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まずは信頼関係を築き,標準治療についてはその後に伝える

連載 大塚 篤司

2022.11.18

新薬の登場や病態解明の進展により,アトピー性皮膚炎治療は飛躍的に進歩し続けています。しかしその一方で,最新情報をキャッチアップできず,治療に苦慮している先生も多いのではないでしょうか。

「新薬剤への対応法」から「患者とのコミュニケーション方法」までをまとめた新刊『まるごとアトピー』では,現在のアトピー性皮膚炎診療に必要な知識が幅広くまとめられています。

「医学界新聞プラス」では,本書から「ステロイド外用剤の副作用と注意点」「かゆみのスコア,対策と指導」「ステロイド忌避の患者への指導」の項目をピックアップし,全3回にて最新情報をお届けします。

ここがポイント!

  • ☞ステロイド忌避の患者背景には医療不信が存在する.

  • ☞間違った知識を訂正する際にはバックファイアー効果に注意する.

  • ☞患者との信頼関係を築いてから治療を開始しても遅くない.

1 ステロイド忌避の歴史

ステロイド外用剤がわが国に登場したのは1953年のことである.当初はステロイド外用剤に関する知見が乏しく,不適切な使用があったと聞く.たとえば,ステロイド外用剤を顔面に使用すると直後は血管が萎縮し皮膚が白く見える.このため化粧の下地としてステロイド外用剤が使われていた.この間違った使用法がステロイド酒さを引き起こし社会問題となった.

1│ ステロイドバッシング

ステロイドバッシングは1990年前半のテレビ番組の影響から全国に広まった.当時,報道番組でステロイド外用剤による副作用の特集が組まれ,最後に司会者が「これでステロイド外用剤は最後の最後,ギリギリになるまで使ってはいけない薬だということがよくおわかりになったと思います」と表現したことで,今までステロイドを使用したことがない一般の方もステロイドを怖いものと認識するようになった.

さらに,ステロイド外用剤の副作用であるステロイド酒さの裁判に注目が集まり,マスコミの報道が過熱した.その後,全国放送で「悪魔の薬」との不名誉な名前をつけられたステロイド外用剤は,間違った副作用や嘘,さらにデマに振り回されることとなる.

こうした問題に対して2000年代に入り,日本皮膚科学会が積極的に対応することとなる.「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン」が作成され,学会の対応により脱ステロイドは下火になった.しかしながら,まだ当時の影響でステロイドを怖がる患者は多い.

1990年代のステロイドバッシングを直接知らない若い世代は,親や年上の知り合いからの「ステロイドは怖い」と聞くことで,ステロイド忌避になることがある.また,SNSの影響により「ステロイドは怖い」というイメージを共有する場面も多い.以上のようなことから,世代を問わずステロイドの使用を拒否する患者が現在も一定数存在する.

2│ ステロイド忌避の最近の特徴

最近のステロイド忌避の特徴としては,患者本人が脱ステロイドを行うのではなく,子ども,特に乳児期の患児に脱ステロイドを行う例が多いように感じる.乳児期に適切な治療を受けさせない問題点は,湿疹の増悪だけにとどまらない.顔面の皮疹増悪による白内障や,過激な除去食による成長障害などである.このような,アトピー性皮膚炎に対する適切な治療を受けさせない保護者には幼児虐待として厳しく取り締まる施設もある.「なんとなくステロイドは怖い」と思う患者から,「なにがなんでもステロイドは使わない」というステロイド忌避の患者層まで広く存在している.

2 ステロイド忌避の患者背景と心理

筆者が皮膚科医として働き始めた当初,数多くのステロイド忌避の患者を診察する機会があった.赴任先の研修病院の近くに脱ステロイドで全国的に有名な病院が存在し,そこでの治療がうまくいかなかった患者たちが受診したためである.診察では,ステロイド忌避の患者に対し1時間かけてステロイドの安全性を説くこともあった.しかしながら結果は散々なもので,ほとんどのステロイド忌避の患者は二度と診察室に現れることなく,もとの病院に戻っていったのを今でも苦々しく思い出す.

1│ バックファイアー効果

心理学の分野で,「バックファイアー効果」というものが知られている.この理論の賛否に関しては専門家の間でも分かれるようであるが,筆者がステロイド忌避の患者に行っていた診察がうまくいかなかった理由を説明するのに見事に当てはまる.バックファイアー効果とは,なんらかの認識をもった人がその認識への反論や誤りの指摘などに接すると,かえってその認識を盲信してしまうという現象を指す.つまり,筆者が行ってきたこれまでの行為は,ステロイド忌避の患者に直接バックファイアー効果を引き起こしてしまったものと考える.

2│ 利用可能性ヒューリスティック

冷静に考えてみると数多くある薬剤のうちなぜステロイドだけがここまで嫌悪されるのか不思議に思う.どの薬剤もリスクとベネフィットがあり,副作用があるのはステロイド外用剤だけではない.しかし,「ステロイドは怖い」という恐怖心は多くの方が共有する状態となっている.これについては,行動経済学を用いて考えてみると「利用可能性ヒューリスティック」という概念で説明可能である(『まるごとアトピー』302頁参照).1980~1990年にかけて盛んに行われたステロイドバッシングを直接知っている世代だけでなく,その子の世代が親から「ステロイドは使ってはいけない」と病院受診後にいわれることが悪影響を及ぼしている.

3│ 医療の不確実性

患者がステロイド外用剤を中心とした標準治療を行わず,脱ステロイドなどの民間療法を選ぶ背景には,医療の不確実性が存在することが考えられる.医師はこれまでの経験上,「絶対に治る」という説明はしない.エビデンスを用いて説明を行う場面においては,「〇〇%の患者に効果が出る」といった表現をする.一方,民間療法のなかには「100%アトピー性皮膚炎を治す」「確実にアトピー性皮膚炎が治る」といった言葉が並び,このことで確実性の効果が働き患者は適切な判断ができないことが想定される(『まるごとアトピー』301頁参照).

4│ サンクコストバイアス

サプリメントをはじめとする民間療法を行ってきた患者たちのサンクコストバイアスも知っておいたほうがよい.筆者が以前経験した症例では月額30万円をサプリメントに支払い続けていた患者もいた.脱ステロイド経験者にとってのサンクコストバイアスは金銭面だけでなく,脱ステロイドを経験した期間の「身体的・精神的な苦しさ」も含まれる.ステロイドを含むいっさいの標準治療をしないことから,重症アトピー性皮膚炎患者は症状が極限まで増悪する.全身の皮膚が重度の湿疹となり,浸出液が多量に溢れ,感染を起こした皮膚は異臭を放つ.また,ひどい場合は敗血症を併発する場合もあり,文字どおり「死ぬような思い」をする患者もいる.このような経験がサンクコストバイアスとなり,標準治療に踏み出せないことも頭に入れておく必要がある.

5│ 医師と患者のコミュニケーションエラー

しかし一方で,われわれ医療従事者側に問題があることも忘れてはならない.「医者からひどいことを言われた」「患部をしっかり診てくれない」など,医師と患者のコミュニケーションエラーがきっかけで脱ステロイドを行う例も多い.

3 ステロイド忌避患者に対する対応

漠然とステロイド外用剤を怖いと感じている患者に対しては,ステロイド外用剤についての正確な知識を丁寧に説明するだけで外用をしてくれることが多い.家族や友人,知人からステロイド外用剤を使わないようにいわれた患者に対しては,面倒がらずその都度正確な知識を説明する必要がある.

対応が難しい患者としては,強いステロイド忌避をもつ人たちだろう.なかでも,脱ステロイド経験者もしくは今も脱ステロイドを行っている患者である.こういった患者層に関しては,前述のようにバックファイアー効果を引き起こす可能性が高く,初診の段階で標準治療を勧めることが逆効果となる場合が多い.

強いステロイド忌避の患者に対し,心がけるべき点は「傾聴」であり,信頼関係の構築である.まずは,患者が脱ステロイドに至った経緯,その後の経過,何を希望して外来を受診したのかしっかりと見極めることが重要となる(表Ⅳ-1).

第3回_表.jpg
表IV-1 ステロイド忌避の患者に外用指導するには
第3回_先生のつぶやき.jpg
 

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<内容紹介>新薬も次々に登場し、病態解明も進みつつあるアトピー性皮膚炎。本書では、アトピー治療の基本であるステロイドの正しい使い方をはじめ、新規薬剤への対応、診察テクニック、患者さんや家族とのより良いコミュニケーションの方法など、皮膚科医はもちろん、アトピー性皮膚炎に携わる内科医や小児科医、総合診療医、さらには研修医や薬剤師など医療従事者が知りたいテーマを広くピックアップ。アトピー性皮膚炎診療の第一人者の先生がたがわかりやすく解説。手元に置いて、調べたいときや知りたいときに気軽に手に取れる。

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