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『高齢者診療の極意』より

木村琢磨

2023.01.06

 高齢者診療においては,医師の専断的な考えが通用しにくく,若・壮年者と同様のアプローチを行っていては限界が生じることも多いです。高齢患者に接する機会が増える中,明確な答えのない問題に頭を悩ませている医師は少なくないでしょう。『高齢者診療の極意』では,「医師と患者に加えて第三者を意識する必要性」と「若・壮年者にはあまりない漠然とした臨床問題」を主眼に,教科書的な内容やエビデンスの提示にはあまり重きを置かず,答えのない中で悩み,考えるプロセスと,一定の考え方・行動の例を示しています。複雑で多面的な高齢者診療の一助となる一冊です。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「食欲不振」「在宅医療」「ケアカンファレンス」についての話題をピックアップして,3回に分けて紹介します。


 

【登場人物】
赤ひげ医師:高齢者診療のエキスパート。自らも高齢者になりつつある
のぼる医師:ひととおりの臨床は修得済みだが、高齢者診療ではまだ悩むことが多い

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まず基礎疾患を洗い出し,急性感染症を念頭に置く

のぼる    食事量が減った,つまり食欲不振ということですね.
赤ひげ    そうだ.どのように考えるかな?
のぼる    食欲不振の高齢者に基礎疾患を認めれば,まず関連を検討します.
赤ひげ    高齢者ではmultimorbidityで複数の医療機関へ定期通院していることも珍しくない(⇒『高齢者診療の極意』32頁).まずは,現在の通院状況や基礎疾患について改めて“洗い出し”を行うんだ.
のぼる    自分で症状を訴えられない高齢者も多いですね.
赤ひげ    そう.特に認知機能などの低下が客観的に認められる“臨床的な高齢者”(⇒『高齢者診療の極意』4頁)では,食欲不振を「高齢者に特有の様々な病態や原因」をふまえて診療する必要がある.
のぼる    やっぱり,消化器系の疾患が気になります.
赤ひげ    そうだね.高齢になれば当然,悪性腫瘍も増加してくる.ただし,急に食欲がなくなった場合には,もっと大切な鑑別診断がある.
のぼる    肺炎や尿路感染症ですか.
赤ひげ    そうだね.高齢者が急に食欲がなくなった場合には,まず,食欲不振が前景に立つ急性感染症を必ず鑑別に入れよう(⇒『高齢者診療の極意』75頁の 表1 ).
のぼる    急性胆嚢炎や皮膚感染症もしばしば経験します.
赤ひげ    もちろん,食欲不振以外の随伴症状を聴取することは鑑別診断を絞り込むうえで有用だが,高齢者では発熱すら認めない肺炎,尿路感染症,胆嚢炎などを多く経験することに留意しておこう.感染症は緊急に治療を始めないと,生命やQOLに重篤なアウトカムをきたす可能性がある.適切な抗菌薬の使用で治癒可能なことが多いので,疑われれば積極的に介入したい.

身体診察に限界あり,しかし怠るべからず

赤ひげ    急性の経過に限らないが,たとえ食欲不振しか症状がなくても,身体診察が診断の手がかりになることがある.どのようなことを心がけているかな?
のぼる    系統的に行うように心がけています.頭頸部では眼瞼結膜にひどい貧血所見はないか,頸部や鎖骨上窩のリンパ節が顕著に腫脹していないか,胸部の聴診で顕著な異常呼吸音や心雑音がないか,腹部の診察,下腿に顕著な浮腫がないかなどです.
赤ひげ    そうだね.外来などでは,腹部の診察以外はそれほど時間を要さずに診察可能であり,必ずみるべきだろう.
のぼる    確かに,腹部の診察は時間がかかります.
赤ひげ    特にADLの低下した高齢者では,横になるのに時間を要したり,横になるのが困難だったりする方もいるので,腹部の触診は時に厄介だ.
のぼる    外来が忙しいと,臥位になってもらい診察するのは億劫です.
赤ひげ    せめて座位のままでも,腫瘤がないことを確認するために腹部の触診を一度は行うべきだ.一定以上の意義はあるだろう.
のぼる    なるほど.臥位でなくても,ちょっとした触診が大事ですよね.
赤ひげ    ただし,高齢者では重篤な疾患を有しても,腹部所見に乏しいことがあるので注意が必要だ.それから,「ある身体所見を認める=異常・疾患である」という判断も他の年齢層以上に慎重にすべきだ.
のぼる    高齢者では病的でないにもかかわらず,所見を認めることがあります.
赤ひげ    そう.例えば,食欲不振を訴える患者に下腿の浮腫が認められれば,心不全や腎不全などが想起されるが,座ってばかりいることによる不動(廃用)性浮腫を併発しているだけかもしれない.
のぼる    軽度の心雑音(例えば,LevineⅡ/Ⅵ程度の心尖部の汎収縮期雑音)の臨床的意義,背底部などで聴こえるわずかな副雑音の意義など,高齢者では異常であるか否かの判断が難しいことがあります.
赤ひげ    悩ましいところだね.病的意義に乏しい聴診所見として,喘息のようなwheezes, cracklesは両方とも高齢になるほど増加するとされる.40歳台の5%程度から,50歳台,60歳台と増加し,70歳以上では20%を上回って聴取されたと報告されているんだ1)
のぼる    けっこう多いですね.
赤ひげ    私の経験では,fine cracklesが聴こえる高齢者はもっと多いと思う.
のぼる    高齢者の身体診察には,やはり限界がありますね.
赤ひげ    そう.高齢者の身体診察で様々な限界があるのは事実だ.だから,継続的に診療する患者では,ベースラインの身体診察を行い,診療録などに記載しておく(「下腿に左優位の軽度浮腫あり」など)ことが有用だ.つまり,高齢者においても身体診察を怠ってよいということではもちろんない.一般的には,身体所見の過小評価は見逃しへ,過大評価は過剰検査へつながると考えられる.注意して診断の手がかりにしたい.

食欲不振ではない状況に留意

赤ひげ    高齢者では患者自身の意思で受診する場合と,家族などの介護者に「食が細いんです」「食べなくなってきたので心配です」と連れられて来院することがあるね.診察のポイントは何だと思う?
のぼる    食欲不振の具体的な内容を確認するといいですよね?
赤ひげ    高齢者の食欲不振を詳しく聴取すると,異なる症候に行き着くこともあるからね.どのように考えるかな?
のぼる    まず,食事がおいしく感じられないことが主体の場合には,亜鉛欠乏(⇒『高齢者診療の極意』92頁)などの味覚障害や抑うつの可能性などが考えられます.
赤ひげ    そのとおり! 抑うつの鑑別が重要だが,認知機能低下が認められる高齢者では診断が困難なことがあり,抗うつ薬を臨床的に使用して効果をみたり,必要に応じて精神科医へのコンサルトを行ってほしい.
のぼる    特定の食物,特に固形物を食べられない場合には,嚥下障害や誤嚥を考慮したほうがいいですよね?
赤ひげ    そう.病歴では,「食事時間の延長」「食事の際のむせ」「食後の声がれ(咽喉に分泌物が溜まる)」など誤嚥を示唆する徴候がないかを確認しておく.必要に応じて嚥下障害の簡便なスクリーニング検査である反復唾液嚥下テストを行うとよいね.

患者背景の情報収集が原因究明に役立つことも

赤ひげ    高齢者の食欲不振では,診察だけでなく,患者背景の情報収集も必要だ.まず薬剤の副作用として,例えばジギタリス中毒,カルシウムやビタミンD製剤による薬剤性高カルシウム血症による食欲不振が挙げられる.薬剤について詳細に情報収集を行う必要があるね.
のぼる    健康食品やサプリメントについてもですね.
赤ひげ    カルシウムやビタミンDが含まれていることもあるからね.もちろん,ポリファーマシーによる食欲不振も常に考慮するんだ.他はどうかな?
のぼる    えーっと,もしかして口腔内のことですか?
赤ひげ    そう.口腔衛生全般に留意すべきだが,特に義歯不適合など義歯の問題に注力しよう.「最近,入れ歯を使っていない」「義歯を外してしまう」などの際はもちろん,特に口腔に関する訴えがなくても,歯や歯肉を含めて口腔内をルーチンにみるべきだ.ただ,医師による口腔内の診察には限界があるうえ,高齢者は訴えに乏しいことがあるため,原因不明の食欲不振が特に認知症の高齢者に続けば,一度は歯科医師へのコンサルトを考慮するとよい.
のぼる    はい,口腔の診察はつい疎かになりやすいので注意します.
赤ひげ    もう少し患者背景を考えてみよう.
のぼる    彼氏・彼女がいるかどうかですか!?
赤ひげ    ふむ,確かに生きがいにつながって食欲が増すかもしれない.一人暮らしの高齢者がますます増えているが,1人よりも大勢で食事をしたほうが,食欲が出るともいわれるね3)
のぼる    では,同居している家族がいるか否かですか?
赤ひげ    そう!介護力など社会的要因は,買い物・料理のサポートなどが食欲と深く関係しているため,同居している家族がいるか否かを聴取する(⇒『高齢者診療の極意』130頁).また,食欲と日常生活の関わりは深く,睡眠,排便,生活の変化,デイサービスでの様子も診療のヒントになることがある.

感染症が否定できたら,注意深い経過観察が基本

赤ひげ    高齢者の食欲不振では,緊急性,特に急性感染症が否定的で,一定以上の経口摂取が可能であれば,まずは精査をせずに注意深い経過観察をすることが基本方針となる.
のぼる    そもそも,少しずつ痩せてくる高齢者は多い気がします.
赤ひげ    そうだね.高齢者では併存するあらゆる疾患,例えば心不全,腎不全,呼吸不全などが食欲不振の原因となりうる一方で,認知症や老衰あるいは生理的な範疇による食欲不振も臨床的に多く経験するので注意しないとね.
のぼる    余計な介入は,むしろQOLを低下させますからね.
赤ひげ    ただ,そうはいっても,意図的でない体重減少(特に6~12か月以内に5%以上減少した場合)は何らかの疾患を示唆することがあるので,体重減少の有無は必ず聴取し,その程度(何kg減ったか,進行性か)の分だけ深刻な食欲不振ととらえよう.
のぼる    精査せずに注意深い経過観察とするか否かは,患者や家族と相談することが前提ですね.
赤ひげ    さらに,診療の場を意識することも重要だ.同じ食欲不振という訴えでも,診療所の外来では重篤な疾患の頻度が病院外来に比べて少なく,急性感染症が最も多いのは救急医療機関と考えられる.また,病院では「検査をしてほしい」という患者が診療所よりも多いよね.
のぼる    検査前確率や解釈モデルですね.
赤ひげ    それから,急性ではなく慢性の感染症として,経過観察の際は結核の鑑別も忘れないように!高齢者では加齢による細胞性免疫の低下に伴って結核を発症することがある.微熱や上気道症状を随伴している際はもちろん,食欲不振のみが前景に立ち,消耗性疾患として体重減少が次第に生じてくることがあるからね.
のぼる    特に地域のデイサービスなどを利用している高齢者では,他の利用者への影響(集団防衛)からも留意しないといけないですね.
赤ひげ    高齢者へのやみくもなニューキノロン系抗菌薬処方を避ける理由として,この抗菌薬が抗結核作用を有し,結核の診断や治療開始の遅れのみならず,死亡リスクの上昇にもつながるとされている.これを念頭に置いて注意しよう4)

原因がわからなければ血液検査を,ただし弊害に注意

のぼる    食欲不振があっても随伴症状が認められず,病歴・身体所見のみでは鑑別診断が想起されないことがしばしばあります.
赤ひげ    その場合は,スクリーニング検査として血液検査を行うことが有用だ.例えば,貧血,肝・腎機能障害,糖尿病,高カルシウム血症などは食欲不振の原因となるが,病歴・身体所見のみでは診断に至らないことも多い.スクリーニング検査には肝・腎機能,血糖,カルシウムを含めた電解質,必要に応じて甲状腺機能やHbA1cを加えるべきだろう.
のぼる    血液検査でしかわかりませんからね.
赤ひげ    ただ,高齢者へむやみに血液検査を行った結果,わずかな基準値の逸脱,例えば軽度の貧血などが見つかると患者も医師も気になり,検査が連鎖していくことになりかねない(⇒『高齢者診療の極意』43頁).わずかな基準値の逸脱が認められても,あくまで臨床症状をふまえよう.
のぼる    高齢者に限らないですが,食欲不振が持続した際に「潜在的な悪性腫瘍を見逃すまい」と考えがちです.
赤ひげ    それは医師としては当然だろう.しかし,検査前確率を無視してスクリーニングとして腫瘍マーカーの測定を行えば,結果の解釈が困難なことや,確定診断から遠ざかったり,患者に肉体的・精神的・経済的な負担をかけたりすることがあるのでご法度だ.
のぼる    血液検査は,食欲不振に伴う栄養状態の指標にもある程度有用ですね.
赤ひげ    ただ,「低アルブミン血症=低栄養」とは限らず,何らかの炎症などを反映しているだけのこともある.
のぼる    蛋白質の消費量が増大している状態ですね.
赤ひげ    リンパ球数,ヘモグロビン値など他の血液検査所見も参考にして総合的な判断をすることが懸命だが,これらも高齢者ではもともと低めであることが多い.私は高齢者の栄養状態の評価に血液検査の有用性は限定的で,何よりも体重減少の程度(何kg減ったか,進行性か)を重視すべきと考えている.

「精査を行わない」という選択肢も視野に

赤ひげ    血液検査以外の精査はどのように考えるかな?診療所では「紹介する」,病院では「紹介されてくる」タイミングも関係するね.
のぼる    腹部エコーは低侵襲で第1選択です.CTは大腸腫瘍などの消化管病変を含めて一定以上の情報を低侵襲で得られるかもしれません.
赤ひげ    内視鏡などは,「患者の負担」「腫瘍が判明した際に治療介入が可能であるか否か」をもともとの患者の状態や経過をふまえ,患者側と相談して決定する必要があるね.特に“臨床的な高齢者”では精査を行わない判断をすることも,時に求められるのではないかな.
のぼる    辛いだけの検査にならないように,患者や家族と相談することが重要ですね.
赤ひげ    それにはまず,自分が検査を体験してみることも必要かもしれないね.

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*反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test:RSST):口腔内を水または氷水で湿らせたあと,空嚥下を指示して嚥下運動を(甲状軟骨を触知した状態で)観察する.空嚥下を反復するよう指示し,30秒間に何回の嚥下運動ができるかを数え,3回以上を正常,2回以下を異常とすると,嚥下障害に対する感度98%,特異度66%で,嚥下障害のスクリーニングに有用である2)

文献

1)Aviles-Solis JC, et al:Prevalence and clinical associations of wheezes and crackles in the general population:the Tromsø study. BMC Pulm Med 19:173, 2019.(PMID:31511003)
2)小口和代,他:機能的嚥下障害スクリーニングテスト「反復唾液嚥下テスト」(the Repetitive Saliva Swallowing Test:RSST)の検討―正常値の検討.リハビリテーション医学37:375-382, 2000.
3)de Castro JM, et al:Spontaneous meal patterns of humans:influence of the presence of other people. Am J Clin Nutr 50:237-247, 1989.(PMID:2756911)
4)Wang JY, et al:Empirical treatment with a fluoroquinolone delays the treatment for tuberculosis and is associated with a poor prognosis in endemic areas. Thorax 61:903-908, 2006.(PMID:16809417)
5)木村琢磨,他:市中肺炎を疑う症例がニューキノロン系抗菌薬で軽快しても結核を鑑別する.JIM 12:550-552, 2002.
★6)木村琢磨:高齢者の診療のコツとヒント7:ありがちな高齢者の食欲不振にはこう対応する.Medical Tribune, 2016.

★を付した文献は,筆者の初出文献である.本書は初出文献を元に加筆・修正して再構成し,まとめている.

 

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