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『末梢神経障害 解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』より

連載 古賀道明

2022.09.23

 Common diseaseでありながら,少なくない人が苦手意識を持つ末梢神経障害。そんな,とっつきにくくややこしい末梢神経障害をわかりやすく理解してもらうために,臨床に活きる知識を厳選して一冊にまとめました。
 本書の特徴は,各末梢神経疾患にはどういう特徴があるかといったいわゆる教科書的な情報を網羅するとともに,「この症候が出たら疑うべき疾患は何か」「障害の出現場所から何の疾患を考えるか」「障害分布からどの疾患を導き出すか」といった,鑑別を行う視点からも末梢神経疾患をときほぐし,双方向から多角的に末梢神経障害をとらえるところにあります。そして,双方向からの診断アプローチに不可欠な解剖生理,生化学,神経病理も臨床に役立つ視点からたっぷり解説しています。

 

 「医学界新聞プラス」では,本書の中から「末梢神経障害の種類」と「病歴聴取」という診断の基礎となるテーマを前半2回でお読みいただき,より具体的な診断の知識として「障害の出現場所からどの疾患を疑うか」を後半2回でご紹介します。

上肢に限局

上肢に神経症候が限局している際の考え方

全身性の末梢神経障害は,多発ニューロパチーに代表されるように下肢から発症するものが多く,上肢に限局して神経症候を呈することは稀である.ただし,多発ニューロパチーでは機械的障害に対する末梢神経の感受性が上昇していることが多く,絞扼性や圧迫性の末梢神経障害を生じやすい状態であり,それに伴い上肢限局性に神経症候を示しうるため留意する.例えば,アミロイドーシスや遺伝性圧脆弱性ニューロパチー(HNPP),糖尿病では,手根管症候群を発症しやすく,初発症状となりうることがよく知られている.また,多発ニューロパチーの中でも上肢優位の障害をきたす疾患(ほとんどの場合には下肢など他の部位にも症候がみられる)として,Guillain–Barré 症候群(GBS)や慢性炎症性脱髄性多発(根)ニューロパチー (CIDP),ポルフィリン症などに留意すべきである1)

上肢のみに限局する末梢神経疾患は,①絞扼や圧迫,くびれ,外傷性などによって限局性に末梢神経が障害,②腕神経叢,頸髄神経根が病変部位,③多発性単ニューロパチー,④ 後根神経節障害,⑤外傷性に分けることがで きる(表5‒1).末梢神経疾患以外の原因の鑑別が必要であり,以下に鑑別すべき重要な疾患に関して述べる.

鑑別診断

1. 頸椎症  

上肢のみに生じる神経症候は,末梢神経障害よりも圧倒的に頸椎由来であることが多いため,頸椎症との鑑別を最初に心がける.頸椎症による神経障害としては,頸椎症性神経根症と頸椎症性脊髄症,頸椎症性筋萎縮症があり,頸椎症性脊髄症でも初期には索路症候(下肢での 錐体路徴候や感覚障害,排尿障害)がなく,両上肢に限局した感覚障害や運動障害を示すことに留意する2,3).特に高齢者では無症状でも,頸椎X 線,MRI 検査で高頻度に頸椎症がみられるため,放射線画像の結果にミスリードされ,末梢神経障害を見落とす恐れがあり,神経症候から類推する障害髄節が画像所見の高位や程度とおおむね一致するかどうかの評価を行う必要がある.

頸椎症性神経根症では,初発症状としてさまざまな部位に神経根痛をきたし,障害神経根レベルで部位が異なる点は末梢神経障害との鑑別に有用である.さらに,感覚障害の症候があっても感覚神経活動電位(SNAP)の振幅が原則保たれる点が,末梢神経障害との鑑別点である.また,病変の広がりの評価ができる針筋電図が重要で,特に傍脊柱筋に脱神経電位がみられれば頸椎症性神経根症が強く示唆されるが,この場合には筋萎縮性側索硬化症(ALS)との鑑別を忘れてはならない.

2. 筋萎縮性側索硬化症(ALS)

ALS は上肢の筋力低下で発症することが多く,特に感覚障害を伴わない場合には常に末梢神経障害の鑑別対象となる.また,頸椎症を併存しやすく,感覚障害や疼痛を伴う場合にも鑑別診断から安易に外してはならない.疼痛の先行があり,かつ純粋な運動障害である場合には神経痛性筋萎縮症や前骨間神経障害,後骨間神経障害を鑑別診断の上位に挙げるべきである.また,疼痛を欠き,慢性進行性の純粋運動障害であれば多巣性運動ニューロパチー(MMN)の可能性を想定し,筋力低下・筋萎縮の分布が多発性単ニューロパチーの特徴を有しているか評価すべきである.いずれの疾患でも,電気生理学的検査(針筋電図・神経伝導検査)が重要となる.

3. 封入体筋炎(IBM)

筋力低下は上肢以外にもみられるが,両上肢の遠位部(特に深指屈筋)に左右差のある筋力低下をきたしやすいため,神経原性疾患と誤認しないよう留意する.

体幹に出る

体幹に神経症候がみられる場合の考え方

末梢神経障害で体幹に神経症候がみられることは比較的稀であり,まず脊髄病変や脊椎疾患(変形性脊椎症や椎間板ヘルニア,外傷など),内臓疾患(虚血性心疾患などによる放散痛や肺癌による肋間神経痛など)の鑑別を画像検査で行うことが必要である.また,体幹の神経障害の特徴として,運動系の徴候が目立たず感覚障害のみを示し,疼痛が前景に出やすい点が挙げられる.その場合にも,針筋電図で傍脊柱筋や腹筋に安静時自発放電がみられ,運動神経障害の存在が確認できることもある.
末梢神経障害で体幹に神経症候がみられる原因として,表5‒2のように分類して考えると理解しやすい.
 

多発ニューロパチー

糖尿病性に代表される多発ニューロパチーは,末梢神経の中で最も頻度の高い臨床型であり,軸索の長さ依存性で起始部から遠い部位ほど障害が強くみられるのが特徴である.したがって,四肢と比べて体幹部の短い末梢神経は 障害されにくい.しかし,多発ニューロパチーが進展するに従い,胸腹部で末梢神経の遠位部に相当する体幹腹側に縦長かつ島状(もしくは「前掛け型」とも表現される)の感覚障害がみられるようになる(図5‒1).ただし,同部位の障害は四肢と比べ軽度であり,体幹部の症状が主訴となることはなく,神経診察で初めて存在が明らかになることが多い.
 

糖尿病性体幹部神経根症

糖尿病に伴う末梢神経障害は,遠位部優位かつ左右対称性の多発ニューロパチーの臨床型が典型的であるが,それ以外にもさまざまな臨床 型が存在する.中でも,胸腹部に疼痛とともに発症する体幹部神経根症(truncal radiculopathy)を押さえておきたい4).本症は,数日~数週間の経過で単一ないし複数の髄節領域に出現する,疼痛を伴う感覚障害として発症する.通常は片側性であるが,経過とともに対側にも症状が拡大することもある.運動麻痺が顕在化することは稀であるが,腹筋の筋力低下がみられれば腹部が片側性に膨隆し偽性ヘルニアを呈する.数ヵ月の経過で自然軽快傾向を示し,糖尿病性腰仙神経叢根ニューロパチー(DLRPN)と同様に,免疫介在性炎症性機序が想定されている. 帯状疱疹との鑑別が重要で,皮疹の有無が鑑別の一助となる.
 

サルコイドニューロパチー5)

サルコイドーシスに伴う末梢神経障害は,多発性単ニューロパチーパターンを示すのが典型的であるものの,神経根も病変の好発部位であり,体幹に多発性神経根症として分節性の感覚障害を示すことも多い.疼痛を伴うことが多く,神経根障害を反映して脳脊髄液中の細胞数増多や傍脊柱筋での脱神経所見,MRI で神経根の腫大や造影効果がみられる.
 

後根神経節障害

後根神経節細胞を標的にする病態では,起始部からの長さに関係なく神経障害をきたすため,四肢だけでなく体幹にも片側性かつ分節状の感覚障害を呈する.原因疾患としては,Sjögren 症候群や混合性結合組織病(MCTD),傍腫瘍性神経症候群(PNS)(肺小細胞癌を背景に自己抗体としてHu抗体が代表的)が重要である.Sjögren 症候群を背景とするニューロパチーの中では,感覚性運動失調型ニューロパチーが臨床型として最も高頻度であり,この臨床型を示す症例の過半数が体幹部に感覚障害を呈したと報告されている6)
 

その他

らい菌(Mycobacterium leprae)によって生じる感染症Hansen 病では皮内神経レベルで感覚神経が障害され,「島状」の感覚障害が乳頭周囲にみられる点が特徴的である.また,高比重リポ蛋白質(HDL)欠損などに伴い発症する遺伝性疾患のタンジール病では,頭部・体幹に温痛覚が鈍麻する一方で触覚は保たれ,脊髄空洞症様の感覚障害を呈する点が特徴的である.
 

島状の感覚障害がある

「島状の感覚障害」とは

神経診察において感覚障害を評価する際,障害されるモダリティー(触覚,痛覚,温度覚など)に加え障害分布が極めて重要である.つまり,障害分布が特定の末梢神経や髄節の支配領域に一致していれば,解剖学的診断が容易となる.一方,末梢神経や髄節の支配領域とは関係なく感覚障害がみられれば,大脳感覚野や視床病変を鑑別診断の上位に想定して診断プロセスがスタートする.したがって,このような末梢神経や髄節の支配領域とは関係なく感覚障害がみられうる末梢神経疾患を理解しておく必要がある.「島状の感覚障害」とは,孤立性,かつ,末梢神経や髄節の支配領域とは異なる分布を示す感覚障害を指す.
 

「島状の感覚障害」の原因

1. 進展した多発ニューロパチー

「島状の感覚障害」として最もよく表現されるのは,進展した多発ニューロパチーでみられる,胸腹部前面に縦長にみられる感覚障害である.部位と形状から「前掛け型」とも表現される.体幹だけに感覚障害がみられることは決してなく,体幹より高度の感覚障害が四肢で観察される.体幹においては末梢神経の遠位端が胸腹部前面となることから,進展した多発ニューロパチーでは同部に「島状の感覚障害」がみられると考えられる.原因として,糖尿病性多発ニューロパチーや, アミロイドポリニューロパチーが代表的である.

2. サルコイドニューロパチー7)

サルコイドニューロパチーの臨床像は非常に多彩である.多発性単ニューロパチー型の分布が典型的であるが,多発ニューロパチー様の分布を示すことも多い.本症では,末梢神経の本幹ではなく皮神経などの分枝レベルでの障害もみられることがあり,その場合に「島状の感覚障害」を示し(図5‒2),本症に特徴的な所見である.つまり,サルコイドニューロパチーでみられる「島状の感覚障害」とは,末梢神経の支配領域の感覚が部分的に障害され,運動障害を伴わないものを指すことが多い.

3. Hansen 病8)

Hansen 病は抗酸菌であるらい菌(M. leprae)によって生じる感染症である.皮膚のマクロファージと末梢神経に寄生することで,皮膚症候と末梢神経障害とが主症候となる.末梢神経障害は,感覚運動障害型の多発性単ニューロパ チーに加え,末梢神経支配領域に一致しない「島状の感覚障害」がみられる点が極めて特徴的である(図5‒3).特に皮疹がみられる部位では必ず観察される.この「島状の感覚障害」は,末梢神経の本幹ではなくその分枝の末端である皮内神経レベルで神経破壊が生じることに由来する.またこの「島状の感覚障害」は,耳朶や頬上部,乳頭周囲に好発し,これはらい菌の至適温度が30~33℃であるため,体内の中でも温度が低い部位で障害が進みやすいことが原因と考えられる.まず感覚障害の中でも温痛覚が障害され,当初は感覚解離(patchy anesthesia と呼ばれ,脊髄空洞症でみられるほどの明確な解離ではなく触覚も軽度ながら障害される)を示すが,病態の進行に伴い,すべての感覚モダリティが障 害され,全感覚脱失となる.
 

文献

1)Grant IA, Benstead TJ:Differential diagnosis of polyneuropathy. Dyck PJ, Thomas PK(eds):Peripheral Neuropathy:Fourth Edition. Elsevier, Philadelphia, 2005, pp1163–1180
2)安藤哲朗:頸椎症の診療.臨床神経52:469–479,2012
3)黒川勝己:一側上肢の運動感覚障害の患者,頚椎症と末梢神経障害の鑑別ポイントは? 神田 隆(編):神経内科Clinical Questions & Pearls 末梢神経障害.中外医学社,2018,pp74–80
4)Pasnoor M, Dimachkie MM, Barohn RJ:Diabetic neuropathy part 2:proximal and asymmetric phenotypes. Neurol Clin 31:447–462, 2013
5)古賀道明:末梢神経サルコイドーシス.Brain Nerve 72:855–862, 2020
6) Mori K, Iijima M, Koike H, et al:The wide spectrum of clinical manifestations in Sjögren’s syndrome-associated neuropathy. Brain 128: 2518–2534, 2005
7) 古賀道明:末梢神経サルコイドーシス.Brain Nerve 72:855–862, 2020
8) Sabin TD, Swift TR, Jacobson RR:Leprosy. Dyck PJ, Thomas PK(eds):Peripheral Neuropathy, 4th Ed. Elsevier, Philadelphia, 2005, pp2081–2108

 

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