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『救急外来,ここだけの話』より

連載 坂本壮

2021.06.25

同じ症候や疾患であってもアプローチ方法が1つとは限りません。 状況に応じた瞬時の対応が求められる現在の救急医療において, エキスパートたちは何を考え,どのように診療に当たっているのでしょうか。 救急の現場で判断に悩むcontroversialな事柄を取り上げエキスパートが解説を行う 『救急外来,ここだけの話』の中から,2項目をピックアップし紹介します。

CONTROVERSY
・救急外来では誰にビタミンB1を投与するべきなのか?
・ビタミンB1はどの程度投与すればいいのか?

BACKGROUND
 アルコール多飲者の低血糖では,ビタミンB1を投与することは誰もが知っている.また,“Do DON’T”は有名である.DONTとは,ブドウ糖(dextrose),酸素(oxygen),ナロキソン(naloxone),ビタミンB1(thiamin)であり,意識障害患者においてビタミンB1の投与が必要なことは一度は学ぶ.しかし,救急外来でビタミンB1が必要な患者は意識障害患者だけにとどまらない.Wernicke脳症の80%は初診時に診断されていないという報告もあり,また脳症などの重篤な病態を引き起こす前に介入し防ぐことが重要である.誰に,いつ,どれだけのビタミンB1の投与が必要なのかを取り上げる.

POINT
・ビタミンB1を投与すべき患者を知り,Wernicke脳症,脚気心を見逃さない,引き起こさせない!

■なぜビタミンB1が大切なのか?

 ヒトは糖質から主にエネルギーを産生するが,ATPを作るのにビタミンB1は必要不可欠である.細胞質基質で行われる解糖系,さらにはミトコンドリア内でのクエン酸回路,電子伝達系において必須である.補酵素型のチアミン二リン酸(ThDP)として,グルコース代謝とアミノ酸代謝に関与しているのである(図1).

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図1 ビタミンB1とATP
糖質からATPを作るのにビタミンB1は不可欠である.

■ビタミンB1の必要量はどの程度か?

 1日の必要量は,尿中排泄量が増大する最小摂取量から算定されている.水溶性ビタミンは,一般的に必要量を超えると尿中に排泄され,ビタミンB1もまた摂取量依存的に尿中排泄量が増大することがわかっている.ビタミンB1摂取量が0.35 mg/1,000 kcalを変曲点として,尿中に著しく増加したという報告から,この数値から1日の必要量が推定されている1)
 また,ビタミンB1摂取量が1,000 kcal当たり0.16 mgを下回ると脚気が出現するおそれがあり,1,000 kcal当たり0.3 mgに増やすと脚気の危険はほとんどなくなるという報告もある2)
 以上から,成人男性では推定平均必要量は1.1~1.3 mg/日程度,女性では0.9~1.1 mg/日程度で,75歳以上の高齢者男性では1.0 mg/日,女性では0.8 mg/日とされる.また,妊婦・授乳婦は+0.2 mg/日と定められている3).しかし,正確な必要量は不明であり,患者がどの程度のビタミンB1を日々摂取しているのかを把握することは困難である.

■ビタミンB1はどの程度で枯渇するのか?

 ビタミンB1は,まったく摂取しないと2~3週間で枯渇するといわれている.これは,4人の脚気既往のない健康な20歳代の男性に,30日間にわたりビタミンB1を完全に除去した食事を食べさせ症状の推移を確認した報告による4).実験開始2週間後に血中ビタミンB1濃度が急激に低下し,脚気の典型的な初期症状の1つである全身倦怠感の出現が観察されている.日々の食事量に依存するため,個人差があるが,おおよそ2週間前後と記憶し対応することは理にかなっているだろう.
 ちなみに,前述した報告では,その後,ビタミンB1を0.7 mg/日含む食事として推移を確認したところ,血中ビタミンB1濃度は速やかに上昇し,2週間程度でほぼ元のレベルに戻っている.

■どんな場合に欠乏するのか?

 ビタミンB1の必要量は1日1 mg程度,2週間程度の不十分な摂取で枯渇することは前述の通りである.これらから,十分に食事が摂れていない,または内服や点滴投与で補われていない場合には欠乏しうる.また最低限摂取できていても,吸収が不良な場合や排泄が亢進している場合には欠乏しうる.
 ビタミンB1欠乏の症状として,①Wernicke脳症,②乳酸アシドーシス,③脚気心(wet beriberi),④末梢神経障害(dry beriberi)が代表的である5).それぞれの来院パターンを理解し,そのつどビタミンB1欠乏を鑑別に挙げ対応をすることが大切である.①~③は特に重要であり,対応が遅れると致死的となりうるため,以下に詳述する.

1)Wernicke脳症
 Wernicke脳症の古典的3徴として,①意識障害,②眼球運動障害,③歩行失調が有名であるが,すべてが揃うのは1/3程度である.そのため,鑑別に挙がらず,または否定的と解釈してしまい,80%は初診時に診断されていないという現状がある.不可逆的な状態となると死亡率は20%程度と高く,救命できても神経障害は60%以上に残存してしまう6)
 救急外来では,意識障害や歩行困難(体動困難)などで来院する患者は多く遭遇するため,病状を説明しうる原因が同定できない場合には,常にビタミンB1欠乏の可能性を意識しておく必要があるのではないだろうか.認知症が疑われた場合でもまずはtreatableなものから考えることが原則であり,この場合も同様である.
 意識障害の鑑別のためMRI画像を撮影したとしても,鑑別にWernicke脳症が挙がっていなければ,視床内側や中脳水道の高信号といった特徴的な所見(図2)に気づかないこともあるだろう7)
 Wernicke脳症には表1のような(誰もが考えてしまいそうな)誤解があり,見逃されることが多いと指摘されている8-10).注意したい.

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図2 Wernicke脳症の特徴的な所見(視床内側や中脳水道の高信号)
〔坂本壮:救急外来 ただいま診断中! pp446—461,中外医学社,2015.より〕
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表1 Wernicke脳症の5つの誤解
〔Leon G:Emergency Medicine News. 2019;41(6):14.より〕

 妊娠悪阻もビタミンB1欠乏のリスクである.妊娠可能な女性が,救急外来に悪心・嘔吐などの症状で来院した場合には,必ず妊娠の可能性を考慮する必要がある.妊娠が確認できている,または発覚した場合には,それがたとえ正常妊娠であったとしても慎重に対応する必要がある.妊娠悪阻に伴うWernicke脳症は頻度は高くないが一定数報告されており,その前駆症状は悪心・嘔吐が100%と,悪阻と変わらない.
 悪心・嘔吐以外の症状として,複視(37.4%)や目のかすみ(27.4%)を認めることがあるため,診察を怠ってはいけない11)
 Wernicke脳症を見逃しブドウ糖のみ投与すると,病状は進行してしまうため,妊娠悪阻を疑ったら常にWernicke脳症の可能性を考慮しておく必要がある.妊婦のWernicke脳症の特徴として,妊娠10~15週でビタミンB1が欠乏しやすく,発症7週間前から嘔吐を認めるという報告がある.数週間の不十分な食事摂取でビタミンB1が欠乏するのは前述の通りであり,悪阻の症状が同期間以上継続している場合には,常にビタミンB1欠乏も考え初療時に対応する必要がある.点滴が必要と判断したら,ビタミンB1を最低100 mg投与するとシンプルに頭に入れておくことをお勧めする12)
 妊婦のWernicke脳症は65%に慢性的な認知障害を引き起こす.50%が流産,5%が母体死亡してしまう.悪阻の症状が軽微であっても,経口摂取が困難な場合にはビタミンB1の投与を躊躇しないほうがよいだろう8)

2)乳酸アシドーシス
 救急外来で乳酸アシドーシスをみたら,ショックに代表される循環不全,腸管虚血,痙攣,薬剤などの関与を考えるが,ビタミンB1欠乏も忘れてはならない.これは解糖系がうまく回らないことを考えれば理解できるだろう.
 敗血症,敗血症性ショックによる乳酸アシドーシスも救急外来ではしばしば遭遇する.Marikらが,ステロイド,ビタミンCに加え,ビタミンB1をこれらの患者に投与すると予後を改善すると報告し一時話題となった13).具体的な投与量は,ヒドロコルチゾン50 mg×4/日,アスコルビン酸1.5 g×4/日,チアミン200 mg×2/日である.しかし,その後効果は限定的であるという報告が相次ぎ,現時点では絶対的なものではない14).ビタミン,ステロイドを,それぞれ足りない患者に補えばよいのだろう.
 ビタミンB1に関しては,繰り返し述べている通り,枯渇しやすい患者であれば躊躇する必要はなく,また敗血症では需要が増えるため,投与する選択で問題ない.

3)脚気心
 救急外来で心不全症状を疑った際にどのように対応するだろうか.急性心不全をみたら,血行動態,基礎心疾患,増悪因子に注目して対応する.心不全急性期に必ず確認すべき病態としてMR. CHAMPH(表2)があり,常に意識したい15).増悪因子としては,FAILURE(表3)が有名である16)

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表2 MR. CHAMPH(心不全急性期に必ず確認すべき病態)
〔Roffi M, et al.:Eur Heart J. 2016;37(3):267—315.(PMID:26320110)より〕
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表3 FAILURE(心不全の増悪因子)
〔Sanjay S, et al.:Saint—Frances Guide to Inpatient Medicine 2nd ed, Lippincott Williams & Wilkins, 2003.より〕

 心不全患者が,下腿の浮腫を認めると,どうしても塩分負荷や薬の飲み忘れなどを考えがちだが,脚気心もまた下腿の浮腫を認めるのが特徴である.ビタミンB1は水溶性ビタミンであり,利尿薬はビタミンB1の排泄を促進する.そのため,利尿薬をさらに投与すれば状態は悪化してしまう.
 高齢者をはじめ,フレイルの状態の患者では,常にビタミンB1の欠乏を考える必要があり,特に食事量は徐々に減少しているが,薬はきちんと飲んでいる場合にはビタミンB1を投与することを検討する必要がある.

■ビタミンB1をどの程度投与するのか?

 明確な決まりはないが,Wernicke脳症でははじめの2日間は500 mg×3/日,その後5日間は250 mg/日を静注し,投与する際は他のビタミンB群も投与することが推奨されている.経口投与は吸収が不安定なため推奨されない17)
 Wernicke脳症を疑っている場合には,上記の通りであり,救急外来では500 mgのビタミンB1を投与し,欠乏リスクが高い患者では最低でも200~300 mg,リスクはあるけれども低く,経口摂取が困難な患者では最低100 mgを静注するとよい.

私はこうしている

1)救急外来では誰にビタミンB1を投与するべきなのか?
 救急外来には多くの患者が訪れ,同時に複数の患者を診療することも少なくない.そのため,どうしても意識しておかなければビタミンB1の投与は忘れがちである.
 意識障害,ショックに代表される乳酸アシドーシス,悪心・嘔吐などの消化器症状,心不全症状など,ビタミンB1の投与が重要となる病態に出合う頻度は決して少なくないため,常に意識し,そのつど必要性を考えるようにしている.
 ルーチンの投与は不要だが,必ず意識し,必要のない患者は投与しないという引き算的な思考が望ましいと考え対応している.

2)ビタミンB1はどの程度投与すればいいのか?
 Wernicke脳症の可能性を少しでも考えたら,ビタミンB1を500 mg静注,経口摂取できない患者でブドウ糖の投与が必要と判断したら,最低でも100 mg静注し,その他のリスクのある患者では200~300 mgの静注を実行している.

1)WHO Technical Report Series No. 362. FAO Nutrition Meeting Report Series No. 41. Requirements of Vitamin A, Thiamine, Riboflavin and Niacin. Reports of a Joint FAO/WHO Expert Group. Rome, Italy, 6—17 September 1965. pp30—38, Published by FAO and WHO, 1967.
2)Bates CJ著,木村美恵子訳:チアミン.小林修平監:最新栄養学第8版,pp189—95,建帛社,2002.
原書は第10版→John W. Erdman Jr. et al(eds):Present Knowledge in Nutrition 10th ed. Wiley—Blackwell, pp1328, 2012.
3)「日本人の食事摂取基準」策定検討会:日本人の食事摂取基準(2020年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書.令和元年12月.
4)桂英輔:ビタミン7:708—713,1954.
5)Attaluri P, et al.:Am J Med Sci. 2018;356(4):382—390.(PMID:30146080)
6)Sechi G, et al.:Lancet Neurol. 2007;6(5):442—455.(PMID:17434099)
7)坂本壮:救急外来 ただいま診断中! pp446—461,中外医学社,2015.
8)Leon G:Emergency Medicine News. 2019;41(6):14.
9)Wrenn KD, et al.:Am J Emerg Med. 1992;10(2):165.(PMID:1586415)
10)Thomson AD, et al.:Alcohol Alcohol. 2002;37(6):513—521.(PMID:12414541)
11)Oudman E, et al.:Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2019;236:84—93.(PMID:30889425)
12)Committee on Practice Bulletins—Obstetrics:Obstet Gynecol. 2018;131(1):e15—e30.(PMID:29266076)
13)Marik PE, et al.:Chest. 2017;151(6):1229—1238.(PMID:27940189)
14)Fujii T, et al.:JAMA. 2020;323(5):423—431.(PMID:31950979)
15)Roffi M, et al.:Eur Heart J. 2016;37(3):267—315.(PMID:26320110)
16)Sanjay S, et al.:Saint—Frances Guide to Inpatient Medicine 2nd ed, Lippincott Williams & Wilkins, 2003.
17)Cook CC, et al.:Alcohol Alcohol. 1998;33(4):317—336.(PMID:9719389)

 

第一線の医師はどのように考えて診療しているのか?

<内容紹介>救急外来(ER)の分野で議論のあるトピックを取り上げ,「第一線の医師はどのように考えて診療しているのか(=ぶっちゃけ,どうしているのか)」を解説。関連するエビデンスを豊富に紹介しながら丁寧に論を進めていくスタイルで,救急医療が専門ではない若手医師も本書を読めば“Controversial”な状況に強くなる! 大好評の『集中治療、ここだけの話』に続く,シリーズ第2作。

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