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『臨床研究 21の勘違い』より

連載 福原俊一/福間真悟/紙谷司

2021.12.10

 

「P値が小さいほど効果が大きい?」「RCTは常に最強のデザイン?」「多変量解析でバイアス対策は万全?」

 

臨床研究に取り組む医療者が抱きやすいこれらの「勘違い」を解きほぐす一冊が,このたび福原俊一先生・福間真悟先生・紙谷司先生によって上梓された『臨床研究 21の勘違い』です。本書では直面しやすい「21の勘違いポイント」をピックアップして解説しています。医学界新聞プラスでは,そのうち3つをご紹介。本連載を通じて,臨床研究の本質を学びましょう!

デザインの勘違い

「後ろ向き研究」はエビデンスレベルが弱く,価値が低い

「後ろ向きコホート研究」は,現在から過去へ後ろ向きに観察する研究である

 ここでは研究デザインの「型」に対する誤解を考えます.  

 前向き(prospective)研究や後ろ向き(retrospective)研究という,研究デザインの型を示す用語をよく聞くと思います.しかし,これらの用語はよく「勘違い」されています.

 本項では,「前向き研究」と「後ろ向き研究」の勘違いから,研究デザインに対する理解を深めていきましょう.

大風呂 先輩,今月も膝手術の件数がすごいですね.
学会で発表して,われわれの病院のすごいところをアピールしてきたいと思うのですが.

八田里 それはいいな.
5年間温めてきたいいアイディアがあるから,特別に教えてやろう.

よろしくお願いします!

過去3年間のカルテから人工膝関節置換術(TKA)を受けた患者をすべて洗い出すんだ.件数を聞いたら,それだけでもみんなびっくりするぞ.

頑張ってカルテを調べます.

それだけじゃないぞ.うちでは術前の歩行速度と術後のADLを測っているから,これとの関連を調べるんだ.

すごいです,先輩!

これで君も学会賞が取れるよ.感謝しろよ.

抄録

背景・目的:当院は人工膝関節置換術(TKA)の技術が高く,手術件数も非常に多いことで知られている.本研究では,TKAを受けた患者の術前歩行速度と予後の関連を検討する.
方法:当院で過去3年間にTKAを行った全患者を対象とする.術前歩行速度(入院前に外来で測定)と術後ADL(退院3か月後に外来で測定)の相関を求める.術前歩行速度と術後ADLはカルテに記録されている情報を用いる.
結果:当院で過去3年間にTKAを施行した620例を対象とした.術前歩行速度と術後ADLの相関係数は0.65,P値<0.01と有意な正の相関を認めた.
結論:TKA患者において,術前歩行速度が速いほど,術後ADLが高いことが示された.今後前向きに多数の患者を集めて分析を進めていく予定である.

大風呂 先輩,賞は取れませんでしたが,口演で発表できました.

八田里 よかったな.TKAの件数にみんなビビッてただろう?

はい.でも,「これは後ろ向き研究だから信用できん」とか言ってくる意地の悪い奴がいました….

なに〜.喧嘩売ってるな.
わかった.前向き研究のほうがカッコいいし,次の学会までに前向き研究を行って,ギャフンと言わせてやろう!

 2人のRQや研究デザインがよいかはさておき,前向き研究と後ろ向き研究について誤解がありそうですね.

 「前向き研究」と「後ろ向き研究」について,以下の説明は正しいでしょうか?
 ①大風呂医師:過去のカルテを利用した研究は「後ろ向き研究」である.
 ②八田里医師:「前向き研究」では,今から測定を行うので時間がかかる.
 ③学会で発言した医師:「後ろ向き研究」は「前向き研究」より劣っている.

 臨床研究における「前向き」「後ろ向き」とは一体,「何」の方向を指しているのでしょうか?  これらの用語の明確な意味が理解されないまま使われているために,混乱が生じています.

 「前向き」「後ろ向き」とは,研究の「観察の方向性」を指しているのです.「測定のタイミング」と「観察の方向性」は研究デザインの「型」を決める重要な要素です.

測定のタイミングと観察の方向性

①測定のタイミング

 要因とアウトカムの測定が同一時点の場合は横断研究(cross-sectional study),異なる時点の場合は縦断研究(longitudinal study)に分類します(図1)

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図1 横断研究と縦断研究:測定のタイミングが異なる

 横断研究は,同一時点で要因とアウトカムを測定しているので,要因とアウトカムのどちらが先に起こっているのか,得られたデータからは判別できません.一方,縦断研究では,要因とアウトカムを異なる時点で測定(必ず要因が先)しているので,要因とアウトカムの時間的関係(temporal relationship)を明確にできます.

②観察の方向性

 縦断研究は,観察の方向が時間の向きと同じ「前向き」か,逆方向の「後ろ向き」かによって2つの「型」に分かれます(図2)

 両者の観察の方向は異なりますが,測定のタイミングは,前向き研究と後ろ向き研究はどちらも要因→アウトカムの順番になっていることに注意してください.

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図2 前向き研究と後ろ向き研究:観察の方向性が異なる

 前向き研究は,コホート研究とも呼びます.コホート研究では,最初に対象者を要因と比較対照で分けて,その後のアウトカム発生を観察するので,観察の方向が要因→アウトカムになります.

 一方,後ろ向き研究は,ケース・コントロール研究と呼びます.ケース・コントロール研究では,最初にアウトカムを有するケースと有さない比較対照を集めて,その後に過去にさかのぼって要因について観察するので,観察の方向がアウトカム→要因となっています.

後ろ向きの前向き研究?

 過去の診療記録を利用した研究は「後ろ向きコホート研究」と呼ばれています.

 具体例で考えてみましょう.

 大風呂医師は,病院の過去のカルテ情報を基に,高齢者の運動習慣と転倒発生の関連を調べる臨床研究を計画しました.研究の開始時点は2014年で,2010年に測定された運動機能を要因,2010〜2014年に発生した転倒をアウトカムとしました.この場合,研究開始時点は要因やアウトカムの測定時点より後になります.これは,「後ろ向き」な研究でしょうか?

 図3をみてください.観察の方向性は「前向き」のコホート研究ですね.

図Ⅲ-4.jpg
図3 前向きの過去起点コホート研究

 つまり,起点が過去(研究開始時点より前)なだけで,観察の方向性が後ろ向きではないのです.この場合は,過去が起点である,観察の方向が前向きなコホート研究「過去起点コホート研究」であると呼んだほうが正確ですね.

過去起点コホート研究

 過去起点コホート研究は,ぜひトライしてほしい研究デザインの「型」の1つです.病院の診療記録,検査データなど,医療現場には臨床研究に活用可能な医療情報が多く存在し,これらは「宝の山」です.過去起点コホート研究は,これらの医療情報を活用し,効率的に臨床研究を実施するのに最も適しています.

 現在を起点にしたコホート研究では,アウトカムの発生をとらえるために十分な時間をかけて対象者を追跡する必要があるため,時間や費用も多くかかります.過去起点コホート研究では,すでに情報はそろっていて時間も費用もおさえられます.

 一方で,過去起点コホート研究の限界もよく理解しておく必要があります.それは,過去に測定された情報しか使えないことです.研究のために新たに測定したい項目がある場合は,過去起点コホート研究は実施できません.
 

POINT

❶測定のタイミングと観察の方向性によって研究デザインの型が分類される.
❷すべてのコホート研究は「前向き研究」である.
❸過去に記録された医療情報を活用できる「過去起点コホート研究」にチャレンジしてみよう.

Quiz ①横断研究でも,因果関係をある程度推論できることがあります.どのような場合でしょうか?

    Answer①

    ①医学的に考えて,要因→アウトカムの順番で起こることが明らかであり,逆転が考えにくい場合です.たとえば,血液型や遺伝子のような生後変化しない特性を要因とし,疾病の発症などをアウトカムとした研究などが該当し,縦断研究と同様の結果・解釈を得ることができます.

Quiz②通常のコホート研究に比較して,過去起点コホート研究の短所は何でしょうか?

    Answer②

     ②過去起点コホート研究では,測定されていない重要な交絡因子があれば,結果が歪められてしまいます(未測定交絡).また,変数の定義や,測定法などにばらつきがある可能性があります.加えて,対象者の追跡が必要な研究の場合,脱落を予防できないという欠点があります.

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