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[第4回]第1週 4日目 「基本的な全身麻酔の流れ」(後半)
『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』より
連載 杉山 大介
2026.07.23
麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応
初期研修医が麻酔科研修で直面する現場のリアルを、指導医らとの対話形式で再現した待望の新刊!
『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』は、「その場で何を考え、どう動くか」を徹底的に具体化し、術前評価から麻酔導入、覚醒までを一連の流れとして捉え、次の一手を予測できる思考を養います。患者の安全を軸とした麻酔科の基本を身体に馴染ませ、現場で動ける自信が確実に身に付く一冊です。
「医学界新聞プラス」では、本書から「麻酔科の1日の流れ」「基本的な全身麻酔の流れ」の項目を抜粋し、4週にわたり公開をしていきます。
〇 吸入麻酔と全静脈麻酔(TIVA)
全身麻酔には「吸入麻酔」と「全静脈麻酔(total intravenous anethesia;TIVA)」という大きく分けて2つの主要なアプローチが存在する 1).それぞれの方法には利点と欠点があり,患者の病態,手術の種類,術後管理の方針などに基づいて選択される.
1)吸入麻酔
吸入麻酔は,セボフルランやデスフルランといった揮発性吸入麻酔薬を使用して意識を消失させ,麻酔状態を維持する手法である.これらの薬剤は呼気終末濃度で効果を調整でき,投与中止後はすみやかに体外に排出されるため,覚醒が比較的速いことが多い.特に,小児麻酔では導入時に静脈ライン確保が難しいことが多く,呼吸導入として吸入麻酔が第一選択となるのが一般的である.また,吸入麻酔薬には脳血流量の増加や筋弛緩作用があるため,特定の手術においては好まれることがある.
しかし,吸入麻酔薬は悪心・嘔吐の副作用が出やすいことや,術後せん妄のリスクがやや高いとする報告もあり 2),特に高齢患者では注意が必要である.また,手術室における麻酔ガス漏れによる医療従事者への曝露リスクについても一定の対策が求められる.
2)全静脈麻酔(TIVA)
TIVAは,プロポフォールやレミフェンタニルなどの静脈投与薬剤を用いて連続的に麻酔を維持する手法である.薬剤の血中濃度はシリンジポンプなどを用いて精密にコントロールすることが可能であり,近年は目標濃度調節注入(target controlled infusion;TCI)といったシステムによってより安定した麻酔維持が可能となっている.
TIVAの利点としては覚醒がきわめて速く,かつ術後せん妄や悪心・嘔吐が少ないことが挙げられる.このため脳神経外科領域のように術後の神経学的評価がすみやかに求められる症例や,整容外科などで術後の快適性が求められる症例においてはTIVAが選ばれることが多い.また気道刺激が少なく,咳反射の抑制効果も高いため術中に安定した呼吸管理が期待できる.
一方で,TIVAは投与したすべての薬剤が体内代謝や排泄に依存するため,高齢者や肝腎機能障害を有する患者では薬剤の蓄積に注意が必要である.また,吸入麻酔と異なり呼気濃度によるモニタリングができないため,脳波や麻酔深度モニター〔BIS(bispectral index)など〕を活用して意識レベルを評価する必要がある.
このように,吸入麻酔とTIVAはそれぞれの特性に応じて使い分けられる必要があり,麻酔科医は各手法の特徴を理解し,症例に応じて柔軟に選択することが求められる.
〇 区域麻酔とMACの概念
1)全身麻酔の対義語としての「区域麻酔」
全身麻酔とは対照的に,患者の意識を保ちながら特定の部位の感覚や運動機能を遮断して手術を可能にする麻酔法を「区域麻酔」と呼ぶ 1).これは全身に麻酔薬を作用させる全身麻酔に対し,身体の限られた“区域(region)”に効果を及ぼすことからこのように呼ばれる.
区域麻酔の最大の利点は,患者が自発呼吸を維持し意識を保った状態で手術が可能になる点である.これにより高齢者や呼吸・循環器疾患を抱える患者など,全身麻酔のリスクが高い症例においても安全に手術を行うことが可能となる.また術後の疼痛管理にも非常に有用で,術後鎮痛として長時間の持続効果を期待できる.区域麻酔の種類を表1に示す.
近年は超音波(エコー)ガイド下神経ブロックの普及により,より精度の高い安全な区域麻酔が可能となってきた.麻酔科医にはこれらの神経ブロック技術に精通するとともに,神経走行の知識やエコー画像の読影力もスキルとして求められる.さらに,区域麻酔は術後の鎮痛を目的とした持続投与(continuous nerve block)と組み合わせることで疼痛を劇的に軽減することが可能となるため,患者満足度や早期回復にも大きく貢献している.
2)モニター下鎮静管理(MAC)
MAC(monitored anesthesia care)はモニター下鎮静管理と訳され,局所麻酔または区域麻酔に加えて意識レベルを軽度から中等度に抑える鎮静薬・鎮痛薬を併用し,快適な手術環境を提供する手法である 3).MACは特に①内視鏡的処置(上・下部消化管内視鏡),②カテーテル治療(心臓カテーテル,血管造影など),③日帰り手術(体表小手術,皮膚形成手術,眼科手術など)といった場面で活用される.
MACの特徴(表2)としては,患者は完全に眠っているわけではなく,指示に応答できるレベルの浅い鎮静が保たれていることが挙げられる.また気道確保は原則不要で,自然呼吸が維持される.一方で呼吸抑制や意識低下,循環変動のリスクがゼロではなく,麻酔科医による厳密なモニタリングと即応できる管理体制が必要とされる.
代表的な薬剤にはミダゾラム,デクスメデトミジン,プロポフォール,フェンタニルなどがあり,患者の状態や手技内容に応じて組み合わせて使用される.
MACは「完全な麻酔とは異なる」という誤解を受けやすいが,術中管理においては麻酔科医の高いスキルが求められる.患者の呼吸や循環を綿密に観察しつつ過鎮静に陥らないように細やかに調整を加えていく必要がある点で,むしろ難易度の高い麻酔管理ともいえる.一方でMACは患者の満足度を高めるだけでなく,術後の早期覚醒・早期退院にも寄与する手法として,今後さらなる需要が見込まれている.区域麻酔とMACの併用は低侵襲と安全性を両立させるための非常に有用な選択肢であり,麻酔科医が現場で習得しておくべき重要な管理法の1つである.
MACや区域麻酔の適切な使い分けと併用により,安全かつ快適な周術期管理の実現が可能となる.今後の麻酔管理では,これらの手法を自在に使いこなすことが重要なスキルとして求められる.
〇 モニターの進歩と麻酔中の監視
近年の医療技術の向上により,麻酔中の患者の状態をリアルタイムで高精度に監視できるモニター機器も著しく進化している.心電図,非侵襲的かつ動脈ラインにより測定できる血圧計,酸素飽和度(SpO2)や呼気終末二酸化炭素濃度(end-tidal CO2 concentration;EtCO2)に加えて,脳波を解析できるBISモニター,筋弛緩モニター,さらには体温・尿量・脳酸素モニターなどが提供され,周術期管理にあたり多様な指標が参照可能となっている.
こうしたモニターは患者の全身状態を視覚的・定量的にとらえる手段であり,麻酔科医の目と耳を補完する存在である.麻酔中の患者は自発的に症状を訴えることができず,完全に麻酔科医の判断と対応に身をゆだねる状況に置かれている.そのため麻酔科医には,モニターの数値や波形の小さな変化を敏感に読みとる能力が求められる.また,術中の異常徴候の早期発見と迅速な介入のためにはモニターを正確に読みとり,臨床状況と照らし合わせて意味づけする知識と経験が必要である.モニターは単なる“数字”ではなく患者の声であり,その声に耳を傾けることこそが安全な麻酔管理の根幹をなすといえる 4).
〇 前酸素化の重要性
前酸素化(preoxygenation)は麻酔導入前に100%酸素を吸入させることで肺胞内の窒素を酸素に置換し,体内の酸素予備量(oxygen reserve)を最大化するきわめて重要な準備操作である 5).特に,気道確保に手間どった場合でも患者のSpO2を保つ「猶予時間」を稼ぐことができるため,前酸素化の成否は導入時の安全性に直結するといえる.
実際の手技としては,100%酸素を5L/分以上で3〜5分間フェイスマスクを鼻と口に密着させ吸入させる方法が標準的である.また,時間の確保が難しい場合には深呼吸を8〜10回行わせる「深呼吸法」も有効とされている.いずれの場合も呼気中の酸素濃度(FiO2)が90%以上に達していることを確認し,十分な前酸素化が得られているかを評価する必要がある.
前酸素化の効率は患者の年齢,肥満度,妊娠の有無,肺機能などによっても変動する.特に肥満症患者や妊婦,小児では脱酸素化が急速に進行するため,より注意深い観察と技術的工夫〔例えば,頭部挙上位での酸素投与や持続的呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure;PEEP)の併用)〕が推奨される 6).
また,前酸素化は「ルーチン」の一言で済ませるべきものではなく,その意義と方法を理解したうえで確実かつ丁寧に実施すべき基本手技である.初期研修の段階から前酸素化の手技の重要性を認識し,将来,気道確保困難な患者に遭遇した際の備えとして確実なスキルを身につけておきたい.
〇 気道確保までの緊張感とその共有
麻酔導入における最大の山場,それが「気道確保」の瞬間である.全身麻酔薬を投与し,患者の意識が消失し,自発呼吸が止まった状態で行うこの操作は,まさに「無音の緊急事態」である.適切にマスク換気が行えるか,気管挿管が一発で決まるか,それとも困難を極める症例なのか──その数十秒の間に麻酔科医の判断力・技術・経験が凝縮される.この場面の緊張感こそ,手術が始まる前から麻酔科医が全神経を集中させるゆえんでもある.患者が完全に「無防備」な状態に置かれている以上,あらゆるリスクを予測し,あらかじめ対策を講じておく必要がある.
外科や内科など他科の医師やコメディカルにはなかなか共感しづらいであろうこの独特のプレッシャーを,初期研修医の皆さんにはぜひ体験し,理解してもらいたい.多くの研修医が「気道確保の場面が最も印象に残った」と口にするのは,そうした緊張感と責任の重さを身をもって経験したからに違いない.指導医のサポートのもとであっても,初めてマスク換気を担当する瞬間,喉頭鏡を握る瞬間,チューブを挿入するその手には言葉にできない緊張が走るはずである.そしてそれを患者に悟られないよう,術者として冷静に行動することが求められる.沈黙の数十秒間を乗り越えたのち「換気できた」「波形が戻った」「SpO2が上昇した」とわかった瞬間の安堵感は,何にも代えがたい経験として心に刻まれるだろう.この緊張に身を置き,失敗を恐れずに学ぶ過程こそが,麻酔科研修の醍醐味の1つである.
〇 覚醒フェーズの実際と流れ
全身麻酔の覚醒フェーズは,手術の終了が近づくにつれて徐々に患者の意識を回復させていく重要なプロセスであり,安全な移行をはかるためには周到な準備と繊細な管理が求められる.よく「飛行機の着陸」にたとえられるように,麻酔深度を一気に解除するのではなく段階的・意図的に浅くしていくことで,急激な血行動態変化や覚醒時興奮などのリスクを最小限に抑えることができる.
術中から常にBISモニターなどを用いて麻酔深度を確認しておくことが重要であり,特に手術終盤ではBIS値が60〜70になるのを目標に吸入麻酔薬や静脈麻酔薬の濃度を段階的に減量していく.呼吸に関しては,自発呼吸が徐々に出現するようにオピオイド(フェンタニルやレミフェンタニルなど)の投与を慎重に減量し過鎮静を避ける.同時に,筋弛緩薬の効果も少しずつ解除していく必要がある.
筋弛緩の評価にはTOFモニターが非常に有用で,TOFカウントが4つ出現するようであれば筋力がある程度回復してきていると判断できる.ただし,臨床的に抜管を行う前にはTOF比(T4/T1)が90%以上に達している必要がある.術中における筋弛緩の管理だけでなく,覚醒フェーズではその解除のタイミングと方法がきわめて重要であり,不十分な回復で抜管を行うと呼吸抑制や気道閉塞のリスクが高くなる 7).
術直後にX線撮影やドレーン確認など追加処置が予定されている場合は,それらの手技が終了するまでは最低限の麻酔深度(BIS値60程度)を維持し,安全かつ安定した状態を保っておく必要がある.一方で術後そのまま覚醒に進む場合は,手術の終了と同時に吸入麻酔薬(セボフルランなど)または静脈麻酔薬(プロポフォールなど)をすべて停止する.
麻酔薬停止後は呼吸・循環のモニタリングを継続しながら覚醒を確認していく.特に抜管に際しては,以下の条件が満たされていることを確認したうえで判断する.
・自発呼吸が安定している(呼吸数12〜20/分,リズム・深さも適切).
・酸素化(SpO2 95%以上)および換気(EtCO2 35〜45mmHg)が良好.
・意識が回復し,声かけに反応する(開眼・命令に従うなど).
・筋力の回復(握手可能,5秒間の頭部挙上ができるなど).
TOF比が90%未満であれば,スガマデクスを体重に応じた適正量(例:2〜4mg/kg)投与して筋弛緩を拮抗させる.近年はスガマデクスの使用により,深い筋弛緩状態からでも比較的迅速・安全に回復をはかれるようになった.
抜管直後は最も呼吸状態が不安定になりやすいため,上気道閉塞の有無を入念に観察する必要がある.特に小柄な体格,肥満,頸部手術後,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea;OSA)の既往がある患者などでは,咽頭軟部組織の沈下や舌根沈下により気道閉塞をきたすリスクがある.抜管後の観察では①呼吸様式の変化や陥没呼吸の出現,②鼻翼呼吸や努力呼吸の有無,③鎮静が深すぎないか(過鎮静によるCO2ナルコーシス),④声が出ているか・発話に問題がないかに注意する.
これらの評価を行ったうえで,必要に応じて経鼻エアウェイの使用や下顎挙上を行い,酸素投与を継続しつつ手術室外へと移送する.覚醒は麻酔の終わりではなく,患者が自立して呼吸し,覚醒状態を維持できるまでが麻酔科医の責任であることを強く意識する必要がある.
▶ 全身麻酔とは,意識・痛み・運動機能をすべて遮断する強力な麻酔法である.
▶ 全身麻酔には,吸入麻酔薬を使用する方法と,静脈麻酔薬のみを用いて麻酔を維持するTIVAの2種類がある.
▶ 区域麻酔やMACと全身麻酔との違いや,それぞれの特徴を理解し,術式・患者に応じた適切な選択が必要となる.
▶ モニターの進歩により,麻酔中の全身管理の精度は向上している.
▶ 前酸素化は安全な導入のために必須であり,確実に実施すべき重要な操作である.
▶ 気道確保までの緊張感を理解し,失敗を許さない体制づくりと備えが求められる.
▶ 導入・維持・覚醒の各フェーズを理解し,それぞれに応じた管理が必要である.
参考文献
3) Ekstein M, et al:Monitored anaesthesia care in the elderly: guidelines and recommendations. Drugs Aging25:477-500, 2008
4) John Doyle D, et al:Advances in anesthesia technology are improving patient care, but many challenges remain. BMC Anesthesiol 18:39,2018
5) Bignami E, et al:Preoxygenation during induction of anesthesia in non-critically ill patients:A systematic review. J Clin Anesth52:85-90,2019
6) Crístian de Carvalho C, et al: Effectiveness of preoxygenation strategies:a systematic review and network meta-analysis. Br J Anaesth133:152-163,2024
7) https://www.asahq.org/standards-and-practice-parameters/practice-guideline-onitoring-and- antagonism-of-neuromuscular-blockade

杉山 大介(すぎやま・だいすけ)氏 アイオワ大学麻酔科Clinical Associate Professor / 亀田総合病院麻酔科
2004年群馬大医学部卒。初期臨床研修修了後,06年から信州大病院麻酔科蘇生科で専門研修を行いつつ同大にて博士課程修了。博士(医学)。14年米アイオワ大麻酔科への研究留学を経て,19年より亀田総合病院麻酔科部長を務める。25年より現職。著書に『麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応』(医学書院)。
X ID:@sugiyama5525
麻酔科研修の歩き方――研修医目線のストーリーで学ぶ頻出ケースとその対応
症例ベースで麻酔科研修を追体験。特有の「思考」と「時間軸」を攻略しよう。
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