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『末梢神経障害 解剖生理から診断,治療,リハビリテーションまで』より

連載 神田隆

2022.09.09

 Common diseaseでありながら,少なくない人が苦手意識を持つ末梢神経障害。そんな,とっつきにくくややこしい末梢神経障害をわかりやすく理解してもらうために,臨床に活きる知識を厳選して一冊にまとめました。
 本書の特徴は,各末梢神経疾患にはどういう特徴があるかといったいわゆる教科書的な情報を網羅するとともに,「この症候が出たら疑うべき疾患は何か」「障害の出現場所から何の疾患を考えるか」「障害分布からどの疾患を導き出すか」といった,鑑別を行う視点からも末梢神経疾患をときほぐし,双方向から多角的に末梢神経障害をとらえるところにあります。そして,双方向からの診断アプローチに不可欠な解剖生理,生化学,神経病理も臨床に役立つ視点からたっぷり解説しています。

 「医学界新聞プラス」では,本書の中から「末梢神経障害の種類」と「病歴聴取」という診断の基礎となるテーマを前半2回でお読みいただき,より具体的な診断の知識として「障害の出現場所からどの疾患を疑うか」を後半2回でご紹介します。

障害分布による分類

末梢神経障害は,臨床的に障害される部位の分布によって,基本的な3つのパターンに分けることができる(図2‒1).

単ニューロパチー(mononeuropathy)図2‒1A

文字通り1 本の神経幹のみが障害されるニューロパチーである.障害神経の脱落症候(運動麻痺,筋萎縮,感覚鈍麻/消失)または刺激症状(痛み,dysesthesia)が発現する.障害部位と非障害部位の境界は通常明瞭である.障害される神経の感覚支配領域と支配筋の知識が頭に入っていれば容易に診断できる.

なぜ単ニューロパチーが起こるか

単ニューロパチーの原因の多くは1 本の神経幹に対する機械的な圧迫である.末梢神経幹の多くにはその走行路の中にひっかかりやすい,または外部からの圧迫を受けやすい「難所」があり,そういった部位で障害をきたす病態を絞扼性ニューロパチーという.しかし,単ニューロパチーは「難所」だけで起こるわけではない.単ニューロパチー患者を診たら,その神経幹の走行すべてをくまなく検索する習慣をつけたい.

多発性単ニューロパチー(mononeuropathy multiplex)図2‒1B

単ニューロパチーが複数の神経幹にわたって出現するニューロパチーである.

なぜ多発性単ニューロパチーが起こるか

前項で述べたように,単ニューロパチーの原因の多くは機械的な圧迫である.しかし,これが身体の複数の神経幹で同時に発現しているとすると,単純な圧迫のみでは説明できず,全身的な要因となる病態を考えなければならない.

多発性単ニューロパチーをきたす病態は大きく分けて3 種類ある.

a.神経栄養血管閉塞による末梢神経梗塞の多発
好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎による虚血性ニュー ロパチーが代表的疾患.梗塞に陥った神経が左 右非対称に分布し,多発性単ニューロパチーと なる.

b.全身に肉芽腫などをきたす疾患による末梢神経の圧迫
サルコイドニューロパチーが代表的疾患.

c.自己免疫機序による末梢神経炎症,または血液脳関門破綻の多発
多巣性運動ニューロパチー(MMN)や多巣性慢性炎症性脱髄性多発(根)ニューロパチー(CIDP)〔multifocal CIDP〕などはこれで説明できる.また,Guillain–Barré 症候群(GBS)も同じ機序と考えられる.多くのGBS では病初期は左右非対称の障害分布を呈するが,時間経過とともに多発性病変が重なり合って均等化し,左右対称性の表現型(多発神経障害)になると考えれば理解しやすい.

多発ニューロパチー(polyneuropathy)図2‒1C

左右対称で体の中心から遠い部位ほど障害の強いニューロパチーである.末梢神経障害の中で最も患者数が多いのはこのパターンで,脱落症候,刺激症状とも既知の末梢神経幹の感覚支配領域や支配筋の分布と一致しない.また,正常部と異常部との境界がはっきりしないのがもう1 つの大きな特徴である.趾の先のほうが手指の先端よりも体の中心から遠いため,ほとんどの患者は趾の障害が手指の障害よりも重篤であり,神経学的所見も趾のほうがよりはっきりしていることが多い.しかし,患者の訴えはしばしば手指に限局する.指のほうが趾よりもはるかに敏感なのである.体幹部正中に「前掛け型」と呼ばれる感覚障害が多発ニューロパチーでしばしばみられる.これも,肋間神経など体幹を支配する感覚枝の末端が体幹正中部にあることで理解できる症候である.

なぜ多発ニューロパチーが起こるか

四肢末端部を支配する感覚神経は,人間の身体を構成する単一細胞としては最も長いものである(例えば,趾末端の固有知覚を支配するニューロンはL5 ないしS1 の後根神経節に細胞体があり,その中枢側への軸索は延髄後索核へと伸びている.全長2 m近くに及ぶ).脊髄前角に細胞体を持つ運動ニューロンもしかりである.①この長い単一細胞のホメオスタシスを保つためには,細胞体の機能が万全である必要があり,細胞体に少しでも機能不全があると,細胞末端からホメオスタシスが崩れて障害が起こる(dying-back 現象).また,②長い距離を走る軸索ほど走行の過程で傷害を受ける確率が高くなる.多発ニューロパチーが起こる原因は,この①②の2 つに集約される.

病変の種類による分類

末梢有髄神経は輪切りにするとドーナツ型をしており,中心に円形~類円形の軸索,その周囲を髄鞘が取り囲む形をしている.この髄鞘が一次的に障害を受けるニューロパチーが脱髄性ニューロパチー,軸索が一次的に障害を受けるのが軸索ニューロパチーである.髄鞘と軸索は栄養因子の交換を含めて互いに密な関係があり,髄鞘が一次的に障害を受ける疾患でも軸索変性は発現し,軸索が一時的に障害を受ける疾患でも二次的な脱髄は起こる.また,髄鞘・軸索の双方に一次的な障害をきたす疾患も多数存在する.脱髄性ニューロパチー,軸索ニューロパチーの2 病型は,必ずしもクリアカットに分けられないものであることを最初に断っておく.

脱髄性ニューロパチー

髄鞘に一次的な障害があり,「脱髄(demyelination)」という現象を起こすニューロパチーである.脱髄をきたして軸索がむき出しになった有髄線維は神経伝導が極端に非効率となるため,神経伝導速度が低下し,伝導ブロックという現象が起こる.遺伝性ニューロパチーでは古くから正中神経運動神経伝導速度(MCV)が38 m/秒未満のものを脱髄型,それ以上のものを軸索型とする分類が使われてきたが,これは今でも有用な方法である.


脱髄をきたした有髄線維は,急性期には裸の軸索(naked axon)と呼ばれるまったく髄鞘を持たない状態になる.しかし,Schwann 細胞は極めて再生能力の高い細胞であり,naked axon をそのまま放置せずすぐに髄鞘を巻き始める.これを再髄鞘化(remyelination)という.ただし,再髄鞘化をきたした有髄線維は,元の線維と同等の厚さの髄鞘を構成することができず,軸索径に比して髄鞘の薄い線維が多くみられるようになる.この脱髄–再髄鞘化のプロセスが反復されると, 有髄線維の周囲に同心円状にSchwann 細胞や線維芽細胞の突起がぐるぐると何重にも巻くオニオンバルブという構造物がみられるようになる.


一次性の脱髄はSchwann 細胞の問題であるので,脱髄を反復しても病初期から有髄線維数が大きく減少することはない.しかし,Schwann細胞と軸索は,互いに栄養因子の交換を行うなど相互依存性の関係にある.長期の経過とともに軸索数は徐々に減少する.

軸索ニューロパチー

軸索に一次的な障害があり,軸索変性が主体となる病態である.軸索が障害されると二次的な脱髄が引き起こされる.しかし,軸索ニューロパチーでは脱髄は主体となる病変ではないため,末梢神経伝導速度は比較的保たれて複合筋活動電位(CMAP),感覚神経活動電位(SNAP)の振幅低下が目立つ形を呈する.
 

急性期の軸索変性では,軸索が消失し,代わりに崩壊した髄鞘が塊となるミエリン球(myelin ovoid)と呼ばれる構造物が観察される.崩壊した髄鞘は時間とともにマクロファージによる消化が進み,同じ場所に小径有髄線維の数個の集塊からなるクラスターが観察されるようになる.このクラスターは再生能力の高い軸索ニューロパチー(例えば断酒に成功したアルコール性ニューロパチー)では多数観察されるのに対し,再生能力の乏しい軸索ニューロパチー〔Hu 抗体陽性傍腫瘍性感覚性ニューロパチー,遺伝性トランスサイレチン(ATTRv)アミロイドーシスなど〕ではほとんど観察されない.慢性の軸索ニューロパチーでは,大径有髄線維の著減と小径有髄線維(再生線維を含む)の相対的な増加が観察される.
 

表2‒1に代表的な脱髄性ニューロパチー,表2‒2 に軸索ニューロパチーを示す.末梢神経障害全体の数からみると軸索ニューロパチーのほうがはるかに多い.脱髄が一次性の病変プロセスであることが電気生理学的検査や病理学的検査で確定すれば,鑑別診断の幅はぐっと狭まる.

 

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