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『末梢神経障害 解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』より

連載 神田隆

2022.09.16

 Common diseaseでありながら,少なくない人が苦手意識を持つ末梢神経障害。そんな,とっつきにくくややこしい末梢神経障害をわかりやすく理解してもらうために,臨床に活きる知識を厳選して一冊にまとめました。
 本書の特徴は,各末梢神経疾患にはどういう特徴があるかといったいわゆる教科書的な情報を網羅するとともに,「この症候が出たら疑うべき疾患は何か」「障害の出現場所から何の疾患を考えるか」「障害分布からどの疾患を導き出すか」といった,鑑別を行う視点からも末梢神経疾患をときほぐし,双方向から多角的に末梢神経障害をとらえるところにあります。そして,双方向からの診断アプローチに不可欠な解剖生理,生化学,神経病理も臨床に役立つ視点からたっぷり解説しています。

 

 「医学界新聞プラス」では,本書の中から「末梢神経障害の種類」と「病歴聴取」という診断の基礎となるテーマを前半2回でお読みいただき,より具体的な診断の知識として「障害の出現場所からどの疾患を疑うか」を後半2回でご紹介します。

病歴聴取は,患者または患者をよく知る第三者との対話を通じて診断の方向づけを行う技術である.神経筋疾患での病歴聴取の重要性,有用性はいまさら改めていうまでもないことであり,当然ながら末梢神経疾患もその例外ではない.本項では,一般的な神経疾患患者からの病歴聴取に加えて,末梢神経疾患を疑ったら何を聞くべきか,に焦点を当てて概説することとする.

患者は今,何に困っているか

患者が何に困っているのかを把握し,共感とともにその物語を聞いてあげることは病歴聴取のうえで最も大切なことである.そして,まずはじめに行うべきことでもある.一番困っていることをしっかり把握することで確実に正しい診断に近づく.同時に,ただ傾聴しているだけでは病歴聴取は完成しないことも常に念頭に置く.患者は自分が困っていること,医療者に解決してほしいことを中心に語るが,そこから漏れた,しかし重要な事項を聴取して明らかにするのは担当医の責務である.

1 運動障害?

「力が弱くなった,力が入りにくくなった」のが主訴であるなら,力が入らない場所は上肢なのか下肢なのか,左右同じくらいなのか違うのかを聴取する.同時に,姿勢・肢位の異常や筋萎縮についても聞く.患者の多くは下肢よりも上肢の症候に敏感である.「この指がまっすぐ伸びなくなった」「ここが痩せてきたのに気づいた」など,上肢では正確な病歴が取れることが多いが,下肢に関しては,日常生活に困らない限り(例えば歩行時に趾先が地面にひっかかるなど)多くの人には自覚がない.ほとんどの多発ニューロパチー患者の筋力低下は下肢>上肢で近位筋よりも遠位筋に筋力低下が強いが,左右差があり,しかも時間差をもって出現する筋力低下であれば多発性単ニューロパチーを考える有力な根拠になる.

2 歩行障害?

下肢の筋力低下はもちろん歩行障害と直結する.しかし,歩行障害イコール筋力低下ではない.位置覚の著明な障害をきたした患者は自分の足がどこにあるかわからず,スムーズな歩行ができない.「暗いところでは特に歩きにくい,転ぶ」という主訴は,強い位置覚障害を示唆するものと受け取りたい.また,階段の昇降についての質問も重要である.筋力低下のみの患者では階段の上りがきついと訴えるが,上位運動ニューロン障害があって痙性が+αで存在する末梢神経障害患者は下りが難しいと答える.「痙性を有する末梢神経障害」と判断できれば,鑑別診断の幅は大きく狭まる.

3 感覚障害?

運動障害と同じく,患者の多くは下肢よりも上肢の症状に敏感であることを念頭に置いて問診を進める.痛みの訴えには個人差があり,どれくらいこの患者が痛いのかという判定は初診の場では難しいことが多い.例えば「眠れないくらい痛いですか,痛かったですか」と聞いてみるのは大変重要である.突然発症の一側上肢の痛みで「しばらく眠れないくらい痛かった」と答えれば,神経痛性筋萎縮症を疑う大きな根拠になる.そのほか,痛いニューロパチー(血管炎性ニューロパチー,アルコール性ニューロパチーなど),痛くないニューロパチー〔慢性炎症性脱髄性多発(根)ニューロパチー(CIDP)など〕を頭に入れながら,痛みの主訴を聞く.遺伝性ニューロパチーでは,他覚的な感覚障害がはっきりしていても患者本人はほとんど感覚障害に気づいていないことが多い.

4 自律神経障害?

立ち上がった際のふらつきや意識消失がないか(起立性低血圧),夏場の暑い時期が特に辛いか(無汗,低汗症),排尿障害,重症の下痢や便秘がないかなどを聴取する.勃起障害(ED)の有無など性機能に関する質問は,ある程度患者とラポールを築いてから行うほうがよい結果を生むことが多い.

症候はいつから始まったか,そしてどんな順序で進行したか

遺伝性のニューロパチー患者は“いつのまにか”症候が始まっていることが多く,正確な発症時期が特定できないことは珍しくない.したがって,発症は患者が最初に不自由を感じたときとされることが多い.しかし,患者本人は症状とは自覚していなくても,小学校の徒競走などで同級生と比較して大きく後れを取っていることが多い.「小学校のかけっこは何番目くらいでしたか,とびぬけて遅いということはなかったですか」という問いかけはとても重要である.

3つの基本病型でそれぞれ初発症候は異なる.

1 単ニューロパチーの初発症候

症候の中心となる末梢神経幹を頭に描きながら問診を進める.問診と引き続く神経学的診察で,ほとんどの単ニューロパチーは病巣の特定ができる.多くの単ニューロパチーは絞扼(entrapment)が機序となっており,支配領域の「痛み」「ちりちりするしびれ感」が初発症状である.一方,橈骨神経麻痺は下垂手(drop hand)をきたす運動麻痺が主訴で,感覚障害はほとんど訴えないことが多い.

各神経の単麻痺には随伴する情報の聴取が必要である.手根管症候群を疑う正中神経麻痺であれば糖尿病や甲状腺機能低下の有無,妊娠,職業などを聞くとともに朝起きたときの症状の強さ,手を振ることで改善するか否かを聴取する.肘部管症候群を疑う尺骨神経麻痺であれば肘部の外傷や手術歴の有無,姿勢による症状変化などを聴取する.下垂手が急性に発現した患者に対しては,前日夜の飲酒や就寝時の姿勢などの聴取が重要である.上腕圧迫のエピソードのない場合,または緩徐進行性に下垂手がみられるようになった例では,無機鉛中毒を想定しながら生活環境や職業の聴取が重要となる.

一側大腿外側のびりびり感ないし無感覚[連載第1回 図2-1A 参照]を主訴とする患者に対しては,最近の体重の増減や,きついジーンズをはかなかったかなどを聞く.体重増加に伴う,または外からの機械的圧迫が明らかにあるなど,大腿外側皮神経の鼠径靱帯交叉部での絞扼が疑われる病歴であれば一安心である.逆に,体重減少に伴ってということであれば骨盤内悪性腫瘍の可能性を考えないといけない.

2 多発性単ニューロパチーの初発症候

例えば「最初に左の母趾がびりびり痛くなって,次に左の足首に力が入らなくなり,続いて右の小指にちりちりする感じが出てきてペンが持てなくなった」といった病歴が聴取できる.病歴聴取の際は,それぞれの訴えがどの神経幹の症候であるかを意識し,引き続く神経診察と神経伝導検査で確認していく作業が必要である.上記のような運動障害の訴えがみられた場合,血管炎による虚血性ニューロパチー,多巣性CIDP,多巣性運動ニューロパチー(MMN),サルコイドニューロパチーなどが鑑別診断に挙がる.初発時に痛みを随伴していたかどうかの聴取は極めて重要で,血管炎ではほぼ100%の症例で鋭い痛みを合併,サルコイドニューロパチーでも痛みの頻度は高い.一方,MMN はもちろんのこと,CIDP で痛みが主訴の前景に出ることはほとんどない.

3 多発ニューロパチーの初発症候

下肢であれば「つま先が床にひっかかるようになった」「スリッパで歩く音がパタパタとうるさいと指摘されるようになった」など,上肢であれば「キーボードを叩くのが下手になった」「指先にちりちりする感じを自覚するようになった」などが多発ニューロパチーに共通する典型的な初発症候である.したがって,これらから個別の疾患の診断に至るヒントを得ることは難しい.一方,初発の段階で,上記の四肢遠位筋障害を示す訴えに加えて「洗濯物を干すのが難しくなった」「トイレの便座から立ち上がるのが難しい」といった四肢近位筋障害を示唆するような主訴があれば,典型的CIDP のような多発神経根ニューロパチーを疑わせる病歴と考えることができる.

家族歴は?

「血のつながったご家族に同じようなことで困っている方はいませんか」という問いかけは大切で,いとこ婚を含む血族婚の情報も聴取する.家系図はルーチンに作成することを推奨する.しかし,家族の情報は早い時期にすべて明らかになるとは限らないことを常に頭の中に置いておく必要がある.ある程度患者と親密になった段階で,「先生,実は……」と正しい情報を語ってくれることも決して珍しくない.

既往歴は?

末梢神経障害をきたしうる疾患の既往の有無は病歴聴取の重点項目である.糖尿病歴と現在の治療が奏効しているか否かはとりわけ重要であり,HbA1c の値とともにしっかり聴取する.膠原病の既往,肝炎の既往,サルコイドーシス,結核を含む肺疾患の既往を把握する.悪性腫瘍の既往はいうまでもない.胃切除はビタミン欠乏症の遠因となる.また,乳癌の術後十数年を経て腕神経叢転移をきたした患者を筆者は複数例経験している.腹痛の反復と複数の開腹手術の既往はポルフィリン症を疑う有力な根拠となる.

生活歴は?

生活環境,職業,内服薬,嗜好品が原因となって発症する末梢神経障害はとても多い.病歴聴取の段階で特定の原因に目星がつけば,その疾患を中心に詳しい情報を得る努力が必要になるのは当然で,これは各論に譲ることとする.ここでは多発ニューロパチーの初診患者を前提として,そこで得るべき情報について概説する.

1 成育歴

出生地はどこか,処女歩行はいつか,学歴や学業成績についての情報を得る.

2 職業・宗教

毒物の職業的曝露という点に絞った病歴聴取を行う.シンナーを含む有機溶剤に注意を払いたい.宗教の聴取には一定の配慮が必要だが,特定の食材が禁じられている宗教では,栄養障害性ニューロパチー診断のヒントになることがある.

3 生活環境

住居はどこにあるか,家族構成はどうか,配偶者の有無,食事は誰が作っていて1 日3 食食べているかという情報を得る.また,飲料水はどこから得ているか(上水道か井戸か)を聴取する.

4 内服薬

末梢神経障害をきたす薬剤は枚挙に暇がない.患者が服用している薬剤については,処方薬・非処方薬(サプリメントを含む)を問わず漏らさず確実に把握する習慣をつけたい.個々の薬剤については各論で詳しく述べられているが,近年特に頻度が高いのは抗がん薬による末梢神経障害である.免疫チェックポイント阻害薬による神経系障害で最も高頻度に起こるのは末梢神経障害であることを記憶しておきたい.

5 嗜好品

喫煙は末梢神経障害の直接的な原因にはならない.末梢神経障害と切っても切れない関係にある嗜好品は何といってもアルコールである.1 日の摂取量と,飲酒と偏食のない食生活が並立できているかどうかを聴取する.といっても,酒飲みの言っていることは最初からあてにならないと思っていたほうがよく(過少申告も過大申告もどちらもありうる),同居人からの情報も大切にしたい.

 

末梢神経障害の診断アプローチを双方向から徹底解説!

<内容紹介>末梢神経障害の臨床に必須の情報を網羅した、明日の診療がレベルアップする1冊。commonからrareまで重要な末梢神経疾患の特徴を幅広く解説することに加え、症候の種類・出現場所、どの神経に障害があるかといった所見から何を疑うべきかを解説し、双方向から疾患に迫る。双方向からのアプローチに欠かせない解剖生理、生化学、神経病理の“真に役立つ”知識を厳選。最新の治療、リハビリテーションまで充実の内容。

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