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慢性腎臓病患者とともにすすめるSDM実践テキスト
患者参加型医療と共同意思決定

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近年の医療政策や医療現場での重要キーワード「患者参加型医療」。それを実現するために必要不可欠な共同意思決定(SDM、シェアード・ディシジョン・メイキング)の手法について解説した、本邦初の実践型テキスト。慢性腎臓病のさまざまな症例と、外来での具体的な会話例(シナリオ)をもとに、SDMへの理解を深めていくことができる。すぐに役立つ「意思決定・会話ツール」や「金のフレーズ」をはじめ、付録も充実。
編集 腎臓病SDM推進協会
発行 2020年09月判型:B5頁:200
ISBN 978-4-260-04320-5
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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(小松康宏)/推薦のことば(柏原直樹,中元秀友,水口 潤,剣持 敬,中原宣子,本間 崇)




 本書は,21世紀になって医療政策や医療の現場で重要視されている「患者参加型医療」,特にその大前提となる「共同意思決定(shared decision making;SDM)」に関する教科書であり,実践の手引きである.
 医学や情報科学の発展によって,医療者も患者も最新の医学情報にアクセスすることが可能となり,多くの治療選択肢のなかから最善と思われるものを選ぶことができるようになった.EBMの普及とともに,エビデンスに基づいた診療ガイドラインも多数作成され,治療法を決定するうえでの道筋が示されている.インフォームド・コンセントも不可欠のものとなっている.その結果,治療法の決定は容易になったのか,患者にとって,また医療者にとっても最善の,満足できる医療上の決定が下されるようになったのかといえば,残念ながら理想と現実にはまだまだ大きなギャップがある.
 筆者の専門である腎臓・透析医療を例にとってみたい.わが国では毎年約3万名の末期腎不全患者が透析療法を開始するが,97%が通院血液透析を選択する.腹膜透析の普及率は3%に満たず,全国的には1%未満の県も存在する.欧米での腹膜透析選択率は10~20%であり,諸外国に比べあまりに差がある.わが国の血液透析の技術,体制,成績は世界のトップレベルにあるが,それゆえに大多数が血液透析を選択するわけではない.腎代替療法選択の説明や決定にプロセスにも改善の余地がありそうである.
 がんの治療法も発展し,手術療法1つにしても腹腔鏡下の手術,ロボット手術などの選択肢も広がり,化学療法,免疫療法,放射線療法など複数の選択肢がある.患者の身体に与える侵襲程度,合併症のリスク,生活に与える影響,医療費の自己負担の程度もさまざまである.そのなかから,後悔しない,最善と思われる決定を下すことは難しい.
 こうしたなかで広まっているのが医療者と患者が医学的情報と患者の価値観,意向を共有し,共同で最善の決定を下す「共同意思決定(SDM)」である.SDMに対する医療者の関心も急速に高まりつつあるが,実践にあたって苦慮している医療者も多い.本書は,腎代替療法選択を例にとり,患者参加型医療の中心となるSDMを進めるのに必要な理論と具体的な実践手法を示したものである.
 第1章では患者参加型医療について,またその根幹となる治療法決定に患者が主体的にかかわるためのSDMとの関係を概説する.第2章ではパターナリズム,インフォームド・コンセント,SDMという意思決定の3プロセスについて概説する.第3章では,SDMについて詳しく述べるとともに,患者から「お任せします」といわれたときにどう考えるかも解説する.第4章では,SDM実践にあたって用いられる意思決定支援ツールについて概説するとともに,代表的な意思決定支援ツールや国外の資料を紹介する.第5・6章では,医療者が実際にSDMを実践するにあたって参考となる手法を実例とともに紹介する.また,第7章でサイコネフロロジーの見地から共同意思決定との関連を解説している.第8章では,多職種の視点で共同意思決定の進めかたや課題を述べる.また第9章で,各施設で職員対象にSDMの研修を企画する際の参考となるように,腎臓病SDM推進協会が提供しているSDM研修セミナーの内容を紹介する.これを参考に,読者が自施設で研修を企画,実行することを期待したい.第10章ではSDMの評価法について概説し,第11章でSDMを普及させるための課題,今後の展望について考える.
 SDMは,法律,倫理学,健康教育,コミュニケーション学,現場の医療者など多様な専門家が研究と実践を重ねて発展してきた学際領域である.目指すものは同じでも,定義,対象,実践手法は必ずしも一致しない.本書は,長年,腎臓・透析医療の第一線で腎代替療法の選択について患者・家族と話し合ってきた経験をもち,腎臓病領域でSDMを推進することを目指す「腎臓病SDM推進協会」の幹事を中心とした執筆陣によってつくられた.理論的解説だけでなく,現場の実践に基づいた例も多く含まれており,広く活用していただけるものと思う.
 本書によって,患者参加型医療とSDMに対する理解が深まり,患者にとっても医療者にとっても満足できる医療の実現につながることを期待したい.
 最後に,本書の企画から出版までご尽力いただいた医学書院の塩田高明氏,腎臓病SDM推進協会の活動を支えていただいた多くの方々,腎臓病SDM推進協会のセミナーに参加していただいた大勢の医師,看護師,医療スタッフの皆様に,深く感謝いたします.

 2020年9月
 著者を代表して 小松康宏


推薦のことば

 かつて医療の現場では,医師・医療者と患者・家族との間には医療情報に関する大きな非対称性があった.医師は権威主義的となり,患者は受動的な態度を強いられるパターナリズムが常態であった時代もある.その後,患者の自主尊重とインフォームド・コンセントの重要性が広く認識され,同時に情報技術が目覚ましく発達した.疾患や治療,治療効果に関する情報は医師が独占するものではなく,患者にも広く開かれるものとなった.医療は選択の連続である.多くの治療法は絶対的な益ではなく,リスクや不利益との天秤で評価されるものである.そこに患者の価値観と意向も反映されなくてはならない.患者は自身の将来に関して不安をもつのが通例であり,意向形成が容易でないことも多い.患者が真に望むところは何か,言語化できないdesireを洞察する力も必要となるだろう.今後,shared decision making(SDM)は医療の現場で広く実践されることが求められる.SDMの重要性を早くから理解し,普及啓発活動に尽力されておられる小松康宏氏に深甚の敬意を表したい.
 病気はいずれも不条理であり,なぜ自分が,という問いに答えることは容易ではない.SDMは患者の孤立感と苦悩を緩和させるうえでも有用であろう.本書が多くの関係者に読まれ,SDMが普及することを強く望んでいる.

 日本腎臓学会理事長 柏原直樹


 患者参加型医療と共同意思決定(SDM)は今では皆が使う言葉となったが,医療においてはじめてSDMという言葉が使用された始まりは1972年にRobert Veatchによる「医学における倫理に関する報告」といわれている(Veatch R. The Hastings Center Report 2, 5-7, 1972).それまでの,パターナリズムと呼ばれた医師が主体となる治療方法の決定から,患者へのメリット・デメリットを中心とした説明(インフォームド・コンセント)が行われるようになり,さらに治療への患者参加からSDMへと大きく変化してきたのは医師-患者関係の変化から当然の流れといえよう.そこに大きく影響を与えているのは近年のICT(information and communication technology,情報伝達技術)の進歩である.患者は医療に関する多くの情報をICTを用いることでいつでも容易に手に入れることが可能となった.さらに急速な医療の進歩に伴い,医療の選択肢が増えたこともSDMが当たり前となった大きな流れの原因といえよう.きちんとしたSDMを行うために医療者側は十分な情報とSDMの技術を獲得することが必須となり,SDMは今後の医療教育でも重要な項目となっている.
 欧米では当然となってきたSDMであるが,本邦,特に慢性腎臓病の分野では,理論的にきちんと体系だって説明しているSDMの教科書はこれまでになかった.小松先生が中心となって完成させたこのSDMに関する実践的なテキストは,今後腎臓病におけるSDMの重要な教科書となるであろう.多くの医療者にとって本書が医療の役に立ち,バイブルとなることを期待している.

 日本透析医学会理事長 中元秀友


 本書の刊行おめでとうございます.腎不全となった患者にとって,満足のいく腎不全医療を受けるには,血液透析・腹膜透析・腎移植という3つの治療法の選択のチャンスが与えられることがまず必要であります.この3つの治療法は確立された医療であり,これらに対する医療情報の提供に偏りがあってはなりません.そして治療法の選択を進めていく過程では,腎臓病の純医学的な要件に加え,患者の社会背景,家庭環境,経済状況などさまざまな状況を考慮し適切な助言を行い,患者とともに考え治療法を選択することが重要です.さらに腎不全患者が高齢化するなか,上記に加え介護を必要とする場合も多く,医療連携の点も含めた治療法選択が必要となってきます.本書は腎臓病領域を対象とした本邦初のSDMに関するテキストであり,患者にとってまた医療者にとっても満足のいく治療選択につながることを期待してやみません.
 最後に,本書の代表者である小松康宏先生,ならびに各執筆者の先生方に対して惜しみない賞賛を送ります.

 日本腹膜透析医学会理事長 水口 潤


 腎移植は慢性腎臓病(CKD)に対する確立した治療法です.2019年には2,037件もの腎移植がわが国で行われています.成績も年々向上しており,海外と比較してもトップの成績です.腎移植には亡くなった方の提供による献腎移植と親族からの提供による生体腎移植がありますが,わが国では90%近くが生体腎移植です.最近では血液型が異なる提供者からの血液型不適合腎移植や透析導入前の腎移植(preemptive kidney transplantation;PEKT)も増加し,成績も良好です.
 末期腎不全の治療選択として,血液透析,腹膜透析,腎移植がありますが,それぞれにメリット,デメリットがあります.どの治療法を選択するかは,医師を含めた医療関係者の決めることではなく,年齢,原疾患,生活環境,職業,学業など個人のライフスタイルに沿って決定すべきものであると思います.そのためには,十分な情報提供と患者さんが参加する共同意思決定すなわちSDMが必要であると考えます.
 本書はSDMについて,その理論に加えて,実際の症例を提示し,具体的な進め方やツールの使用法など実践的に学べる,極めて価値あるテキストであると思います.腎臓内科医,透析医,腎移植医にとってのバイブル的存在となることを確信します.

 日本臨床腎移植学会理事長 剣持 敬


 末期腎不全に至った患者に療法選択に関する説明を行い,次のステージに送る機会が増えている.患者にとっては一大事で,頼りにしていた腎臓がいよいよ単独では機能しなくなるということと,選択する治療はいずれも自分の命や今後の生活に影響を及ぼすことに衝撃を受ける.保存的腎臓療法を含め,腎代替療法を患者に理解してもらい,身体的側面だけではなく患者の人生観,日常生活などを加味し患者にとって適切と思われる選択を行っていくことの重大さは想像できよう.
 治療の決定を医療者側にお任せしていた時代から,細かく説明はされるが選択を患者側に委ねられた時代を経て,新たにSDMという考え方が提唱されている.患者とともに治療などに関して決定していくという考え方の背景には,医療者がより患者個々の理解力や事情を加味しながら適切な治療への選択をサポートする必要があったと推察する.末期腎不全患者も,75歳以上の高齢者が透析導入の4割以上を占めるようになった昨今である.個体差は大きくなり,その背景はさまざまである.生活背景や患者の特性把握は看護師の得意とするところである.患者に最も近いところで,療法選択という重大事に関わる機会も増えている.
 本書はSDMの基礎だけではなく,腎臓病領域におけるさまざまな事例が紹介されており,わかりやすく解説されている.ぜひ,ブラッシュアップし明日からの臨床に役立てていただければと思う.

 日本腎不全看護学会理事長 中原宣子


 このたび,本書を発刊されたことは医療従事者にとって意義深いことであります.
 国民の医療に対する期待と要望はますます大きくなり,また医療そのものの高度化・複雑化を背景に,臨床工学技士においても患者さんに対して最良の医療を安全に提供することが,社会的責任として強く問われる時代になっています.患者さんが不十分な情報によってご自身の治療方針を選ばなければならない立場に立たされないように今後は,慢性腎臓病の患者さんに対し,治療方針の決定について患者さんと医療従事者間で共通の認識をもつことが必要であります.血液浄化療法も多岐にわたり,治療方法の説明と同意を共有し,患者さんに協力してもらいながら治療方針を立てることにも役立つと考えます.また,レジリエントな安全の確保には,患者さんの参加が大きな力になります.今まで以上に他職種とのチーム医療を成熟させ,患者さんにとって最良の医療を提供し,患者さんのQOLの向上に向けた治療の実践を遂行していかなければなりません.このテキストが今後の透析医療において,患者さんのご家族を含めた意思決定につながることを期待いたします.

 日本臨床工学技士会理事長 本間 崇

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第1章 患者参加型医療とは何か
  ①はじめに
  ②患者中心性
  ③患者参加型医療とは
  ④患者参加のさまざまな様式
  ⑤患者参加型医療を進めるうえでの課題

第2章 治療法決定の3プロセス
  ①パターナリズム(paternalism)
  ②インフォームド・コンセント(informed consent)
  ③シェアード・ディシジョン・メイキング:
     共同意思決定(shared decision making;SDM)
  ④まとめ

第3章 SDMのエッセンス
  ①インフォームド・コンセントから共同意思決定(SDM)へ
  ②SDMを構成する9つの基本要素
  ③SDMとICの使い分け

第4章 意思決定支援ツール
  ①意思決定支援ツール(Patient Decision Aids)
  ②国際基準(IPDAS)
  ③具体的なサイトの紹介
  ④おわりに

第5章 SDMの実践手法―現場でSDMを実践する際の手順の基本
  ①米国のSHAREアプローチ
  ②3段階会話モデル(the three talk model)
  ③現場で実践するにあたって

第6章 SDMの実践手法
 実践編⓪ 信頼関係を築く
  ①外来での会話
  ②解説
 実践編① 話し合いを始めるには
  ①外来での会話
  ②解説
 実践編② 各種治療法の選択肢を説明する
  ①腎代替療法の説明の具体例
  ②腎不全に関する基礎知識
  ③費用,補助制度について
  ④高齢者・終末期管理
 実践編③ 患者の価値観,意向,不安を引き出すには
  ①外来での会話
  ②透析療法選択外来の運用
  ③患者の疾病受容のプロセス
  ④おわりに
 実践編④ 患者とともに決定を下す
  ①入院当日の外来での会話
  ②解説
 実践編⑤ 患者の決定を評価しフォローアップする
  ①患者の決定を評価するにあたり
  ②SDM評価の重要性
  ③血液透析を選択した症例
  ④腹膜透析を選択した症例
  ⑤治療を開始して患者が初めて経験すること
  ⑥SDMの評価を行ううえでの評価項目
 実践編⑥ 高齢の患者・家族と話し合うときには
  ①高齢者のRRT選択に対するSDMにおける注意点
  ②高齢の患者・家族とのSDM実例

第7章 SDMとサイコネフロロジー
  ①症例解説
  ②心理的な反応
  ③精神的苦痛
  ④うつ病の症状
  ⑤うつ病の頻度
  ⑥うつ病の診断と検査
  ⑦うつ病の発生機序
  ⑧うつ病の具体的な治療法とその成績
  ⑨不安障害の症状と頻度
  ⑩認知障害
  ⑪腎と脳連関
  ⑫認知障害のスクリーニング
  ⑬認知障害の治療

第8章 多職種で取り組むSDM
  ①多職種連携による腎代替療法選択支援の実際
  ②腎代替療法選択支援の決定と準備の時期
  ③初回腎代替療法選択支援外来(初回面談)
  ④初回腎代替療法選択支援外来(初回面談)の振り返りと次回以降の準備
  ⑤2回目以降の腎代替療法選択支援外来(面談)
  ⑥多職種連携と課題

第9章 SDMの研修法について
  ①SDM研修の必要性
  ②腎臓病SDM推進協会の設立
  ③AHRQのSHAREアプローチワークショップ
  ④日本におけるSDMベーシックコースの編纂
  ⑤セミナーの内容と手順
  ⑥研修セミナーの実際
  ⑦おわりに

第10章 SDMの実践を評価する
  ①患者視点での評価ツール(patient-reported outcome measures;PROM)
  ②観察者視点での評価ツール(observer-based outcome measures;OBOM)
  ③双方向性視点での評価ツール:SDM-Q-9/SDM-Q-doc
  ④患者の理解度および治療同意能力を評価するツール

第11章 SDM実践上の問題点
  ①医療の価値におけるパラダイムシフト
  ②患者中心医療とSDM
  ③SDMの課題
  ④腎不全領域におけるSDM推進の動向
  ⑤おわりに

付録
 付録① SDMの代表的な対象例
 付録② 意思決定・会話ツール
 付録③ SDM実践に役立つ「金のフレーズ」集
  ①患者さんの気持ちに寄り添い,医療者からの支援を伝える
  ②治療法を前向きに捉えてもらえるように表現する
  ③看護師の気持ちを伝える
  ④治療法をイメージしてもらう
  ⑤患者さんの意思,人生観を聞き出す
  ⑥介護者,ご家族への言葉
  ⑦医療者の考えを伝える
 付録④ SDMの具体例―聖路加国際病院の腎代替療法選択外来
  ①腎代替療法選択外来の体制
  ②外来の流れと内容
  ③腎代替療法選択外来を実施する際の課題の整理

索引

COLUMN
 認知症例から学んだ,透析開始にあたっての意思決定支援
 「腎代替療法選択ガイド」の活用
 患者さんへの腎移植の説明
 SDMにより選択された治療法を実現するための地域連携システム構築の重要性
 納得の透析導入はSDMが不可欠

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SDMを学び進める上での模範的な教科書
書評者:福井 次矢(聖路加国際病院院長)

 EBM(Evidence-based medicine根拠に基づいた医療)という言葉が医療界で初めて提唱されたのが1992年。提唱者を個人的に知っていた私は,その直後から,わが国においてEBMの普及に努めてきた。そのような私にとって,心の重荷を下ろし,希望の灯と映ったのが,本書である。

 理由は,次のとおりである。EBMとは「最も信頼できる研究成果(エビデンス)を知った上で,患者に特有の病状や意向・価値観(個別性),医師の経験や医療環境(状況)に配慮して医療を行うこと」であり,最も信頼できるエビデンスを踏まえる点に最大の特徴がある。今や,わが国においても,診療現場では当然のごとくエビデンスについての議論が正しく行われ,エビデンスに基づいた診療ガイドラインも普及し,医療の質が向上したことは疑いがないところである。ところが,私自身,当時新規性のあったエビデンスに注意を引き付けようとするあまり,「患者に特有の病状や意向・価値観に配慮する」という部分の実践手順を普及しようとする意欲には欠けていて,EBM普及の達成感とは裏腹に,何とも言えない心の重荷になっていたところである。

 そのような私の心の重荷を下ろしてくれたのが,本書である。SDM(Shared decision making)とは,医療者と患者が医学的情報と患者の価値観,意向を共有し,共同で最善の決定を下す「共同意思決定」であり,腎臓病領域でSDMの普及をめざす腎臓病SDM推進協会の幹事を中心とした執筆陣の手に成るものである。したがって,SDMを進めるのに必要な理論と具体的な実践手法が,腎代替療法選択を例に,大変わかりやすく記述されている。

 最初の5章が総論で,SDMの手順としてはMakoulとClaymanによる「基本の9要素」,米国のAHRQによる「SHAREアプローチ」,Elwynによる「3段階会話モデル(Three talk model)」などが紹介されている。医療にかかわる全ての人々には,この総論の部分をじっくり読んでおくよう強く薦めたい。

 個人的には,3段階会話モデルのTeam talk(医師・医療者と患者のどちらかが一方的に決めるのではなく,一緒に考え,医療者は患者を支える立場であることを理解してもらう),Option talk(選択肢とそれらの内容・利点・リスクを説明し,患者の知識・理解度を確認しながら,決定を支援する),Decision talk(患者の意向・好みを明らかにして,選択肢のうちの一つに決定する)の3つのTalkさえしっかり頭に入れておけば,基本の9要素およびSHAREアプローチで説明されている詳細な項目は柔軟に活用できるように思う。

 第6章には,患者と医師,看護師などとの会話の実例が7つ紹介されていて,うまくいった例だけでなく反省が必要であった例も含まれている。第7章以降は,SDMとサイコネフロロジー,チーム医療との関係,SDMの研修法,SDM実践の評価,SDM実践上の問題点などが個別に章立てされ,4つの付録(SDMの対象例,意思決定・会話ツール,「金のフレーズ」集,具体例としての聖路加国際病院の腎代替療法選択外来)とともに,多くの診療現場で有用な経験知,ツールとして活用されよう。

 診療現場に密着したSDMの手順の紹介のみでなく,SDMの学び方にきめ細かく配慮した本書は,真のTextbook(模範的)である教科書となっていて,執筆のリーダーシップをとられた小松康宏先生をはじめ,26名の執筆者の皆さんに深く敬意を表するところである。


SDMの基本からチームによる実践までが理解できるリッチなテキスト
書評者: 小松 浩子 (日赤九州国際看護大学長)

 科学,医療技術の革新的な発展により,診断・治療,療養の場や状況などの選択肢は格段に広がる一方で,患者は,複雑で不確かな選択の連続に置かれる。慢性腎臓病患者の多くは,血液透析,腹膜透析,腎移植の治療選択に伴って,それらのリスクや不利益を秤にかけて検討するだけでなく,自身の生活,生き方,価値観や意向をすり合わせながら自分にとって最善の状況をめざして選択を続ける。このような難しい選択の特徴として,不確かさ,複雑性,パターナリズム,スティグマ,外圧が存在する。その中で,選択を迫られている患者は孤立し,苦悩しがちである。他方,医療者にとっては,患者の言葉にできない潜在するニーズや,真に望むところは何かについて諮ることは容易ではない。患者だけが孤軍奮闘して選択するのではなく,また,医療者が手をこまねいて患者が真に望むことや潜在するニーズを見逃すことなく,対話を通して共同意思決定のプロセスをたどることが求められている。これまでに,共同意思決定の重要性や理論については紹介されてきたが,専門分野で活用するために具体的な実践方法にまで展開されたテキストはなかった。

 本書は,患者参加型医療と共同意思決定の考え方,それに基づく,慢性腎臓病患者に対する実践方法と具体的な進め方やツールが満載されたテキストブックである。

 私たち医療者は,自分では気付かないが「患者のために」という名のもとに,知らず知らずのうちに,医療者サイドの考えや価値を患者に強いていることがある。時に,患者の理解を超えた医療情報を伝え,患者が混乱や消耗をしてしまい,「おまかせします」という受け身的な姿勢を導いていることもある。したがって,共同意思決定が実践に根付くには,単に共同意思決定のknow-howを学ぶだけではなく,前述したような関係性に医療者と患者が陥らないよう,日常の医療の中で,価値の転嫁を図るためのパラダイムシフトを起こしていかなければならない。

 本書の第1,2章は,パラダイムシフトの核となる「患者中心性」「患者参加型医療」の理念や考え方がまとめられている。新しい概念や考え方などは面倒だと思わずに,本書の肝と位置付けて読み進めていただきたい。3章は共同意思決定のエッセンス,4章は意思決定支援ツール,など実践の基本的方法が身につく内容が記されている。方法をより身近に理解するために,コラムとして事例の解説,ツールの具体的サイトがリストアップされており,興味が沸く。5,6章は共同意思決定の実践手法の解説,状況に合わせた実践編シリーズが展開されている。具体例や会話例が示されているので疑似体験したかのように読み進めることができる。関心のある状況をまず読み,具体例を理解してから,1章に戻って読み進めていくこともお勧めできる。7章は精神,認知障害のある場合にどのように共同意思決定のプロセスを考慮して進めるべきか,障害の特徴を踏まえてわかりやすく解説されている。8,9章は共同意思決定をどのように多職種連携で行うのか,またそのための研修法について具体例が挙げられ,理解を深めることができる。10,11章は共同意思決定の評価と課題が示されている。

 以上のように,本書は一冊読むことで,共同意思決定の基本的知識からチームにおける実践,評価まで,実践を踏まえた理解を積み重ねることができるリッチなテキストと言える。

 本書を読み終えての私の感想であるが,共同意思決定は,当事者にとって,自己を修復したり,発見したりするプロセスであると捉えることができた。それは,共同意思決定に携わる医療者にも言えることであろう。

 最後に,腎臓病SDM推進協会が,多職種,当事者を含め一丸となって,本書を作り上げられた熱意に敬意を表します。

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