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『救急外来,ここだけの話』より

田中竜馬

2021.07.02

同じ症候や疾患であってもアプローチ方法が1つとは限りません。 状況に応じた瞬時の対応が求められる現在の救急医療において, エキスパートたちは何を考え,どのように診療に当たっているのでしょうか。 救急の現場で判断に悩むcontroversialな事柄を取り上げエキスパートが解説を行う 『救急外来,ここだけの話』の中から,2項目をピックアップし紹介します。

CONTROVERSY
・動脈血液ガスの代わりに静脈血液ガスを使うことは可能か?
・乳酸は動脈血液ガスでなく静脈血液ガスで測定してもよいか?
・血液ガスで人工呼吸器を導入するかどうか決められるのか?

BACKGROUND
 呼吸不全の原因や重症度を調べるのにはじまり,酸—塩基平衡異常,意識障害の原因検索など,ERでは血液ガスを活用する機会が多い.血液ガスでは,pHやPaCO2,PaO2,HCO3といった主な項目以外にも,乳酸値やヘモグロビン量,CO—Hb,Met—Hb,電解質,血糖なども測定することができ,検査結果がすぐに手に入ることからも急性期医療では重宝する.
 しかし一方で,動脈血液ガスを採取するには動脈穿刺が必要になるため,静脈血採血と比較して侵襲度が高い検査でもある.可能であれば動脈穿刺を避けて末梢血採血で済ませたいところでもある.

POINT
・動脈血液ガスの一部は静脈血液ガスで代用できる.
・PaO2とPaCO2の測定は静脈血液ガスでは代用できない.
・乳酸値は(おそらく)静脈血で測定してもよい.
・血液ガスの結果で気管挿管・人工呼吸器導入を決めるべきではない.

■動脈血液ガスの代わりに静脈血液ガスを使うことは可能か?

 動脈血液ガスは侵襲が強い(痛い)ので,動脈ではなく静脈から採血できればそれに越したことはない.そのため,「動脈血ガスを静脈血ガスで近似できるのか?」あるいは「静脈血ガスの結果から補正して予測できるのか?」という議論はこれまでにもあった.実際の値がわからないまでも,「静脈血液ガスのPCO2が○○mmHg以下なら,動脈血のPCO2高値は除外できる」などといえれば,臨床現場で役立ちそうである.ここでは,静脈血液ガスが動脈血液ガスの代用あるいは補助として使えるか議論する.
 一口に「静脈血」といっても,研究によっては末梢静脈血を使ったもの,中心静脈血(中心静脈カテーテルから採血)から測定したもの,混合静脈血(肺動脈カテーテルから採血)を用いたものなどがある.過去に大流行した敗血症性ショックへのEarly Goal Directed Therapy(EGDT)1)のように,中心静脈カテーテルや肺動脈カテーテルから採血した静脈血を用いる生理学的意義がある場合もあるが,ここでは救急医療の現場において「侵襲の低い検査をする」ことに主眼を置いて,主に末梢静脈血の血液ガスに焦点を当てる.

■動脈血液ガスと静脈血液ガスの相関

 動脈血液ガスと静脈血液ガスでは,結果はどのように異なるだろうか.血液の役割が酸素を供給し,二酸化炭素を回収することであるのを考えると,静脈血のほうがPO2とpHが低く,PCO2が高い,と考えるかもしれない.しかし,実際には後述のようにこの通りでないこともある.
​​​​​​​1)pH
 メタアナリシスの結果からは,動脈血と静脈血で比較すると,pHは静脈血で平均0.033低くなって(酸性に傾いて)いる2,3).例えば,末梢静脈血のpHが7.35なら,動脈血のpHは7.383あたりという具合である.静脈血pH-動脈血pHの95%CIは0.029—0.038と狭く,研究ごとの結果のばらつきが少ないため4),動脈血pHを予測するのに適した検査であると考えられる.
2)PCO2
 PCO2はというと,こちらは動脈血と静脈血の関係にばらつきが多く,静脈血から動脈血の結果を推測するのは困難である2,3).また,予想に反して,静脈血PCO2のほうが常に動脈血PCO2よりも高いわけでもない.例えば,静脈血のPCO2が55 mmHgであった場合,動脈血のPCO2は44.3~57.4 mmHgの間にあることになる2).PaCO2が異常かどうか知りたいのは,主にⅡ型呼吸不全においてであるが,これほどの幅があると静脈血から判断するのは難しい.
3)PO2
 PCO2よりもさらにばらつきが大きく,臨床での使用が難しいのはPO2である.末梢静脈血のPO2が20 mmHgであった場合,動脈血のPO2は17.5~96.3 mmHgの間にあると予測され2),臨床的な意義を見出すのは難しい.動脈血と静脈血の間に一定した関係性がないため,補正式などを使うこともできない.しかし,酸素化に関しては経皮的酸素飽和度を測定できるので,あえて静脈血液ガスにこだわる必要は少ないと考える.
4)HCO3
 静脈血の血液ガスで,pHと並んで有用なのはHCO3である.動脈血と比較して静脈血のほうがHCO3は1 mEq/Lほど高く,この値にばらつきは少ない(95%CI:0.56—1.50)3).動脈血で24 mEq/Lのところが静脈血で25 mEq/Lなのであれば,十分臨床で使えそうである.正常値に近いときだけでなく,糖尿病ケトアシドーシスや尿毒症といった代謝性酸—塩基平衡異常がある場合にも相関は保たれると報告されている4,5)

■静脈血液ガスをどのように使うか?

 これらの結果を受けて,静脈血液ガスをどのように使うべきだろうか?
 pHとHCO3は動脈血と相関することから,代謝性の酸—塩基平衡異常が疑われるときには十分代用可能であり,積極的に使用すべきと考える.筆者の診療において,糖尿病ケトアシドーシスの診断や,治療過程のフォローにおいてあえて動脈から採血することはない.
 呼吸性の酸—塩基平衡異常,特にCOPD急性増悪のような高二酸化炭素血症が疑われるときに静脈血液ガスだけで代用するのは難しいと考える.「静脈血PCO2≦45 mmHgなら有意な高二酸化炭素血症を除外できる」とする研究もあるが6),PCO2の結果は動脈血と静脈血の差にばらつきが大きいため,信頼性は明らかではない.そのため,筆者の診療において,COPDや神経筋疾患の既往や意識障害などがあって呼吸性アシドーシスを疑う場合には,動脈血液ガスを採るようにしている.一方で,pHやHCO3は動脈血と静脈血で相関するので,静脈血液ガスでpHが低下していてHCO3が正常または上昇していれば,PaCO2上昇の間接的な証拠になりえる.COPD急性増悪の患者を対象に,まず静脈血でpHを測定し,pH<7.35の場合に限って動脈血液ガスで確認することで動脈血採血を減らすという方法を提唱する研究もある7)

■乳酸は動脈血液ガスではなく静脈血液ガスで測定してもよいか?

 血液ガスと同時に測定されることが多い乳酸は,動脈血での測定がゴールドスタンダードとされている.動脈血が全身状態を反映するのに対して,静脈血は局所の状態(例えば右腕から採血すれば右腕の状態)に影響されるためである.
 最新の敗血症の定義であるSepsis—3では,敗血症性ショックの定義に「乳酸>2 mmol/L」という項目が含まれ8),Surviving Sepsis Campaignガイドライン(SSCG)では,「1時間以内に乳酸を測定し,乳酸>2 mmol/Lの場合には輸液蘇生後にフォローする」としている9)ことからわかるように,敗血症・敗血症性ショックで乳酸値を測定することは重要である.しかし,Sepsis—3やSSCGでは,乳酸を動脈から採血するのか静脈からでもよいのかは言及されていない.1回だけ測定するのであればゴールドスタンダードである動脈採血でもよいが,ショックの治療でのように経時的に繰り返して測定する必要がある場合には,なるべく侵襲の少ない静脈血で済ませたいところである.動脈と静脈で結果に違いはなく,区別なく使用してよいとする説もあるが10),乳酸値の測定は(末梢)静脈血で代用できるのだろうか?
1)動脈血液ガスと静脈血液ガスの相関
 動脈血と静脈血で乳酸値を比較した研究では,おおむね値は一致する11)ものの,静脈血で測定したほうが一般に値が高く,メタアナリシスではその差は平均で0.18~1.06 mmol/Lであるとしている12).小さいといえば小さい差だが,Sepsis—3の定義を厳密に当てはめて,「乳酸>2 mmol/L」という基準を使うと,動脈血で見るよりは静脈血で見たときのほうが基準を満たしやすくなる.
 乳酸値が2 mmol/Lを超える高乳酸血症では,静脈血と動脈血の差はさらに大きくなる(1.06±1.30 mmol/L)という報告がある13)
2)静脈血液ガスをどのように使うか?
 敗血症では,高乳酸血症は死亡率上昇と相関し14),治療経過で乳酸が低下しなければ死亡率が高くなる15).しかし,Sepsis—38)で用いられる「乳酸>2 mmol/L」は,死亡率上昇と相関する1つの指標であり,1.5 mmol/Lなら絶対安全で,2.5 mmol/Lなら重症というわけではもちろんない.また,動脈・静脈にかかわらず,肝疾患や痙攣,アルコール中毒,β2刺激薬の大量投与など,ショックと関係なく乳酸値が上昇する疾患・状態もある.そのため,乳酸値だけではなく,他の全身症状から判断して,状態が悪そうならば経時的にフォローする,あるいは動脈血で確認するという判断が必要であろう.
 乳酸値は動脈血よりも静脈血で若干高くなる可能性があるが,筆者の診療では特に区別して使っていない.重症患者の診療では乳酸値のみで判断するのでなく,常に全身状態をあわせて考えるようにしている.

■血液ガスで気管挿管するかどうか決められるのか?

 呼吸不全では,血液ガスの結果を元に気管挿管や人工呼吸器の適応を決められるだろうか?
 呼吸の評価において血液ガスに絶大な信頼を置いているためか,「気管挿管する前に血液ガスを測定しないなんてありえない!」と考える人もいるが,これは必ずしも正しくない.人工呼吸器が必要になるほどの重度の呼吸筋疲労や低酸素血症がある場合,身体所見や経皮的酸素飽和度からわかるので,血液ガスから方針を変えるような新たな情報が得られるわけではない.一方で,喘息重積発作で起こるように,PaO2やPaCO2が比較的正常に近くて動脈血液ガス的にはそれほど重症に見えなくても,重篤な気管攣縮があり呼吸停止に近いこともある.血液ガスの結果にのみ頼ると対応を誤ってしまう.また,意識障害や上気道閉塞のように,動脈血液ガスで酸素化・換気の障害がなかったとしても,気道確保目的に気管挿管が必要になる状況では,血液ガスで対応を遅らせるべきでないのはいうまでもない.他の方法では正確にわからないため,PCO2上昇を調べるには動脈血液ガスが必要になる.しかし,気管挿管するかどうかは呼吸筋疲労や意識状態などの要素に影響されるので,必ずしも血液ガスの結果だけから決まるわけではない.
 以上から,血液ガスはあくまでも呼吸評価の一所見であり,気管挿管・人工呼吸器導入を決定するわけではないというのが筆者の考えである.明らかな呼吸不全があり早急な対応が必要な場合には,気管挿管前にルーチンで血液ガスを測定していない.

私はこうしている

 代謝性酸—塩基平衡異常の診断・治療において静脈血液ガスは有用と考え,積極的に活用している.
 呼吸性酸—塩基平衡異常において静脈血液ガスの信頼性は高くないと考え,COPD急性増悪や神経筋疾患のような呼吸性アシドーシスの診断に静脈血液ガスは使用していない.
 乳酸値は静脈血と動脈血で若干の差はあるものの,臨床的に方針が大きく変わるようなものではないと考え,静脈血で代用している.
 血液ガスの結果で気管挿管するかどうかを決めることはなく,必ずしも必要と考えていない.

1)Rivers E, et al.:N Engl J Med. 2001;345(19):1368—1377.(PMID:11794169)
2)Byrne AL, et al.:Respirology. 2014;19(2):168—175.(PMID:24383789)
3)Bloom BM, et al.:Eur J Emerg Med. 2014;21(2):81—88.(PMID:23903783)
4)Gokel Y, et al.:Am J Nephrol. 2000;20(4):319—323.(PMID:10970986)
5)Brandenburg MA, et al.:Ann Emerg Med. 1998;31(4):459—465.(PMID:9546014)
6)Kelly AM:Emerg Med J. 2016;33(2):152—154.(PMID:25552544)
7)McKeever TM, et al.:Thorax. 2016;71(3):210—215.(PMID:26628461)
8)Singer M, et al.:JAMA. 2016;315(8):801—810.(PMID:26903338)
9)Levy MM, et al.:Intensive Care Med. 2018;44(6):925—928.(PMID:29675566)
10)Kraut JA, et al.:N Engl J Med. 2014;371(24):2309—2319.(PMID:25494270)
11)Kruse O, et al.:Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2011;19:74.(PMID:22202128)
12)van Tienhoven AJ, et al.:Am J Emerg Med. 2019;37(4):746—750.(PMID:30686538)
13)Bloom B, et al.:Am J Emerg Med. 2014;32(6):596—600.(PMID:24745873)
14)Casserly B, et al.:Crit Care Med. 2015;43(3):567—573.(PMID:25479113)
15)Haas SA, et al.:Intensive Care Med. 2016;42(2):202—210.(PMID:26556617)

 

第一線の医師はどのように考えて診療しているのか?

<内容紹介>救急外来(ER)の分野で議論のあるトピックを取り上げ、「第一線の医師はどのように考えて診療しているのか(=ぶっちゃけ、どうしているのか)」を解説。関連するエビデンスを豊富に紹介しながら丁寧に論を進めていくスタイルで、救急医療が専門ではない若手医師も本書を読めば“Controversial”な状況に強くなる! 大好評の『集中治療、ここだけの話』に続く、シリーズ第2作。

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