医学界新聞


変わったこと,変わらないこと

対談・座談会 髙井奈美,柏原直樹,内田明子,齋藤凡

2022.08.29 週刊医学界新聞(看護号):第3483号より

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 2009年に行われた座談会「変わる腎不全看護と看護師の役割」(本紙2852号)当時は,慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)の概念が国内で導入され始めた頃であり,腎臓病看護の在り方がまさに変化するタイミングであった。それから約10年。糖尿病透析予防指導管理料(2012年)や腎代替療法指導管理料の新設(2020年),腎臓病療養指導士制度の誕生(2018年),保存的腎臓療法(Conservative Kidney Management:CKM)の導入など,本領域を取り巻く環境は大きく変化した。科学的な知見も集積されてきた現在,エビデンスに基づくCKD看護の実践がますます求められるようになっている。CKD患者に対する新たな看護の在り方を模索した。

髙井 日本におけるCKDの患者数は約1300万人。成人の8人に1人が罹患する時代であり,今や国民病と言えます。また毎年約4万人の末期腎不全患者さんに対して新規に透析療法が導入され,透析患者の総数は34万人を超えました1)。「CKD看護」という言葉が身近になったことも,患者数が増加する現状を表す1つの指標なのかもしれません。

 議論の開始に当たり,日本腎臓学会前理事長の柏原先生から,腎臓病の変遷を簡単に共有していただけますか。

柏原 腎臓病に対する医療は,直近の40年間でドラスティックに変化しました。最もわかりやすい例は,透析導入される患者さんの原因疾患の構成でしょう。1980年代頃は約70%が慢性糸球体腎炎であり,比較的若い方が透析導入の対象となっていました。それが1998年以降,糖尿病性腎症が原因疾患の第1位となり,2020年現在は透析導入の約40%を占めます1)。併せて注意しなければならないのは,加齢と深い関係にある腎硬化症です。近年増加を続け,ついに原因疾患の第2位となりました。超高齢社会に突入した現代では,対応すべき患者さんが右肩上がりに増加していくことは間違いないでしょう。

髙井 柏原先生が話されたように,患者さんの背景が変化し提供される医療も高度化・複雑化してきた中で,透析導入前の保存期のCKD患者さんに対して「どのような看護が必要とされているのか」「看護職として何ができるか」と,近年では具体的な看護実践を検討できるようになりました。

 CKD看護に長年携わられ,日本腎不全看護学会の理事長も務められた内田先生は,本領域の変化をどのように感じていますか。

内田 私が腎臓病の患者さんのケアに携わるようになって約40年。40年前は,救命した患者さんの社会復帰をいかに実現するかが目標でしたが,今では社会復帰は前提となり,議論の中心が,より良い人生を送るためにはどのような医療を提供するべきかとの話題に移っています。合併症に関しても研究が進んだことで,予防的視点でのケアも検討できるようになりました。

 一方で,病いとともに生きる「人」に焦点を当ててケアを実践する看護の本質部分は変化していません。療養指導や療法選択の場面に看護師が積極的にかかわることも近年では増えてきたために,患者さんに寄り添ったケアを行う意義を改めて考え直すべき時期が訪れていると感じます。

髙井 確かに,2012年に「糖尿病透析予防指導管理料」が診療報酬上で算定可能となったことを契機に,保存期のCKD患者さん(糖尿病性腎症に限る)への療養指導に看護師が積極的に介入できるようになりました。また2020年に新設された「腎代替療法指導管理料」では,療法選択の場への看護師の参画を後押ししています。

 看護師をはじめとした多職種による介入の専門性の確立という点では,腎臓病療養指導士制度の誕生は追い風になりました。柏原先生は本制度の立ち上げに中心となって尽力されたはずです。制度ができた背景にはどのような考えがあったのでしょうか。

柏原 腎臓病療養指導士制度を立ち上げる前年に,腎臓病にかかわる医療者を増やすことを目的としたNPO法人「日本腎臓病協会」を立ち上げました。学問としての高みをめざす日本腎臓学会とは相補的な立ち位置と言えます。「病気と闘うあなたを1人にしない」を理念に掲げ,同協会で取り組む事業は主に4つ。①CKDの予防や早期発見のための普及啓発活動,②患者会・関連団体との連携,③産官学による腎臓病の診断・治療法開発のプラットフォーム(Kidney Research Initiative-Japan)構築,そして本協会で最も重視する,④腎臓病療養指導士制度です。現在は,腎臓病療養指導士による療養指導に診療報酬が付与されるよう準備しています。

髙井 進捗はどうなのでしょう。

柏原 2020年から厚労科研として「慢性腎臓病(CKD)患者に特有の健康課題に適合した多職種連携による生活・食事指導等の実証研究」(研究代表:杏林大・要伸也氏)がなされており,今年度が研究の最終年です。エビデンスも概ね構築されてきましたので,診療報酬の獲得に向け働き掛けを強めていきたいと考えています。

髙井 医療施設としては,診療報酬が付与されていないと人的資源を充当しにくいでしょう。現状の療養指導は,どうしても看護師をはじめとした医療者のボランティア精神に依存している部分が大きいために,近い将来,診療報酬が付くことを願っています。

髙井 診療報酬の動きに加えて注目されるのはCKMの話題です。本年6月には,2019年よりAMED研究として行われてきた「高齢腎不全患者に対する腎代替療法の開始/見合わせの意思決定プロセスと最適な緩和医療・ケアの構築」の成果をまとめたガイドも刊行されました。同研究事業の研究代表を務めた柏原先生から経緯を伺えますか。

柏原 毎年1000人以上に透析開始の見合わせや透析中止がなされている状況下,高齢の腎不全患者さんの尊厳を守りつつ,家族も安心できる標準的なCKMの在り方を提示できればと検討を続けてきました。分担研究では,漫画も織り交ぜられた「高齢腎不全患者に対応する医療・ケア従事者のための意思決定支援ツール」を齋藤先生に作成していただきましたね。

齋藤 ええ。意思決定支援時の医療者の参考となるべく,できるだけ手に取りやすいよう漫画での表現を採用しました。多くの方の目に触れ,現場での対応に生かしてもらえればと願っています。

柏原 AMED研究ではそうした成果も挙げながら,ようやく先日『高齢腎不全患者のための保存的腎臓療法』(東京医学社)と題したガイドの刊行に至りました。

 ただ,あらかじめお伝えしておきたいのは,本ガイドの発表はあくまでも議論のきっかけづくりに過ぎず,CKMを強く推進したいという意図では決してない点です。医療者からCKMの導入を提案するのではなく,患者さんとご家族,治療にかかわる医療者によって話し合う共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)によって決断すべきと,本ガイドでは強調しています。CKMを選択したとしても,いつでも透析を開始・再開できる点もポイントと言えますね。

髙井 透析は絶対に行わなければならないものと教えられてきた私たち世代の看護師にとっては,本取り組みは新鮮に感じるかもしれません。けれども透析導入しても早期に亡くなられてしまうケースなど,「透析導入の判断が正しかったのだろうか」と思い悩んだ経験を持つ看護師は多いはずです。柏原先生たちの取り組みによってCKMに対する一定の在り方が示されたことで,患者さんのその人らしさを支えるための療法選択に携わる看護師にも大きな影響を与えることになったのではないでしょうか。

髙井 SDMというキーワードが登場しました。患者さんが慢性の病い(クロニックイルネス)とともにどう生きるかをいかに支援するかは看護師の大きな役割の一つです。病棟や外来で患者さんにケアを提供する傍ら,意思決定支援に関する研究を続ける齋藤先生の目には,CKD患者さんに対する意思決定支援の状況はどのように映っていますか。

齋藤 ACP(Advanced Care Planning)やSDMの言葉は看護師の間に浸透した印象があります。しかし,実際に何をすればいいのかわからないと口にする方は意外と多い。多職種で患者さんにかかわろうとの雰囲気は醸成されてきたものの,対応が難しい場面に四苦八苦する様子を日々目にしています。例えば,認知機能が低下した高齢患者さんの治療選択の場面において本人抜きで家族と話し合いを進めてしまう,患者さん本人が透析非導入を希望した際の家族とのコミュニケーションに苦手意識を持ってしまうといったケースが見受けられます。

髙井 終末期の場面で「透析をしたくないです」「もう少しで私死ぬんですか?」と患者さんから問われた時に,どう対応していいかわからず,現実から目を背けてしまう看護師は少なくないですよね。

齋藤 その通りです。患者さんはそうした空気感を敏感に察知しますので,それ以降の対話ができなくなってしまう可能性もあります。個々人のコミュニケーション能力に依存してしまう面がどうしても存在するために,難しい問題です。

内田 SDMという言葉だけを聞くと,何だか新しい技術のように感じてしまいますが,個人的には,これまで行ってきた看護の延長線上にあるととらえています。看護師が白衣を着て患者さんと話をすると,暮らしの情報や大切にしていること,家族の問題など,多くの方が赤裸々に明かしてくれます。つまり看護師は,プライベートな情報を開示する相手として認められているとも言えます。もちろんこれは腎領域だけに限らないでしょう。腰を据えて,患者さんが最終的にどのような人生を送りたいのかに関して対話をし続けてもらいたいです。

柏原 冒頭でも内田先生がおっしゃっていましたが,病気を診るのではなく,病いとともに生きる一人の人間として患者さんと接することが重要だと感じます。私自身,若い頃は病気の正しい診断ができて,適切な治療方針が決定できたら十分だと思っていましたし,それが“良い医療”だと信じていました。しかし,それは医療のごく一部でしかない。私自身が年齢を重ね,患者の経験もしたことで,改めて実感します。私はSDMの取り組みを,病いとともに生きる「人」を看るという医療者としての原点に立ち返るためのチャンスだととらえています。原点回帰の流れは腎以外の領域にも急速に広がっていくのでしょう。

髙井 私は腎不全の末期患者さんを対象に,自身が望んだ最期を過ごせているのかについて,2018年から調査を続けてきました。医療者が患者さんの気持ちを汲み取れていないのではないかとの疑問があったからです。こうした人生の最終段階に関する話し合いは,早い段階で患者さんやご家族と行うべきではあるものの,保存期の時期や,長期にわたる維持透析によって日々患者さんと向き合っているからこそ,どのタイミングで話し合いの場を持ち,緩和医療に関する情報提供を行えばよいか悩む場合があります。CKD看護における緩和医療の意義についてご意見を聞かせてください。

内田 患者さんが人生の最終段階を迎えるに当たっては,苦痛を取り除くという緩和医療の視点・技術はより一層CKD看護に求められると考えています。透析するつらさを味わいたくないからCKMを選択したのに,いざ最期を迎える段階で透析よりもつらい苦痛を味わうのはナンセンスです。CKMの選択は,そうした緩和医療の提供とセットと言えるでしょう。

齋藤 一方で本当の終末期という点では,どんな疾患の患者さんであっても提供される看護の内容は大きく変わらないように感じています。私が所属する病棟は腎臓内科とアレルギー・リウマチ内科の混合病棟ですので,リウマチ疾患や間質性肺炎の患者さんに終末期ケアをする機会も多いのですが,「苦痛をできるだけ取り除いて,患者さんが安楽に過ごせる時間を少しでも増やせるようにかかわる」という根幹部分は同じ。やはり目の前の患者さんに誠実に向き合っていくことが重要です。

柏原 同感です。ただ忘れてならないのは,今から50年前は10代の子どもが腎不全によって亡くなっていたという事実です。医療の進歩の成果は,あらためて認識しなければならないでしょう。長寿社会になったからこそ緩和医療の問題にもフォーカスが当たるようになってきた。つまり,疾患の原因を突き止めて科学的な治療法の開発をめざすことと,緩和医療による苦痛の除去をめざすことは,並行して進展させなければならない。私は強くそう思っています。

髙井 それでは最後に,これからのCKD看護の在り方や求められるスキルを伺えますか。

内田 繰り返しますが,医療技術が向上したことで,特に腎領域においては,疾患ではなく,病いとともに生きる「人」に向き合えるようになってきました。昨年にはエビデンスが示されたCKD看護をまとめた書籍『CKD保存期ケアガイド』(医学書院)も刊行され,より良いCKD看護をめざせる状況が整いつつあります。あらためて患者さんの個別性に向き合い,深く探求していくことで,一層効果的かつ専門性の高いCKD看護が実現するのではと期待しています。

齋藤 その上で必要だと考えるのは「聞く力」の涵養です。患者さんの個別性を大事にするには,どのような背景をもとに,何を考えているのかを聞くことが大切と言えます。また,対話を通じて,患者さん自身の病いのとらえ方が変容していくことは珍しくありません。これらに鑑みると,やはり患者さんの話にしっかり耳を傾けることの意義は高いと感じます。

柏原 内田先生,齋藤先生のお話しされた内容に賛同します。恐らくここまでに話された内容は,数年のうちには「看護」の枠組みを飛び越え,「医療」の在り方として議論がなされるようになるでしょう。特に「聞く力」については,長年医学教育に携わってきた中でも大きな課題として考えています。本座談会を通じて,その大切さを再認識することができました。

髙井 皆さん,ありがとうございます。今までわれわれ看護師が行ってきた看護に間違いはなく,これからも病いとともに生活する生活者の想いを聴き取り,一人ひとりの人生を支えるための看護を続けていくべきだと強く意識した次第です。読者の皆さまにとって明日からの実践につながる議論であったならば幸いです。

(了)


1)花房規男,他.わが国の慢性透析療法の現況(2020年12月31日現在).日透析医学会誌.2021;54(12):611-57.

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名古屋大学 医学部附属病院看護部

看護師資格を取得後,衆済会増子記念病院にて勤務。2001年豪ニューキャッスル大へ留学。帰国後,病いとともに生活するCKD患者のセルフマネジメント方法やその人らしさの看護の在り方を学ぶため,岐阜県立看護大大学院修了。修士(看護学)。15年より現職。慢性疾患看護専門看護師,腎臓病療養指導士。日本腎不全看護学会理事。『慢性腎臓病看護 第6版』(医学書院)にて責任編集を務める。

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川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学 教授

1982年岡山大医学部卒。岡山大病院,呉共済病院にて臨床研修。88~90年米ノースウエスタン大に研究留学。帰国後,岡山大講師,助教授を経て,98年より川崎医大教授。2004年より臨床教育研修センター長。前日本腎臓学会理事長。日本腎臓病協会理事長として腎臓病療養指導士制度の立ち上げに尽力した。

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聖隷佐倉市民病院 総看護部長

看護師,保健師資格を取得後,千葉社会保険病院透析センター,千葉社会保険介護老人保健施設勤務を経て,2006年聖隷佐倉市民病院看護次長。同年千葉大大学院修了。修士(看護学)。聖隷横浜病院総看護部長を経て,21年より現職。1997年の日本腎不全看護学会設立当初から理事を務め,2014~17年まで理事長職を担った。

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東京大学 医学部附属病院看護部

東大医学部健康総合科学科看護科学専修卒業。同大病院で看護師として勤務。同大大学院医学系研究科修士課程を修了後,同研究科助教を経て2015年より現職。腎臓内科,アレルギー・リウマチ内科,心療内科の混合病棟で副看護師長として日々奮闘中。21年まで日本腎不全看護学会の理事を務めた。

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