減塩の是非(今村文昭)
連載
2017.12.18
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第9話]減塩の是非
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
9月に発表された平成28年「国民健康・栄養調査」の結果(厚労省)については,糖尿病有病者数推計の1000万人到達が大きく報じられました。一方で私がもっと強調してもよいと感じたのは,「食塩摂取量の平均値」と「収縮期血圧が140 mmHg以上の者の割合」の推移についてです。これらはこの10年間でみると有意に減少しており,良い傾向と思います。しかし,減塩のエビデンスを見ていくと,良い影響ばかりとも言い切れない,難しい側面もあります。
近年,尿へのナトリウム(Na)排出量が少なすぎると総死亡率などのリスクが高い傾向にあることが報告されています(図)。尿へのNa排出量はNa摂取量と強く相関するため,Na排出量と死亡リスクに「U字の関係」があると主張するこの報告は,減塩の是非についての議論を呼んでいます。
図 1日のNa排出量推定と総死亡率との関係 |
*Lancet. 2016[PMID:27216139]より作成。多変量回帰分析による(N=133,118)。循環器系疾患に着目しても同様の結果が得られている。 †日本人のNa排出量分布はBr J Nutr. 2014[PMID:25111316]から概算。なお, Na量を2.54倍したものが食塩相当量とされる。 |
この報告に関する日本の医療者向けの記事からは,「Na排出量が少ない人は何らかの疾患を抱えていることが多いため,死亡率が高く見えている」と解釈している人が多い印象を受けます。私もその「因果の逆転」を最初は疑いました。しかし,当該論文の著者らは,健常者に限った解析や追跡開始から数年の間に罹患した人を除外した解析でも同様の結果を記しており(Lancet. 2016[PMID:27216139]),残念ながら因果の逆転は根拠の弱い反論と言わざるを得ません。
Na摂取量・排出量に着目したメタ解析では,脳卒中リスクなどと正の関係を示すものもあるものの(BMJ. 2013[PMID:23558163],Lancet. 2011[PMID:21803192]),先の論文が主張する「U字の関係」の根拠は乏しいままです。減塩の是非については,医学界でも問題提起されているのが現状です(N Engl J Med. 2016[PMID:27974027],Lancet. 2016[PMID:27216140])。
さまざまな生活環境因子の死亡率に対する重要性を比較した研究では,Na高摂取は他の因子に比べても重要と推定されています(JAMA. 2017[PMID:28267855],Lancet. 2017[PMID:28734670])。しかし(私もJAMAの論文の共著者ながら)それらの推定は,Na摂取量と血圧との関係,血圧と疾患リスクとの関係から導かれたものが主である点,「U字の関係」の可能性が考慮されていない点で問題があります。あくまで多くの前提に基づいた推定の域を出ません。
日本人に減塩を推奨するのは,高血圧や胃がん予防として的を射ており,その推奨を改めるべきとは思いません。しかし,既存のエビデンスに基づけば,全ての人に減塩が必須と断言もできません(日本人のNa排出量は図を参照)。医療の専門家の方々にはぜひ,減塩については「検討の余地あり」と頭の片隅に入れてほしいと感じています。臨床において一人一人の患者に応じる際は,既往歴,日頃の高Naの食品摂取量などを把握した上で,改善すべき他の生活習慣とともに減塩の必要性を考えることを第一歩とするのが妥当でしょう。減塩の実践とその効果について,引き続き日本由来の強いエビデンスを期待しています。
(つづく)
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