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『高齢者診療の極意』より

木村琢磨

2023.01.13

 高齢者診療においては,医師の専断的な考えが通用しにくく,若・壮年者と同様のアプローチを行っていては限界が生じることも多いです。高齢患者に接する機会が増える中,明確な答えのない問題に頭を悩ませている医師は少なくないでしょう。『高齢者診療の極意』では,「医師と患者に加えて第三者を意識する必要性」と「若・壮年者にはあまりない漠然とした臨床問題」を主眼に,教科書的な内容やエビデンスの提示にはあまり重きを置かず,答えのない中で悩み,考えるプロセスと,一定の考え方・行動の例を示しています。複雑で多面的な高齢者診療の一助となる一冊です。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「食欲不振」「在宅医療」「ケアカンファレンス」についての話題をピックアップして,3回に分けて紹介します。


 

【登場人物】
赤ひげ医師:高齢者診療のエキスパート。自らも高齢者になりつつある
のぼる医師:ひととおりの臨床は修得済みだが、高齢者診療ではまだ悩むことが多い

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のぼる    在宅医療では生活の視点から患者をしっかりとらえて診療に活かすべきですよね.
赤ひげ   患家へ上がらせてもらうと,一瞥して多くのことがわかるものだよね.
のぼる    患者の生活環境など,外来診療に比べて多くの臨床情報が得られ,非常に有益です.ただ,何をみればいいのか…….あまりジロジロみるのもよくないですし.
赤ひげ    そうだね.患者やその家族の多くは,在宅スタッフが家に入ることに抵抗を感じていることを肝に銘じる必要がある.
のぼる    患者や家族へ必要性をしっかり説明する必要がありますね.
赤ひげ    在宅医療で何をみるか,考えてみよう.

患者をみる

のぼる    まず,当然ですが,患者をみる必要があります.
赤ひげ    医学的には,何をみる(診る・見る・観る)かな?
のぼる    お話(医療面接)を聞いた後に,身体診察をします.
赤ひげ    外来などと比べるとどうだろう?
のぼる    もともと靴下を履いていないことが多く,履いていても容易に脱げるので,足の先まで診察がしやすいです.
赤ひげ    在宅医療では高齢者の足に爪白癬がとても多いことがよくわかるね.
のぼる    ADLが低い方など,外来ではベッドに移動してからの診察が億劫になることもありますが,在宅医療では患者が初めからベッドに寝ていることも多いので,腹部などの診察もしやすいです.
赤ひげ    そうだね.褥瘡の早期発見につなげるためにも,おむつを外して仙骨・腸骨稜部や大転子部などを診察するうえでも便利だよね.在宅医療では,ベースラインの身体診察をみておく意義もある.例えば,高齢者では健常時でもまれではないとされる聴診での陽性所見(fine crackles)などだ(⇒『高齢者診療の極意』120頁).
のぼる    いわば,状態変化時に備えるわけですね.
赤ひげ    呼吸数・SpO2の記録を含めて,肺炎を疑った際に活かすわけだ.以上の身体診察は,初回訪問時から入念に行っても患者の理解が得られやすいだろうね.

身体機能をみる

赤ひげ    患者が自宅にいる状況で身体機能をみることは,診察室ではわからない生きた臨床情報につなげることができる.
のぼる    生活に即したADL評価ですね.
赤ひげ    まず,実際に動いて(歩いて)いる様子をみることで,起き上がり動作,立ち上がり動作,座位・姿勢の保持,立位保持,(車椅子などへの)移乗,階段昇降を生活(療養)環境で確認することができる.
のぼる    貴重な機会ですね.
赤ひげ    「トイレまで一緒に歩いてみる」など日常の動線を含めて,歩行パターン,バランス,ふらつきの有無と程度,移動の大変さ,段差などの観察を行うと特に有用だ.
のぼる    なるほど.実際に歩いてもらうと,よくわかりますね.
赤ひげ    手すりや福祉用具(ベッド,車椅子,杖,歩行器など)の適応や,転倒リスク・予防を考えるうえでも役立つよ.
のぼる    視力(みえているか)やスリッパ使用の有無にも気を配らないとですね.
赤ひげ    実際に飲食をしている様子をみることができれば,普段,食事を摂っている環境(ポジショニングを含む)や食事内容を確認させてもらえるので,得られる情報は多い.
のぼる    生きた摂食・嚥下機能評価となりますね.
赤ひげ    このような身体機能をみることは,とても有用だが,くれぐれもその必要性を患者や家族へ丁寧に説明して反応をみたうえでね.特に,食事時の訪問には抵抗を感じる介護者が少なくないことに留意するように.
のぼる    はい,少しずつ行うようにします.

患者の“人となり”を知る

赤ひげ    外来で診療していた患者を在宅医療でみた際に,患者の表情がこれまでよりリラックスしていることや,これまで患者が語らなかった医療への考え方を聞けることはないかな?
のぼる    ありますね.
赤ひげ    患者にとって自宅は,まさにhomeであり,awayである医療機関よりも話しやすいのだろう.もちろん,医師側の時間的・心理的余裕などの要素もあるだろう.患者や家族の医療に対する考え方を十分に聞いておくことは,外来でも当然必須だが,在宅医療のほうが得られる可能性がある.
のぼる    どのように話していけばよいでしょうか.
赤ひげ    自然に話していくのがよいけれど,まずは自宅での生活パターンを教えてもらいながら,聞いてみよう.
のぼる    多いのは「孫の成長を見届けたい」などの話ですね.
赤ひげ    生きがいだね.「病気になっても家で療養したい」「家族に迷惑をかけてまで家で過ごしたくない」などが,ふと聞かれることもある.
のぼる    はい.診療への意向,不安,医療へ期待することを徐々にでも具体的に語ってもらえれば理想的ですね.死生観の話にまでなることもあります.
赤ひげ    総じて,「何を大切にしているか」の価値をみることが必要で,患者をみるというより,1人の人間としての“人となり”をみるといえばよいかな.
のぼる    まさに,ACPに直結しますね.
赤ひげ    在宅医療では,部屋に飾られている物や空気感から,患者の趣味なども垣間見ることができる.
のぼる    AADL(拡大日常生活動作)ですね.うつ・意欲などの評価にもつながるのではないでしょうか.
赤ひげ    そう.「ペットと一緒にいたい」という場合などね.
のぼる    まさに「その方にとってのQOLとは何か」を理解することですね.
赤ひげ    これらは「聴取しよう」と意気込むよりも,何回も訪問を繰り返していくうちに,自然にゆっくりと体感していくイメージだ.
のぼる    在宅医療の醍醐味の1つですね.

生活環境をみる

のぼる    生活環境はどうみたらよいでしょうか?
赤ひげ    療養部屋や居間,介護環境などの情報を得られれば臨床上,極めて有用だね.ただ,患者のプライバシー侵害と表裏一体なことに要注意だ.
のぼる    患者や家族へ十分配慮しないといけませんね.
赤ひげ    診療に活かす目的を自問自答し,家宅捜査のような印象を与えないよう,「できればみる」という視点を忘れないようにね.

療養部屋や居間の様子

のぼる    在宅医療では,患者が療養している部屋や居間に入った瞬間に様々な情景が飛び込んで来ます.
赤ひげ    患者の生活を目の当たりにして,各々の家に特有の生活感や空気を感じるものだが,診療に役立てる視点では何をみるかな?
のぼる    まずは,薬についてですか?
赤ひげ    そうだね.机やテーブルの上,ベッドサイドに注目すると,薬(袋)が散乱している様子やサプリメントの瓶などから,薬剤のアドヒアランスや健康感が垣間見える.周囲の棚などをみれば,薬の保管状況や服薬カレンダー使用の有無がわかり,時に袋いっぱいの残薬を発見することもある.
のぼる    食生活も気になります.
赤ひげ    お菓子やコンビニ弁当などの容器を認めれば,食生活の一部も認識できる.ペットボトルや空き缶からは,普段どのように水分を摂取しているかや,アルコール摂取状況もわかるだろう.灰皿やたばこを見つければ,喫煙習慣のみならず,火災予防の視点で介入を検討する情報となるかもしれない.
のぼる    認知機能が低下している方は特に注意しないといけないですね.
赤ひげ    あとは,患者の日常生活をイメージすることだ.
のぼる    物の配置,掃除の状況を含めた家屋内の環境は,気にしています.
赤ひげ    部屋の煩雑さというか,普段,買い物,洗濯,料理などをうまく行えていそうか,電話(携帯電話)を使用できているか,などかな.
のぼる    生きたIADL(手段的日常生活動作)評価ですね.
赤ひげ    ただし,整理整頓の度合いは好みや個人差が大きく,例えばペットが生活の中心になっている場合などもあり,家屋内の環境が「整頓されているか」の基準を一概に示すことはできないね.
のぼる    はい.あとは,極端に暑かったり寒かったりしないかですね!
赤ひげ    そう,室温にも注視したい.エアコンの設置・使用状況を含めてね.ただし,医療者が来る際と普段とでは,室温やエアコンの使用状況に差があることにも留意するように.
のぼる    高齢者は体温・水分調整の予備能が低いことが多く,熱中症や脱水・電解質異常を呈しやすいので,飲水の状況も常に確認しないといけませんね(⇒『高齢者診療の極意』182頁).
赤ひげ    石油ストーブの使用に危険性はないかも注視しよう.
のぼる    灯油の補給で転んだり,置いてあるやかんにぶつかったりする方がいます.
赤ひげ    寝具や布団の他,こたつなどの季節感もみておくとよい.
のぼる    見当識障害で季節感がない認知症の方などですね.

療養部屋や居間以外の様子

赤ひげ    在宅医療で診察を行う場所は,通常は療養部屋や居間がほとんどであろう.それ以外の場所もみることができれば,非常に有用な情報が得られる.ただし,その必要性を患者や家族に説明して,同意を得てからにしよう.
のぼる    反応をみて行うべきですね!まず,確認するとしたら…….
赤ひげ    トイレや風呂を直接みせてもらう意義は大きいね.
のぼる    入浴やトイレ動作で困っている高齢者は多いですからね.
赤ひげ    多くの場合,介護を前提には作られていないので,脱衣場やドアの開閉が患者の動作に与える影響などを含め評価しておきたい(⇒『高齢者診療の極意』169頁).
のぼる    トイレや風呂場の周囲にも気を配りたいです.
赤ひげ    もし,その動線の壁が手垢などで汚れていたり,壁紙が破れていたりすれば,手すりの必要性を示唆しているかもしれない.
のぼる    刑事みたいですね
赤ひげ    台所は,特に認知機能低下が疑われる一人暮らしの患者や高齢夫婦などではみておきたい.ガスコンロかIHか,焦げた鍋はないかなど,火の元に気をつけた視点でみる.また,生ゴミなどが散乱したり溜まっていたりしないかも確認しておきたい.
のぼる    やっぱり,デカだ.
赤ひげ    そうだね,「山さんは押入れを頼む」なんて医師がやるのは明らかにやりすぎだけど,例えば冷蔵庫をみて,普段の食生活,賞味期限切れの食品が多くないかなどを確認することができる.特に認知機能が低下している方では情報量が増えるので,介護職など他職種からの情報も参考にしたい.
のぼる    家宅捜査になってはいけませんね.
赤ひげ    また,敷物を含めた床や段差(玄関を含む)は必ずみること.
のぼる    ADLや転倒予防を検討するうえで必須ですね.
赤ひげ    段差は長く住んでいる家で慣れている場合や,中途半端ではなく一定の高さがあればきちんと跨ぐため,案外問題にならない印象を持っているがね.

介護環境を知る

のぼる    外来でも,家族構成・背景や同居人を把握し,家族図の作成を心がけています.
赤ひげ    高齢者の診療では,どのような家族メンバーがどのような介護をしているか把握することが欠かせない.特に在宅医療では,「同居人はいるが日中に誰がどう接しているか」「外来には来ないが,実は家で介護している家族の存在と関わり」「ご近所によるサポート」に気づきやすいね.
のぼる    各々の家族の患者への関わり方ですね.
赤ひげ    また,患者と家族メンバーの関係性,介護者同士の役割分担や関係性,そして,主介護者の医療に対する考え方を聞いておくことは,有事における病院受診,入院適応などを考えるうえでの基盤となる.
のぼる    患家へ訪問した際,患者にずっと付き添う家族と,途中で席を外す家族がいますよね.
赤ひげ    これには様々な背景があるが,「患者は家族がいても本音を言えていそうか」「例えば嫁である介護者が患者や親族の前で言いにくそうなことはないか」などをふまえることが,まず必要だろう.
のぼる    はい.
赤ひげ    時に在宅医療では,必要に応じて患者あるいは,特定の家族メンバーのみと話す場を設けるべきだ.
のぼる    玄関先や廊下などでの,ちょっとした話が大切なことがありますね.
赤ひげ    これらのスペースの他,さりげなく,大まかな間取りをみておくことも必要と思うよ(⇒『高齢者診療の極意』156頁).ただし,在宅医療で何をみるかは,漠然とではなく,①何故みる必要があるのか,②いつみるのか(初回訪問時に必ずみるべき情報か,徐々にみていくのか),③どう診療に活かすのか,を明確にしておかないといけない.
のぼる    患者と家族の同意を得たうえで可能な範囲で,ですよね.

他職種の記録

赤ひげ    多くの場合,患者を訪問している他の在宅スタッフの記録が療養部屋や居間に置かれているはずだ.
のぼる    今はICTでの情報共有も必須ですが,これら他職種からの情報をみることや,みながら患者や家族とやり取りすることは非常に大切ですよね.
赤ひげ        医師からも,在宅スタッフが共通して使用するノートなどに適宜,共有すべき情報を書き込むようにする.もちろん,患者や家族もみられるようにしておこう.
のぼる    はい.
赤ひげ    それから,目にみえるもの以外にも,患者や家族,他職種の心の内など,目にみえないものにアセスメントし,アプローチしていくことも本来,在宅医療で大切だろう(表11)
のぼる    はい,患家に上がらせていただく在宅医療の貴重な機会で,研鑽を続け,考えていきます.

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文献

★1)木村琢磨:在宅医療で何をみるか.内科122:888-892, 2018.
2)Kimura T, et al:Clinical background of attendance by patient's family during home medical care visits. J Gen Fam Med 16:271-280, 2015.
3)Kimura T, et al:Medical explanations to family members in the foyer and hallway during home medical care visits. Kitasato Med J 45:130-137, 2015.

★を付した文献は,筆者の初出文献である.本書は初出文献を元に加筆・修正して再構成し,まとめている.

 

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