ホスピタリティと感情労働
連載
2008.04.14
クロスする感性
〔第6話〕
宮地尚子=文・写真 |
(前回)
にこやかな客室乗務員
入った時から,何かが違う感じがした。どことなく,あったかい。南国の島に上陸した時の感じ。最近乗った国際線の機内でのことである。
アメリカの航空会社のサービスの低下はここ数年著しい。チェックイン時の対応しかり,スナックや食事の内容しかり,そして客室乗務員の態度しかりである。出発時刻がしょっちゅう遅れるのは,サービス低下というより,テロ対策としてのセキュリティ強化の余波なのだろう。けれど,そうやって延々と待たされ,苛立たされたあげく,飛び立った機内で投げるようにピーナッツの袋が渡されると,心底わびしくなってくる。
ところがその日の機内では,アジア系アメリカ人の気のよさそうなおじさんたちが何人か客室乗務員として勤務していて,にこやかに乗客を席に案内していたのだった。赤ん坊を連れた女性をさりげなくサポートし,赤ん坊にもおかしな顔を作ってあやすなど,きっと家ではいいお父さんや叔父さんなんだろうなと自然に思わせてくれる感じだった。私がうつらうつらしながら読書灯を消そうとして,間違えて乗務員呼び出しのボタンを押してしまった時には,ぬくっと姿を現した後,間違いに気づいた私に嫌な顔ひとつせず,おどけたジェスチャーをして笑顔で戻っていった。また,乗務員同士でも笑顔を交わし,和気あいあいと協力し合い,仕事を楽しんでこなしている感じもよかった。
いつもならその路線では,体型の崩れた白人の中年女性の客室乗務員が,機嫌悪そうに機内食を配るのが常だ。最小限の声かけと単語だけで「プリーズ」も何もない。サービスしたくてしてるんじゃないわよ,という態度がありありだ。言っておくが,私もれっきとした「中年女性」であり,若いきれいなスッチーに世話をしてもらいたいわけではまったくない。かっこいい男性からの給仕を求めているわけでもない(それも悪くないかもしれないけど)。白人かどうかはどうでもいいし,太っていても服のサイズがきちんと合っていて機敏に動けるのなら,何も言うことはない。
ちなみに一昔前は,客室乗務員といえばスチュワーデス,スチュワーデスといえば,「若くてきれいな女性」であることが暗黙の了解だった。飛行機という乗り物がまだ特別で,非日常の空間で,お金持ちやエリートだけのものだったせいもあるかもしれない。やがて空の旅がツアー客など一般大衆のものになるにつれて,客室乗務員に期待される役割やステータスも変わっていった。
そして女性の働き続ける権利の主張と法的保護によって,徐々に乗務員の年齢が上がっていった。美しいかどうかによって雇用を決めることも(少なくとも米国では)差別にあたるとして,法に反することになっていった。体型についても,仕事に支障のない限り,著しく太っていても解雇は違法だとした米国の判決を読んだ記憶がある。
男性の客室乗務員が増えている理由ははっきり知らないが,たぶん,航空会社が軒並み経営難に陥り,人員整理が進む中で,働き続けようとする男女の間での仕事争いが熾烈になったせいではないかと思う。男性の職場に女性が進出したぶん,これまで女性の職種とされてきた領域(その中には仕事の内容の割に賃金が低く抑えられているものも多い)にも男性が入り込んできたのだ。
「深い演技」と感情労働の搾取
つまるところ,最近得難くなっていて,でも私が望んでいて,今回の搭乗でめずらしく得られたと感じたのは,ホスピタリティ=歓待の雰囲気だったと言えよう。
では,ホスピタリティとはなんなのだろう。笑顔。相手をほっとさせたり,受け入れられている感じにさせること。ユーモア。心を通じ合わせること。落ち着きやおだやかさ,くつろぎを提供すること。楽しく豊かな気持ちになってもらうこと。
ただ,そういうホスピタリティを望み,喜びながら,同時に,それを期待してもいいのだろうかという躊躇が,私にはある。
「感情労働」という言葉がある。看護の仕事について感情労働という切り口で分析した本(武井麻子著『感情と看護』医学書院)もあるから,知っている人もいるかもしれない。感情労働とは,ひと相手の仕事において,働き手が自分の感情やその表現を適切に維持することであり,それによって相手の感情を調整することである。例としては,看護師がいつも患者さんに対し笑顔で優しくふるまうといったことが挙げられる。身...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
この記事の連載
クロスする感性(終了)
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第4回]腰部脊柱管狭窄症_術後リハビリテーション
『保存から術後まで 脊椎疾患のリハビリテーション[Web動画付]』より連載 2024.10.14
-
医学界新聞プラス
[第1回]多形紅斑
『がん患者の皮膚障害アトラス』より連載 2024.02.09
最新の記事
-
適切な「行動指導」で意欲は後からついてくる
学生・新人世代との円滑なコミュニケーションに向けて対談・座談会 2025.08.12
-
対談・座談会 2025.08.12
-
対談・座談会 2025.08.12
-
発達障害の特性がある学生・新人をサポートし,共に働く教育づくり
川上 ちひろ氏に聞くインタビュー 2025.08.12
-
インタビュー 2025.08.12
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。