えるもの,またそうでないものを区別して原因がそれぞれ異なるという考え方もあるが,その鑑別の仕方は現時点では慎重であるべきである。なぜならば,経験上,明らかな外傷であっても,脳梗塞周囲の浮腫性病変であっても,βAPP陽性軸索の染色パターンは多様であり,明瞭には病因を区別できないことが多いからである。

 外傷によって生じた軸索腫大は,慢性期になっても腫大したままになっているわけではなく,急性期を過ぎると軸索腫大はあまり観察されない。βAPP染色も陽性所見は急性期に限られるといっても過言ではない。

 軸索腫大の消長のタイミングには諸説あり,受傷後数時間で腫れて,長いものでは100日くらいまで腫大を認めるという報告がある。損傷が激しい場合には,軸索破壊に伴い,髄鞘も崩壊してマクロファージが浸潤する。慢性期の病変では著しいグリオーシスを形成する。とくに脳梁や上小脳脚などは著しく菲薄化する。

 びまん性軸索損傷は臨床的な意味合いも持っている。受傷後の画像検査で,とくに出血や挫傷などの変化がない症例で,意識障害が回復しないことがあり,このような場合,臨床診断名としてびまん性軸索損傷を使用していることが多い。しかし必ずしも病理学的に軸索損傷が生じているわけではないことに注意したい。

9_Fig5.JPG
図9-5 大脳白質の硬化性変化,脳梁の菲薄化を呈するびまん性軸索損傷の陳旧例。
9_Fig6.JPG
図9-6 脳梁同様に長線維束である上小脳脚も受傷しやすい部分である(KB染色)。
9_Fig7.JPG
図9-7 脳梁正中部にスリット状の出血を認める(破線内)。帯状回ヘルニアも認める。
9_Fig8.JPG
図9-8 軸索静脈瘤様腫脹(βAPP染色)。
9_Fig9.JPG
図9-9 腫大した軸索を多数認める(βAPP染色)。

頭部外傷による出血性病変

硬膜外血腫 epidural hematoma:EDH

 EDHはほとんどが外傷性である。側頭骨の内板側には浅側頭動脈の分枝である中硬膜動脈(middle meningeal artery)が走行し,硬膜に血液を供給している。頭部外傷によって側頭骨付近が骨折した場合,この中硬膜動脈やその分枝動脈を傷つけることがあり,穹窿部の硬膜外スペースに血腫が形成される。また頻度は少ないが,静脈洞からの出血もある。出血の場所や量によっては,非常に急激に血腫が形成されることもある一方で,比較的緩徐に進行することも多く,その場合には,臨床的には意識清明期(lucid interval)があることがEDHの特徴である。

硬膜下血腫 subdural hematoma:SDH

 外傷性SDHと非外傷性SDHがある。外傷性の多くの場合は,回転性の加速衝撃と非回転性の打撲により,架橋静脈(bridging vein)や皮質動脈・静脈(cortical artery/vein)が破綻して出血源となり,硬膜下に血腫を形成したものである。急性,亜急性,慢性がある。後述するが,虐待によって急性SDHが形成されることもある。

 一方,乳幼児では虐待のみならず,転倒や低位からの転落など比較的軽度な頭部への外力によっても急性SDHが生じることがあり,中村I型の頭蓋内出血といわれる。
 亜急性SDHは受傷後数日から3週間くらいの間に,急性期に出血して一旦止まった軽度な出血が再出血したものと考えられている。発生メカニズムは今のところ明らかではないが,正確な診断の意義は大きい。

 硬膜とくも膜の間は一般的にくも膜下腔といわれるが,実際には腔(スペース)はなく,疎な細胞成分で構成される硬膜境界細胞層(dural border cell layer:DBCL,図9-10)である。この層の主に硬膜側には硬膜静脈叢(dural venous plexus)があり,比較的軽微な脳への外力によっても破綻してSDHを形成することがあり,これが中村I型の発生メカニズムではないかという説もある。

 非外傷性SDHには,脳動静脈奇形,脳動脈瘤,硬膜動静脈瘻,脳腫瘍,血液疾患によるものがある。外傷性SDHを疑った場合でも,念のため非外傷性SDHの存在の有無については検討しておく必要がある。

9_Fig10.JPG
図9-10 硬膜境界細胞層(DBCL)
硬膜下腔に相当する。

慢性硬膜下血腫 chronic subdural hematoma:CSDH(図9-11

 CSDHは,たとえば老人が転倒するなどによる頭部外傷によって生じた硬膜下の血腫が慢性に経過したもので,血腫のまわりには結合組織が形成され,血腫自体が被包されたものである。CSDHは架橋静脈が破綻して生じるものが主体ではなく,前述したDBCLにおける小さな破壊病変から出血して次第に大きくなったものと考えられている。臨床的には外傷の既往が同定できない場合も多く,また,剖検によって初めて検出される程度のものも多い。このような場合は,硬膜がヘモジデリンによって黄褐色調になっていることが多い。

9_Fig11.JPG
図9-11 慢性硬膜下血腫(CSDH)
白い硬膜をめくった下に茶色の厚い皮膜に囲まれた血腫を認める。内部には古くなった凝血が付着している。

硬膜下血腫(SDH)の新しさ・古さの組織学的評価(図9-12〜17

 個々の症例によって違いはあると思われるが,いろいろな報告を要約すると表9-1がほぼ基準になると思われる。司法解剖の現場では出血の経時的な評価(dating)も重要となってくるので,より詳細な判定が求められる。

9_Fig12.JPG
図9-12 48時間以内
赤血球の形状はよく保たれている(HE染色)。
9_Fig13.JPG
図9-13 2日〜1週間
線維芽細胞層が形成され始めている(HE染色)。
9_Fig14.JPG
図9-14 1週間ごろ
ヘモジデリン貪食マクロファージを多数認める(HE染色)。
9_Fig15.JPG
図9-15 2週間ごろ
血腫に新生血管や血管洞が形成される(HE染色)。
9_Fig16.JPG
図9-16 4週間ごろ
外膜と内膜が融合し始める(HE染色)。
9_Fig17.JPG
図9-17 3か月〜1年ごろ
融合膜はコラーゲン線維で構成されて硬膜様になる(HE染色)。
9_Table1.JPG
表9-1 硬膜下血腫(SDH)における新しさ・古さの組織学的評価の基準

くも膜下出血 subarachnoid hemorrhage

 くも膜下出血には非外傷性に起因するものも外傷性によるものもある。くも膜下出血は,外傷に誘発されて内因性の動脈瘤などが破裂することでも起こりうるが,その場合,真に外傷によるものか,あるいは内因性の病変の破綻による出血が先であるのか,判断が困難であることも実務上は多い。頸部の過剰な回転や伸展により椎骨動脈が損傷を受けた時にもくも膜下出血は生じる。

くも膜下出血の新しさ・古さの組織学的評価

 くも膜下出血についても,表9-2のような目安でdatingを推定することができる。

9_Table2.JPG
表9-2 くも膜下出血における新しさ・古さの組織学的評価の基準

脳内血腫 intracerebral hematoma

 頭部外傷に伴って脳内にも血腫が形成される場合があるが,これのみが単独で生じていることは少ない。脳挫傷後に生じることが多い。


 


※書籍では以降に下記の項目も解説しています。

・虐待による乳幼児頭部外傷
・脳ヘルニア(brain herniation)と随伴現象

 

109029.jpg
 

神経病理を学ぶなら、まずこの1冊から。

神経病理の森を迷わず進むための羅針盤として圧倒的な支持を得た定番書が18年ぶりに待望の改訂。神経病理学のエキスパートとして長年の経験から得られた膨大なコレクションの中から「これぞ」という写真を厳選して掲載。改訂にあたり300点近い写真を新たに追加。簡にして要を得た解説が初学者にもわかりやすい。最短ルートで神経病理の最高峰を一望できる1冊。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook