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『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』より

連載 杉山 大介

2026.07.16

初期研修医が麻酔科研修で直面する現場のリアルを、指導医らとの対話形式で再現した待望の新刊!

麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』は、「その場で何を考え、どう動くか」を徹底的に具体化し、術前評価から麻酔導入、覚醒までを一連の流れとして捉え、次の一手を予測できる思考を養います。患者の安全を軸とした麻酔科の基本を身体に馴染ませ、現場で動ける自信が確実に身に付く一冊です。

「医学界新聞プラス」では、本書から「麻酔科の1日の流れ」「基本的な全身麻酔の流れ」の項目を抜粋し、4週にわたり公開をしていきます。

4日目  全身状態に問題のないASA-PS Ⅰ の患者の麻酔


 前項でも述べた通り,麻酔科での研修は他科と比べかなり特殊で独自色が強い.だが1日の流れ,症例ごとの流れ,そして麻酔導入中の各フェーズに従って頭と身体を慣らしていくと理解しやすくなる.本項では基本的な全身麻酔の流れとともに,付随する知識について解説していく.
 55歳の女性.身長158cm,体重53kg.甲状腺がんに対して甲状腺全摘術が予定されている.大きな既往歴やアレルギー歴はなく,入院前は週に2回程度ジムに通っていた.全身状態は良好であり,米国麻酔科学会による全身状態分類(American Society of Anesthesiologists Physical Status;ASA-PS)のⅠに該当する.

全身麻酔とは?
 全身麻酔とは,患者の意識を一時的に完全に喪失させて痛みや不快感のない状態を意図的に作り出し,外科的な侵襲を安全に実施するために用いられる麻酔方法である.単に「眠る」状態とは異なり,脳における意識,痛覚,運動反射,自律神経活動などを薬理学的に制御し,患者が手術の間に苦痛や記憶を伴わないようにする.
 この状態を作り出すために,[1] 全身麻酔は意識消失(鎮静)・鎮痛・筋弛緩の3要素を組み合わせて達成するのが一般的であり,状況に応じて静脈麻酔薬,吸入麻酔薬,オピオイド,筋弛緩薬などを使用する.また,多くの全身麻酔では人工呼吸を必要とするため,気道の確保(気管挿管やラリンジアルマスクの挿入など)と呼吸管理が必須となる.
 現代の麻酔科臨床ではこれらの操作が患者の安全と術中快適性に直結するため,全身麻酔は原則として訓練された麻酔科医の厳格な管理下で行われるべきものである.また,全身麻酔は一見するとルーチンワークのように感じられるかもしれないが,患者ごとに状態やリスクは異なるため,術前評価と計画立案はきわめて重要である.
 特に高齢者や合併症を有する患者においては麻酔薬の感受性が変化していたり,予期しない循環・呼吸の変動が生じたりすることでリスクが高まる.したがって全身麻酔は単なる薬剤投与ではなく「個別化された医療」として,その瞬間ごとの状態変化を見極め,最適な薬剤選択と投与量,気道管理,循環・呼吸のサポートを行っていく高度な医療行為である 1)

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<AM 7:00 /手術室の準備と症例カンファレンス>

03_01.pngよし,今日は簡潔でわかりやすいプレゼンをするぞ.何回かシミュレーションもしたし,きっと大丈夫!

研修医「……以上より患者さんはASA-PSのⅠで,手術は全身麻酔,静脈ライン1本で行う予定です」

指導医「先生,今日の全身麻酔はどんな薬で導入するんですか?」

研修医「えーっと,プロポフォールとアルチバ ®とエスラックス ®です」

指導医「なるほど.この前も聞いたけれど,それぞれが全身麻酔の3要素といわれるもののどれに当たる薬かわかりますか?」

研修医「えっと, [2] プロポフォールが鎮静,アルチバ  ®が鎮痛,エスラックス  ®が筋弛緩です(この前のカンファレンス後に調べたからバッチリだ)」

指導医「その通り! 数日で知識が整理されてきているね.それじゃあ今日の麻酔の維持は何を使うのですか?」

研修医「えっと,麻酔の維持はデスフルランを使います」

指導医「なるほど.デスフルランは吸入麻酔薬ですか? 静脈麻酔薬ですか?」

研修医「吸入麻酔薬です」

指導医「そうだよね.そうするとその吸入麻酔薬だけで,維持のときには全身麻酔の3要素を満たせるということなのかな?」

研修医「あ,いえ,アルチバ ®も併用します」

指導医「アルチバ ®はさっき先生が言ってくれたように鎮痛に作用するわけだよね.そうすると吸入麻酔薬は鎮静だけなんですか?」

研修医「いえ,吸入麻酔薬には鎮痛作用と筋弛緩作用もあるって先日教わりました」

指導医「そうすると,アルチバ ®は使う必要があるんですか?」

研修医「確かに,そうですね……」

指導医「混乱させたいわけじゃないんだけれど,混乱しますよね.そうなんです.吸入麻酔薬には先生が言ってくれたように鎮静・鎮痛・筋弛緩の全身麻酔の3要素全部が含まれるんですよね.でも,この数日先生が使っていた濃度だと実際には鎮痛と筋弛緩の作用はそれほど強くないんです.そこで,鎮痛には維持のときにもアルチバ ®を使っているんです.バランス麻酔なんていわれたりもしますので少し調べてみてください」

研修医「わかりました」

指導医「それから,先ほどデスフルランが吸入麻酔薬だと答えてくれましたが,全身麻酔の方法は吸入麻酔薬を用いる方法と静脈麻酔を用いて行う方法の2つに大別されます.全身麻酔の際,静脈麻酔だけを用いて完遂する方法を何というか教わりましたか?」

研修医「はい.TIVA * 1です!」

指導医「お,いいですね.それでは,それと対義語というわけではありませんが,吸入麻酔を用いて全身麻酔の導入から維持までを行う方法を何というかは知っていますか?」

研修医「全くわかりません……」

指導医「V,I,M,AでVIMAといいます.VIMAが何の略なのかはちょと調べてみてください.先生は麻酔科研修が始まったばかりでまだ慣れていないと思うので,基本的な全身麻酔の流れについて体感し勉強してもらいたいと思ってこの患者さんの担当に指名したので,今日の手術指導医の先生に教わりながら確認してみてください」

研修医「わかりました.ありがとうございます」

[*1] TIVA(total intravenous anesthesia):全静脈麻酔

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全身麻酔の3つのフェーズ
 上述のような症例は麻酔科研修の初期に担当することが多く,基本的な全身麻酔の流れを学ぶには最適なケースである.

 

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【図1】全身麻酔の3 つのフェーズ:導入・維持・覚醒
BIS(bispectral index):脳波などの解析で算出する麻酔深度
TOF(train of four):4 連刺激

 [3] 全身麻酔の流れは「導入(induction)」「維持(maintenance)」「覚醒(emergence)」の3つのフェーズに分類すると体系的に理解しやすくなる.飛行機をイメージするとわかりやすいかもしれない.すなわち,「導入」は「離陸」,維持は「飛行」,「覚醒」は「着陸」に相当する.
 図1に患者の手術室入室から退室までの時間軸,全身麻酔の基本的な工程である導入・維持・覚醒のフェーズでそれぞれ行うべきことを示す.研修を通じてまずはこの流れを体感的に覚えてほしい.
 「導入」では,静脈麻酔薬(例:プロポフォールなど)や鎮痛薬(フェンタニル系),筋弛緩薬(例:ロクロニウムなど)を用いて意識を消失させ,気道確保を行う.導入前の前酸素化やモニター装着,静脈ライン確保といった準備が成功の鍵を握る.ここでは迅速かつ確実な判断と手技が求められる.
 「維持」では,吸入麻酔薬や静脈麻酔薬,鎮痛薬を用いて鎮静・鎮痛・筋弛緩の状態を維持しながら,手術に応じた循環動態・呼吸・体温・体液管理などを細やかに行う必要がある.麻酔深度を保ちながら過剰な抑制や覚醒を防ぐバランスが求められる.
 「覚醒」では,手術終了に合わせて麻酔薬の投与を減量・中止し,意識・呼吸・循環を回復させたうえで安全に気管チューブを抜去する.覚醒時の興奮や血圧変動,気道刺激などに注意しながら穏やかに術後回復室へ送り出す.
 それぞれのフェーズで求められる知識・判断力・技術は異なるため,初期研修医のうちはこの3つの流れを意識し,どのフェーズで何が重要なのかを段階的に学んでいくことが大切である.

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【図2】全身麻酔の3 要素

全身麻酔の3要素
 全身麻酔は一般に「鎮静(hypnosis)」「鎮痛(analgesia)」「筋弛緩(paralysis)」の3つの要素によって構成されている 2).これらはそれぞれ異なる目的と作用をもち,手術の成功と安全性の確保において不可欠な要素である(図2).
1)鎮静(hypnosis)
 意識を失わせる状態を指し,患者が手術中の出来事を認識・記憶しないようにする役割をもつ.主にプロポフォールやセボフルラン,デスフルランといった薬剤が用いられる.これらの薬剤は迅速な導入と覚醒を可能にし術後の回復に大きな影響を与える.
2)鎮痛(analgesia)
 手術中の侵襲から生じる痛みをブロックするために使用される.フェンタニルやレミフェンタニル,スフェンタニルなどのオピオイドが代表的であり,近年では非オピオイド性の鎮痛薬〔非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal anti-inflammatory drugs;NSAIDs),アセトアミノフェン〕やNMDA受容体拮抗薬(ケタミン)なども併用されるようになってきた.術後の痛みのコントロールにも直結する重要な要素である.また,区域麻酔を併用する場合は,区域麻酔が鎮痛の中心を担うことになる.
3)筋弛緩(paralysis)
 外科的操作を円滑に行うために筋肉の緊張をとる作用であり,特に気管挿管時や腹腔鏡手術時には不可欠である.代表的な薬剤にはロクロニウム,スキサメトニウムなどがある.筋弛緩の深さは神経刺激装置〔TOF(train of four)モニター〕を用いて客観的に管理されることが多い.

 この3要素は「バランス麻酔」と呼ばれる麻酔管理の基本概念を構成するものであり,手術の種類や患者の状態に応じてそれぞれの要素の強さを調整する必要がある.例えば,整容的な短時間手術では鎮静と軽度の鎮痛で十分なこともあれば,開腹手術のような侵襲が大きい手術では深い鎮痛と筋弛緩が要求される.麻酔科医はこれらの要素を自在に組み合わせ,必要に応じて薬剤を選択し投与量を調整する.これこそが全身麻酔の高度な専門性であり,臨機応変な対応力が求められる領域である.

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[1] 全身麻酔を構成する3つの要素を理解しよう
 実際に研修を始めてみると同じ「麻酔」という言葉が複数の意味をもって使用されていることに気づくかもしれない.まずは全身麻酔を構成する3つの要素である「鎮静」「鎮痛」「筋弛緩」を理解しよう.

[2] 全身麻酔で使用する薬剤を理解しよう
 全身麻酔で使用する薬はこれまで見たことも聞いたこともない薬剤も含まれていて,初めのうちは混乱するかもしれない.まずはそれぞれの薬剤が麻酔を構成する要素のどれに対して作用しているのかを整理して理解しよう.
例)
鎮静:プロポフォール,ミダゾラム,レミマゾラム,セボフルラン(低濃度では),デスフラン(低濃度では)
鎮痛:フェンタニル,レミフェンタニル,NSAIDs,アセトアミノフェン
筋弛緩:ロクロニウム,スキサメトニウム

[3] 全身麻酔の3つのフェーズを理解しよう
 全身麻酔は「導入」「維持」「覚醒」の3つのフェーズに分類できる.特に「導入」と「維持」のフェーズでは,患者の循環動態や呼吸の状態が大きく変化することがある.常に最悪の事態を想定し備えつつ,最善の状況を作れるように心がけよう.

参考文献

1) Gropper MA, et al (eds):Miller’s Anesthesia, 10th ed. Elsevier, 2024

2) Cao SJ, et al: Delirium in older patients given propofol or sevoflurane anaesthesia for major cancer surgery: a multicentre randomised trial.Br J Anaesth23:131:253-265,2023

 

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アイオワ大学麻酔科 准教授 / 亀田総合病院麻酔科

2004年群馬大医学部卒。初期臨床研修修了後,06年から信州大病院麻酔科蘇生科で専門研修を行いつつ同大にて博士課程修了。博士(医学)。14年米アイオワ大麻酔科への研究留学を経て,19年より亀田総合病院麻酔科部長を務める。25年より現職。著書に『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』(医学書院)。

X ID:@sugiyama5525

 

症例ベースで麻酔科研修を追体験。特有の「思考」と「時間軸」を攻略しよう。

初期研修医が麻酔科研修で直面する現場のリアルを、指導医らとの対話形式で再現した待望の新刊!
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