医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

心不全を軸にしたアプローチ

連載 大浦 誠

2020.10.12



ケースで学ぶマルチモビディティ

主たる慢性疾患を複数抱える患者に対して,かかわる診療科も複数となり,ケアが分断されている――。こうした場合の介入に困ったことはありませんか? 高齢者診療のキーワードであるMultimorbidity(多疾患併存)のケースに対して,家庭医療学の視点からのアプローチを学びましょう。

[第7回]心血管/腎/代謝パターン 心不全を軸にしたアプローチ

大浦 誠(南砺市民病院 総合診療科)


前回よりつづく

CASE

78歳男性。妻と2人暮らし。遠方に長男夫婦が住んでいる。50歳で高血圧症,2型糖尿病,脂質異常症,慢性腎臓病,高尿酸血症を指摘され,58歳で急性心筋梗塞を発症し,循環器内科に非弁膜症性心房細動,慢性心不全,肺気腫で通院していた。また,泌尿器科に前立腺肥大症のため通院していたが受診しなくなり,整形外科には変形性膝関節症と腰部脊柱管狭窄症で通院していた。ADLは杖歩行で,食事・更衣・排泄は自立している。要介護1でデイサービスを週2回利用している。嗜好歴は58歳まで喫煙,日本酒1合/日であった。

今回は3 kgの体重増加と労作時呼吸苦を主訴に受診した。心音聴診でⅢ音を聴取し,両下腿浮腫をみとめた。心電図では新規のST-T変化はない。肺エコーでB-lineを両側に認め,BNP 1100 pg/dLであったことから,慢性心不全の急性増悪の診断で入院された。入院時に内服薬が大量に余っていることが発覚。また高齢者総合機能評価で軽度の認知機能障害と抑うつ傾向を認めていた。

【処方薬】循環器内科でヒドロクロロチアジド,トラセミド,エナラプリル,ビソプロロール,リバーロキサバン,クロピドグレル,シタグリプチン,ロスバスタチン。整形外科でセレコキシブ,プレガバリン。


 マルモのプロブレムリストにまとめると,心血管/腎/代謝パターンが中心でした()。ポリファーマシーチェックでは,プレガバリンとセレコキシブが腎機能への影響を考えると減薬が望ましく,心理社会的問題では老老介護と服薬アドヒアランス不良が問題になっています。

 マルモのプロブレムリスト

心不全マルモにも疾患パターンがある

 心血管疾患と慢性腎臓病と貧血がお互いに悪影響を及ぼし合うという概念がcardio-renal-anemia syndrome(CRA症候群)という名で提唱されています1)。これは体液調節障害と血管内皮障害から動脈硬化が促進され,細胞外液貯留による心血管への負荷が増強するという病態生理メカニズムです。

 心不全マルモを調べたアジアの研究では,高齢者/心房細動,代謝性,若年者,虚血性,やせ型糖尿病という5つに分類されました。特にやせ型糖尿病は死亡,入院の割合が高く注意が必要です2)。本症例は,高齢者/心房細動パターンですが,他の分類とのオーバーラップを考慮し,糖尿病のコントロールや弁膜症や腎性貧血の有無が気になります。組み合わせを推定して先読みすると見落としが減ります。なおこの研究では男女比に偏りがありましたが,スペインの心不全パターン研究は男女比が均一で,女性は変性疾患,男性は代謝疾患が多いという結果もあります3)

高齢者心不全と関連する疾患・薬剤

 は高齢者心血管疾患に関わる疾患と薬剤の関連図です4)。疾患同士の相互作用(心不全,慢性腎臓病,高血圧),薬物の疾患への害(心不全とNSAIDs),薬物相互作用(CYP2C19に関係する一部のPPIとワルファリン),作用機序の競合(心不全と気管支喘息の併存する患者へのβ遮断薬)があります。また,治療で寿命延長が望めるか(末期心不全患者へのスタチン),加齢性変化の影響という問題もあります。特に認知症やうつ病,変形性関節症,がん,フレイル,消化管出血,腎性貧血の存在は心不全診療のバランスを崩します。利尿薬や降圧薬が転倒のリスクにもなるので,老年症候群を意識することも重要です。こうなってくると,臨床研究に基づくパターン別の介入方法を組み合わせるだけではうまくいきません。

 高齢者心血管疾患のmultimorbidity(文献4を筆者改変)

 心不全による入院から90日以内に潜在的有害薬物(potentially harmful drug:PHD)が処方されていた割合は11.9%であり,最も頻繁に処方された薬剤はNSAIDs(6.7%)。非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(4.7%),チアゾリジン系薬,抗不整脈薬が続くと言われ,特にCa拮抗薬はリスクの高い入院と関連していました5)。PHDを減らすことが重要です。

 処方カスケードにも注意が必要です。例えば,スタチンによる筋肉痛にNSAIDsを処方し,それによる血圧上昇に降圧薬の使用,コリンエステラーゼ阻害薬による徐脈にペースメーカーを挿入,NSAIDs誘発性の心不全への薬物療法などが挙げられます6)。NSAIDsの心血管への有害な影響には血栓症,体液貯留を伴う腎障害,高血圧,ACE阻害薬と利尿薬の治療効果との相互作用が含まれます。一方で,高齢者には本来なら必要な薬の処方が不十分な場合もあり,代表的なものには,心筋梗塞後のアスピリンおよびβ遮断薬,降圧薬,心不全によるACE阻害薬,および心原性脳塞栓症に対する抗凝固薬があります6)

心不全マルモは患者の価値観を反映させやすい疾患である

 併存疾患が多くなると,患者中心の医療に基づいたケアが必要になります。特に心不全のような慢性疾患では患者が自分の意思を伝えることができることが多いため,患者の好みや優先順位や価値観を確認することが大事です。また,多職種連携の視点も重要になります。心理社会的および認知的側面をルーチンの患者ケアに組み込むことは,より精密なフォローアップと個別化された介入につながります7)

実際のアプローチ

 バランスモデルの項目を意識しながら,四則演算(連載第5回,3383号)をしていきましょう。

【足し算】心疾患/腎/代謝パターンの中の代謝パターンあるいは心血管パターンと考え,関連しやすい糖尿病のコントロールや弁膜症,貧血の確認。Hb 8.0 g/dLの貧血があり,腎性貧血の診断で,エポエチンベータペゴルを開始。心腎貧血症候群の改善を認めた。肺気腫に対しては労作時呼吸困難が心不全介入後に改善したため軽症と判断し,インフルエンザワクチン接種と呼吸リハビリテーションのみとした。

【引き算】PHDを確認すると,セレコキシブとプレガバリンが心不全の悪化にかかわる可能性がある。大腿四頭筋訓練で膝関節痛の改善を図り,痛むときだけフェルビナク軟膏で対応した。ヒドロクロロチアジドは高尿酸血症の悪化も懸念されるためスピロノラクトンに変更した。リバーロキサバン,クロピドグレルの併用をいつまで続けるかが悩ましいところであるが,ADLが保たれているうちは継続することとなった。

【掛け算】抑うつの原因は,労作時息切れのために徐々に農作業に行けなくなり,もうやりたいことがないことが関係していた。認知症のためアドヒアランス不良であることが心不全のコントロール不良の原因であるため,内服のタイミングを工夫した。本人の薬の価値観を聞いたところ,薬は飲みたいが朝農作業に行く前に内服するのを忘れてしまっているようなので,朝食前ではなく「農作業前」に変更した。これだけのことでアドヒアランスの改善を認め,大好きだった農業ができるようになった。

【割り算】整形外科・泌尿器科と相談し,診療科を一元化することとなった。

POINT

・心不全マルモにもパターンがあり,併存疾患の推定が可能かもしれない。
・潜在的に有害な処方が入っていないか確認する。
・患者の価値観を聞くことで治療の突破口が見いだせることがある。

つづく

参考文献・URL
1)Nephrol Dial Transplant. 2003[PMID:14607993]
2)PLoS Med. 2018[PMID:29584721]
3)BMJ Open. 2019[PMID:31874886]
4)J Am Coll Cardiol. 2018[PMID:29747836]
5)ESC Heart Fail. 2020[PMID:32419388]
6)J Am Geriatr Soc. 2019[PMID:30536694]
7)Arch Gerontol Geriatr. 2020[PMID:32474170]

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