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「かいちゃダメ」と言っちゃダメ

連載 大塚篤司

2022.11.11

新薬の登場や病態解明の進展により,アトピー性皮膚炎治療は飛躍的に進歩し続けています。しかしその一方で,最新情報をキャッチアップできず,治療に苦慮している先生も多いのではないでしょうか。

「新薬剤への対応法」から「患者とのコミュニケーション方法」までをまとめた新刊『まるごとアトピー』では,現在のアトピー性皮膚炎診療に必要な知識が幅広くまとめられています。

「医学界新聞プラス」では,本書から「ステロイド外用剤の副作用と注意点」「かゆみのスコア,対策と指導」「ステロイド忌避の患者への指導」の項目をピックアップし,全3回にて最新情報をお届けします。

ここがポイント!

  • ☞EASIにはかゆみの評価項目がないため,かゆみのスコアは別に計測する必要がある.

  • ☞患者が治療効果を感じるためには,NRSを4以上改善する必要がある.

  • ☞患者に「かいちゃダメ」ということは,患者との信頼関係を損なうリスクを伴う.

1 かゆみスコア

かゆみを患者が主観的に評価する方法としては,Numerical Rating Scale (NRS)や Visual Analogue Scale(VAS)が一般的に用いられる(図Ⅲ-1).PP-NRSはPeak Pruritus NRSの略であり,もっともかゆみの強かった時期と部位を数値化する.また,搔破行動の程度と瘙痒の程度を評価するBehavioral Rating Scale(川島の判定基準)や5D-itch Scaleなどがある.

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図III-1 NRSとVAS

Patient Oriented Eczema Measure(POEM)は,アトピー性皮膚炎の症状を評価する指標の1つであり,患者が主観的に評価を行うツールである(『まるごとアトピー』85頁参照).POEMは8点以上を中等度とする.また,Atopic Dermatitis Control Tool(ADCT)はかゆみ以外にも症状コントロールをスコア化するツールである(『まるごとアトピー』86頁参照).ADCTの高得点はアトピーが良好にコントロールされていない可能性を示唆する.

客観的にかゆみを評価する方法として,腕時計型加速度計を用いて夜間の搔破回数を測定するアプリが開発された.Itch Trackerは,Apple WatchⓇに内蔵されている加速度計を利用して就寝中の搔破行動をモニターすることができる.

☝私ならこうする
アトピー性皮膚炎の全身療法(デュピルマブや経口JAK阻害剤)に移行する際の目安として,POEM8点以上もしくはADCT7点以上を参考としている.

2 かゆみ対策の実際

1|お風呂とシャワーの温度

医療従事者だけでなく,患者もよく理解しているかゆみ対策の1つに,温度によるコントロールがある.温痛覚とかゆみは,ともにTRPV1というイオンチャネルが開くことによってカルシウムの流入が起こり,神経細胞が発火することで中枢にシグナルが伝わる.このTRPV1は43℃付近でイオンチャネルが反応することが知られている.そのため,熱いお湯は熱傷のリスクを高めるだけでなく,痛みやかゆみを引き起こす.アトピー性皮膚炎の患者には,お風呂やシャワーの温度を38~40℃に設定するよう指導するのがポイントである.暑い夏は,比較的温度の低い38℃付近のシャワーとし,寒い冬は40℃付近に温度設定をするよう指導するとよいだろう.

2|冷やす

かゆい部分を熱いお湯で流したり,冷やすことでかゆみは一時的に収まる.しかし,前述のように熱いお湯は熱傷のリスクを伴うため,慎重な指導が必要となる.冷やす場合は,ただ「冷やしてください」と伝えるだけでなく,患者に具体的にどのように行うかがポイントである.筆者は冷やしかたを説明する際は,「保冷剤をタオルで包み,かゆい部分に数秒当てるようにしてください」と伝えている.買い物の際に,お店でつけてくれる保冷剤は捨てずに冷凍庫に保管してもらい,冷やす際に使用してもらうのもちょっとした指導のコツである.

3|メンソール含有のかゆみどめを使う

ステロイド外用剤は皮膚の炎症を抑える効果があるが,かゆみに対する効果はない.そのため,かゆみに対して別の薬剤を用いる必要がある.市販の外用剤にはメンソール含有の止痒剤が多く見受けられる.メンソールはTRPM8というイオンチャネルを開く作用をもつ.このTRPM8はかゆみに対して抑制的に働く1).TRPM8は20℃付近で反応するため,メンソール含有の外用剤を用いると涼しい感覚が伝わる.筆者の施設では,ハッカ油が処方可能なため,ヒルドイドソフト50mLにハッカ油3mLを混ぜ,かゆみどめの保湿剤として患者に処方している.

4|「かいちゃダメ」と言わない

アトピー性皮膚炎患者の多くが,就寝中に体をかきむしり,寝起きとともに血のついたシーツを見て自己嫌悪を起こした経験をもつ.かいたらよくない,という事実は頭でわかっていてもなかなかできないものである.

心理学の分野に,心理的リアクタンスという概念がある.これは,行動の自由を制限されると人は却ってその行動をしたくなるというものである.心理的リアクタンスは,カリギュラ効果とも呼ばれる.映画「カリギュラ」は,その過激な描写のために一時期公開が禁止された.しかし,そのせいで注目が集まり人気映画となった.この出来事からカリギュラ効果と呼ばれるようになった.日本では鶴の恩返しが心理的リアクタンスを起こした代表例である.読者の皆さんが知ってのとおり,心優しいおじいさんも「部屋を絶対に覗いてはいけません」と言われ続け,部屋を覗いてしまう結末を迎える.アトピー性皮膚炎の患者に「かいちゃダメ」と指導するのは,心理的リアクタンスを誘導する言葉になりうると筆者は考える.「かいちゃダメ」と言っちゃダメ,なのである(図Ⅲ-2).

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図III-2 「かいちゃダメ」と言っちゃダメ

5|赤色系を避け,青色系を見る

色がかゆみの自覚症状に与える影響を調べた研究では,赤色系の色はかゆみを増強し,青色系の色はかゆみを抑制した2)

筆者は,子どものアトピー患者をもつ保護者に「赤色系のおもちゃよりも青色系のおもちゃのほうがかゆみが収まる可能性がありますよ」と指導している.

6|その他のかゆみ対策

表Ⅲ-1にかゆみ対策をまとめた.2018年以降に登場した新薬はアトピー性皮膚炎に特徴的なサイトカイン誘発性のかゆみを直接抑える作用をもつ.

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表III-1 かゆみ対策
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文献
 1)Palkar R, et al:Cooling Relief of Acute and Chronic Itch Requires TRPM8 Channels and Neurons. J Invest Dermatol 138:1391-1399, 2018
 2)Baschong A, et al:Itch reduction using immersive virtual reality:An experimental pilot study. Dermatol Ther 34:e15001, 2021

 

アトピー性皮膚炎について知りたいことが「まるっと」わかる

<内容紹介>新薬も次々に登場し、病態解明も進みつつあるアトピー性皮膚炎。本書では、アトピー治療の基本であるステロイドの正しい使い方をはじめ、新規薬剤への対応、診察テクニック、患者さんや家族とのより良いコミュニケーションの方法など、皮膚科医はもちろん、アトピー性皮膚炎に携わる内科医や小児科医、総合診療医、さらには研修医や薬剤師など医療従事者が知りたいテーマを広くピックアップ。アトピー性皮膚炎診療の第一人者の先生がたがわかりやすく解説。手元に置いて、調べたいときや知りたいときに気軽に手に取れる。

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