医学界新聞

連載

2009.11.23

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第59回〉
看護界の未来予想

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 今年の「看護サミット」は2009年10月14-15日に札幌で開催された。私は2日目のシンポジウム「看護の未来を拓く」(座長=野村陽子厚生労働省医政局看護課長)にシンポジストとして参加した。自分の発言要旨のタイトルを「ゆるやかで大らかな看護職に」として,「看護界の未来予想図」という夢を述べた。私にとって公衆の前で「未来」を語ることは初めての試みであった。そのことを記念(?)してエッセンスを本稿に再録することにしたい。

ゆるやかで大らかな看護職に

 「なぜ『看護は大変な仕事』と言われ,『でもやりがいがある』と答えるのか」との問いに,6項目をあげて答えている本が出版された(菱沼典子ほか編著『看護の原理 ケアすることの本質と魅力』ライフサポート社,2009)。6項目の概略を以下に記す。

 1つ目は,呼吸までをも機械にゆだねて生きている人のそばで緊張し,祈り,見守るといった「人が生きることを支える」仕事だから。

 2つ目は,その死がどんな形であろうとつらいものであるが,「人が死ぬこと(生きること)を支える」仕事であるから。

 3つ目は,「うっかりミスや思いこみによる間違いが生命にかかわる現場」であるから。細心の注意を払い続けるには,体力・知力・気力がそろっていなければならない。

 4つ目は,「病いを得た見ず知らずの人につき合う」仕事であるから。本来ならば知り得ない(知らないですむ)病者や家族の秘密を知る場合があり,その秘密を漏らさず,かつ病者や家族の安寧に必要な対処をするには高い倫理観が求められる。また,看護という仕事では,身体から出るもの(吐物,尿,便,血,膿など)を始末することが意味を持つ。

 5つ目は,患者との関係,医療者同士の関係のなかで仕事をするから。そこでは「人を受け入れ,人に受け入れてもらう」ことが必須であるが,受け入れられない相手がいたり,受け入れてもらえないときもあり,つらい思いをすることがある。

 6つ目は,病者につき合った結果,新たな生活,新たな知識を手に入れたのを見届けると,うれしくかつ誇りに思うのであり,「病葉(わくらば)が緑に還る喜び,誕生の喜びを味わうことができる」から。

 そして,「やりがいがある仕事」を担っている看護師たちを,多くの人が「まじめで一生懸命な看護師」という言葉で評する。こうした“評価”を私は率直にほめ言葉とは思えないのである。なぜなら,「まじめ」には,融通が利かない,従順であるといったイメージが,「一生懸命」には,けなげであり,同情や憐れみを誘うイメージがつきまとう。さらに患者からすると,「忙しそうで頼めない」場合において,一生懸命さは「拒絶」を意味することになる。

 では,「ゆるやかで大らかな看護師」はどうか。「ゆるやか」には,受容的で知的なイメージがあり,「大らか」には,スケールが大きい,パースペクティブを持つ,希望があるといったイメージがある。

 世間がゆるやかで大らかな看護師というイメージを持つようになるには,基盤整備が必要である。基盤整備のフレームワークとして考えたのが「看護界の未来予想図」(図)である。「教育」「実践」「研究」のトライアングルはこのようになるとよい。

 看護界の未来予想図

 「教育」では,看護基礎教育は大学・大学院に一元化され,少子化の中でも看護学専攻は人気がある。継続教育は整えられ,実践家も教員も自分の能力開発に応じて適切なコースを選び,学び続けることができる。ベルトコンベア式の院内教育ではなく,キャリア開発に沿った人生設計を各人が行う。ワークライフバランスは浸透し,臨床現場ではナースは勤務場所のみならず勤務シフトも選ぶことができるようになる。一人のナースが三つの勤務シフトをローテーションするなどという勤務パターンは忘れ去られた過去の出来事になっている。

 「実践」では,看護管理者の権限が確立しているので,ナースの数とスキルミクスのあり方を考えてスタッフィングを行い,機能的なチーム医療の推進者となっている。そこでは一人が何役もこなすような“兼務”は消失している。訪問看護ステーションは,地域住民の“健康ステーション”として定着しており,介護施設はナーシングホームとして適切なケアを提供し,人々の信頼を得ている。

 「研究」者は,臨床家との共同研究体制を確立して,看護の現象をていねいに記述し,技術を開発し,看護の効果を測定する。この成果が「実践」や「教育」に還元されて,実践が変わり,教育が進化する。もはや,臨床ナースが“研究係”をさせられて苦労することはない。

 私はこのような看護界の実現を20年くらい先とみている。今,できる努力はして,できなかったことを次代を生きる若い学生たちにやってもらいたいと,授業で伝えている。

 「病気のあるなしにかかわらず,すべての人々(個人・家族・集団)の健康の増進,疾病の予防,疾病からの回復,病いと共に生きること,また生き抜くこと(死を迎えること)を支える」ケアを提供する「ゆるやかで大らかな看護職」は,決して“絶滅”することはない。

つづく

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