医学界新聞

連載

2011.08.08

連載
臨床医学航海術

第67回

気力と体力

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は疾風怒濤の海。この大海原を安全に航海するためには卓越した航海術が必要となる。本連載では,この臨床医学航海術の土台となる「人間としての基礎的技能」を示すことにする。もっとも,これらの技能は,臨床医学に限らず人生という大海原の航海術なのかもしれないが……。


 前回と前々回は,人間としての基礎的技能の第7番目「論理的思考能力-考える」と第8番目「芸術的感性-感じる」の2つについて考えた。よりよく生きるために,「考える」ことと「感じる」ことが必要なことがわかった。

 今回は,人間としての基礎的技能の第9番目である「体力」について考える。しかし,執筆に当たり「体力」だけでなく,「気力」も大切であることに気付いたので,タイトルを「気力と体力」に変更して考えたい。

 人間としての基礎的技能
(1)読解力-読む
(2)記述力-書く
(3)視覚認識力-みる
(4)聴覚理解力-きく
(5)言語発表力-話す,プレゼンテーション力
(6)英語力-外国語力
(7)論理的思考能力-考える
(8)芸術的感性-感じる
(9)気力と体力
(10)生活力
(11)IT力
(12)心

気力と体力

 「医師の仕事は肉体労働である」とよく言われる。確かに医師の仕事には肉体労働が多い。採血・点滴やその他の手技から始まって,患者の搬送などとかく肉体労働が付きまとう。医師がこのような肉体労働から解放されるのはかなり上の地位になってからである。

 また,勤務時間も長い。通常業務に加えて当直がある。当直がなくても,自分の患者の状態が悪ければ,状態が落ち着くまで残業をすることはもはや当たり前になっている。患者の状態がすぐに落ち着けばよいのだが,病態によっては数日落ち着かないということもしばしばある。

 こんなときに医師の職業とは「格闘技」であると思う。患者と共に病魔と格闘するのだ。この病魔との「格闘技」で思うのは,患者自身の気力と体力も大切だが,医師の気力と体力も重要であるということである。この格闘技は,患者が改善するか死亡するまで続き,実際のスポーツとは異なって一定の制限時間がない。勝負がつくまで試合は続くのである。その間,睡眠時間が確保できないこともあるし,食事や入浴をできるかどうかの保証はない。まさに気力と体力の勝負なのだ。

 病魔に苛まれる患者を救うことは,ちょうど崖から落ちかかって手でぶら下がっている人を救出することに似ている。医師は,その崖の上から落ちかけている人の手を握って引っ張り上げるのである。このとき,医師の体力がなく患者を持ち上げきれないと,患者は目の前で崖の下に落ちることになる。生死をさまよう患者を治療したことがある医師ならば,このような痛切な想いを抱きながら治療に臨んだ経験があると思う。

 生死をさまよう患者の治療に限らずとも,通常の診療においても気力と体力は求められる。第63回では,外国語学習における質と量に関連して,基本的臨床能力の体得にも質と量が重要なことを述べた。そして体得のためには,年間最低1000症例を集中的にこなす必要があることも述べた。この「医療版1000本ノック」とも言える症例の質と量...

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