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『オープンダイアローグ 私たちはこうしている』より

連載 森川すいめい

2021.08.20

 

森川すいめい氏による『オープンダイアローグ 私たちはこうしている』は,オープンダイアローグを日本で行う際のノウハウが詰まった一冊です。医学界新聞プラスでは,実際の対話セッションの様子を交えつつ本書のエッセンスを3回にわたり紹介します。

 

約40年前にフィンランドのケロプダス病院で生まれ,日本でも普及しつつある「開かれた対話」こと,オープンダイアローグ。その概要は『オープンダイアローグとは何か』『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』でも紹介されてきました。また『開かれた対話と未来』では,創始者による理論的な解説がなされています。

 

では,日本の診療現場でオープンダイアローグを実現するには,何から始めたらよいでしょうか。本連載でその糸口を探ります。
※本連載に登場する事例は全て,個人が特定されないよう加工しています。

 

『オープンダイアローグ 私たちはこうしている』目次はこちらから

 

「その人のいないところでその人の話をしない」は、ケロプダス病院がオープンダイアローグを誕生させたときに最初に決めたふたつのうちのひとつで、オープンダイアローグ実践の土台部分です。最初にこのことを決められれば、対話実践をする覚悟が決まります。

誰でも自分のいないところで自分のことが話されて、自分についての解釈が勝手に膨らんでいったとしたら、本当に嫌なことだと思います。そこで話された「私」というものは、実際の「私」とは全然違うものだからです。

■申し送りも相談も「その人のいるところで」

私の友人が、ケロプダス病院のスタッフに「専門職の片方が休んだり辞めたりしたときには、別の担当者へ申し送りをしなければなりませんよね。そんなときはどうしていますか?」と質問しました。スタッフはこう答えました。

当人のいるところで、今までどんなことを聞いたのかを新しい担当者に話します 

当人が思っていたことと、スタッフが聞いて認識していたことにはしばしば違いがあるものですが、その場で話すことができればその場で修正できるため、合理的でもあります。

「仲間や先輩に相談したり、意見が欲しいときはどうされるのでしょうか?」という質問に対しては、「仲間や先輩たちを招いて、その場で話をします」と答えていました。

相談記録を書くためのカルテも存在するのですが、あるスタッフはこう言います。

「カルテは国が決めていることだから記録を残さなければなりませんが、私は3行しか書きません。誰が参加して、どこで話したか、何が決まったか、これからの予定」

専門職の解釈をそこに書いても意味がないのと同時に、「その人が話したいことは、次回に会ったときは違うものですから」とも言っていました。ちなみに、カルテの長さは人それぞれのようです。どんな方法が正しいかというよりは、どんな考えを持っているかが大切にされています。

序章でふれたNeed-Adapted Approachを長く実践した後にオープンダイアローグの仕事をしていたあるトレーナーは熱く語ってくれました。

「その人のいないところで専門家たちだけで話をすると、専門家たちの頭の中で解釈だけが進んでしまって、事実とは異なるものが進むだけ。有害でしかないんだよ」

■「支援する/される」という力関係が対話を阻害する

「支援する人、支援される人」という関係があると、つい支援する人がより知っていて、より正しいとか、従わないのは悪いことだなどと思ってしまいがちです。たとえば、いくら自立を促しても思うとおりに動いてくれない。そんなとき支援者は、「自立する意思のない人だ」「病識がない」「自覚がない」と感じることもしばしばだと思います。

しかしそれは単に、「支援者の思い描く自立に賛同してないだけ」かもしれません。場合によっては支援者が思い描く未来そのものが、本人の思い描く自立を邪魔していることさえあります(ここでいう「支援する人、支援を受ける人」というのは、親と子、教師と生徒、医師と患者などと言い換えることもできます)。

支援の現場には選択肢が少ないため、「求めるものと提供されるものとが異なればお店を変えればいいだけ」というようなカスタマーズチョイスが存在しにくいのもひとつの問題です。需要と供給のバランスが悪いことから、結果的に支援者の考えが優先されやすくなります。


こんな事例があります。

ある高齢者の入所施設では、外の業者がつくった弁当をまとめて購入し、それを施設で温めて提供していました。ある入居者が「苦手な食べ物があるから食事を選べるようにしてほしい」と施設にお願いしましたが、施設側は「それはできない。自分で選びたいなら自分でよそで注文してほしい」と返答しました。しかしその人はお金に余裕がなく、個別に注文することができません。その人はみるみる痩せていきました。

それだけでなく、「施設の方針に従わないなら出ていってもらっていい」などと言われたことで喧嘩になってしまいました。立場の弱いその人は支援者たちに「クレーマー」として扱われ、ついには精神科受診を強制させられてしまいました。

文章で読むと、たいていの人はおかしいと思うでしょうが、こうした話をときどき耳にします。支援を受ける側に選択肢がないときにこんなことが起きてしまいます。

支援側が思う良いゴールと、当人が望むゴールが異なるのは当然のことです。この違いがあるからこそ、対等の立場で話す「対話」が求められます。

■困っているそのスタッフが「本人」

その人がいないところでその人の話をしないのは大原則です。しかし、それが完璧に行われるのは不可能なようです。ケロプダス病院のスタッフのひとりは、「そうは言っても、その人がいないところで話してしまうことはあります。私にも感情があるから」と述懐していました。

相談を受ける側も感情が動いて、特に傷ついたときなどは誰かに話したくなることがあるでしょう。そんなときは、こう考えるようにしているそうです。

困っている本人とは誰か?」と。

この場合の困っている「本人」とは、感情が動いたスタッフその人です。「クライアントがどうこう……」という話し方ではなくて、相談に来た人がこんなことを話していたのだけれども、そのとき自分はどう思って、いまどうして話をしたくなったのかを意識しながら話すのです。話を聞く側も、話題にあがった人をどう解釈するかではなく、目の前で話しているその人の気持ちを聞きます。

こうした意識を持っていると、「そこにいない人たちについて話されたことは、すべて解釈にすぎない」と考えられるようになります。

■子どものことで相談している家族が「本人」

これはスタッフ間だけのことではありません。対話の場で、そこにいない人の話が出ることもあると思います。

たとえば精神面の困難に直面している当人のいないところで、そのご家族だけと話をするとか、その支援者だけと話をするという機会もあるでしょう。こんなときも「本人は誰か?」という意識を持つことが大切です。

この場合の「本人」とは「相談をしている家族や支援者その人」です。両親が子どもの相談をしていたとしても、だからといって子どもについて解釈を拡げるのではなく、両親が、その子どもによってどういう気持ちになっているのか、何に困っているのかを話せるように支えます。たとえば次のように――。

両親:子どもが病院に行こうとしません。薬は私たちが取りに行っています。私たちが用意しなければ薬を飲みません。デイケアにも行きません。外出もしません。一日中寝ています。どうしたらいいでしょうか。

スタッフ:子どもさんの状況をお聞きしました。今は子どもさんがここにいないので、子どもさんが何を思ってどうして外出しないのかを理解していくのは難しいと感じています。ご本人のいないところで話し合ったとしても、それが間違った解釈になって悪いことにつながるかもしれないことを心配しています。

しかしご両親の心配はよくわかりました。何かできることを一緒に考えたいと思っています。まずは、ご両親が心配していることがどんなことなのかをお聞きしてもいいでしょうか?

:はい……。子どもは私たちに気持ちを話してくれません。だから子どもの気持ちがわからなくて。

スタッフ:わからなくて……。

:わからなくて、どうしていったらいいのかわからないんです。心配です。何かしてあげたい。どうしたら話してくれるようになるでしょうか。

スタッフ:ふだんは、どんなふうに話しかけていますか?

:ふだんは――

この事例では、最初は子どもについての解釈を進めていくような会話から始まりました。しかし両親が話していることは「両親から見えている子ども」のことであり、実際のお子さんのことは何もわかりません。もしもこのまま専門職が、両親から聞いた状況を分析して会話を進めてしまったら、子どもを助けることにはならないでしょう。実際とは異なるのですから。本人がいなければ本人の気持ちはわからないのが当然です。

しかしこの現場には両親がいます。かれらが相談の当人です。だからかれらの苦悩は聞くことができます。

子どものことをずっと考えているご家族は、ときどき自分の気持ちを話すことを忘れている、と私は感じます。子どもを「問題」と考えその問題を解決しよう、子どもを変化させようとだけしているように見えることもしばしばです。しかし、人を変えるというのは本当に難しいことです。できるのは、相手(子ども)の話をじっくりと聞くことと、自分自身(親)が変わることしかないと思います。

 

はじめの一歩を踏み出すために。

<内容紹介>オープンダイアローグは面白そう、でもどこから始めたらいいのか分からない――。
そんな疑問にまっすぐに答えたのが本書です。具体的な声のかけ方・応答例から、対話セッションの進め方や臨場感あふれる実事例まで、著者と仲間たちがいま実際に日本の臨床現場で行っていることを包み隠さず紹介しました。対話を開く「工夫」や「アイデア」に満ちた本書を頼りに、オープンダイアローグの「はじめの一歩」を踏み出しましょう!
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