大学病院が直面する危機
対談・座談会 相良 博典,大鳥 精司
2025.03.11 医学界新聞:第3571号より

2024年10月,国立大学病院長会議(NUHC)が発表した2024年度収支見込みでは,全国42の国立大学病院のうち32施設が赤字を見込み,国立大学病院全体での赤字額は250億円以上に上ることが明らかになった(図1)1)。
背景には物価高騰や人件費の上昇による支出増があり,国立大学病院の存続そのものが危ぶまれる状況にある。また大学病院全体に目を向けても同様の状況を呈しており,早急な対応策が求められている。
大学病院の経営難により生じる問題とその打開策について,NUHC会長の大鳥氏と,全国医学部長病院長会議(AJMC)の会長を務める相良氏が語った。

全体42の国立大学病院のうち,32の施設が収支マイナスの見込み(赤字は計281億円)。国立大学病院全体ではマイナス254億円の収支見込み。大学本部からの支援等は含まれていない。
相良 私は昭和大学病院の病院長を務める傍らで,全国の国立・私立大学の医学部長(医科大学長),大学病院長を会員とする全国医学部長病院長会議(AJMC)の会長を昨年から拝命しています。大鳥先生とは大学病院運営に関連するさまざまな会議でお会いしていますが,こうしてじっくりお話しできる機会はなかなかありませんでしたのでうれしいです。
大鳥 こちらこそ,このような機会は光栄です。私も昨年から千葉大学病院病院長,ならびに国立大学病院長会議(NUHC)の会長に就任しました。本日はそれぞれが院長を務める病院の個別事情はもちろん,国立と私立の違いという切り口や,おのおのが会長を務める病院長会議での情報を踏まえた,より全体的な視点での議論をできれば幸いです。
アフターコロナの大学病院
相良 国立大学病院の多くが赤字であるように(図1)1),大学病院経営の危機を語る上で,コロナ禍の影響は避けて通れません。AJMCの調査によれば,大学病院における2020年度の外来の初診患者数は対前年度比で約16%減りました2)。現在も,コロナ禍前の患者数には届いていません。入院患者数も同様に減少しており,どの大学病院も外来・病床の稼働率を上げるために試行錯誤していることと思います。
大鳥 病床稼働率の低下は深刻です。当院はもともと850床を有しているものの,全てを開放していても稼働率は低く,採算もとれないことから,現在は1フロア分の病棟を閉鎖し計805床で運営しています。
相良 外来と入院による収入が減少する一方で,外科の先生方の頑張りもあり,手術件数だけはどうにかコロナ禍前に迫る回復の兆しを見せています。しかし今後は働き方改革の影響もあり,思うように伸びていくかはわからないのが正直なところです。
大鳥 また,COVID-19の感染症法上の位置付けが5類に移行したことにより,病床確保料などの国からの補助金は一律にカットされてしまいました。経営的にダメージを受けている病院は多いはずです。
相良 5類へ移行したとはいえ,高度急性期医療を担う医療機関やその他の特定機能病院では,COVID-19感染者が出れば2類相当の感染症と同等の対応を取らねばならない現状があります。ゾーニングや患者の受け入れ制限は収益面のマイナスだけでなく医療従事者の負担増加にもつながりますので,この状況を問題視しています。
高度な医療を提供するほど赤字が膨らむいびつな構造
大鳥 ここ数年の傾向として,現場や経営層のさまざまな努力により営業収入自体はなんとか増加している大学病院は少なくありません。しかし,大半の病院は支出増加が収入増加を大きく上回るせいで,結果的に増収減益による赤字に陥っています。支出増加の根幹にあるのは諸経費の深刻な高騰です。NUHCの調査では2024年度の医療費や光熱水費,人件費などは軒並み昨年度を大きく上回りました(図2)1)。

数値は42国立大学病院の合計を示す。医療の高度化に伴い高額な医薬品,材料の使用料増により医療費が増加した。またエネルギー価格高騰により光熱水費も増加し,働き方改革,人事院勧告の影響で人件費が増加した。さらに,業務委託費や老朽化が進む施設への投資による経費も物価高騰に伴い増加している。
相良 物価の高騰により建設費や業務委託費が増加したことで,老朽化が進む施設の建て替えや設備投資も思うように進められなくなってきています。建設予定だった病院や関連施設も,想定の倍以上に予算が膨らんでしまい計画そのものが中止に追い込まれた話も耳にするようになりました。そうしたケースは今後も増えていくでしょう。
大鳥 支出の中でも大学病院にとって特に由々しき問題と感じているのは,医療費の部分です。医療の高度化に伴い,医薬品の費用や機器の維持費は増加の一途をたどっています。患者のためにハイレベルな医療を提供しようとすればするほど医療費がかさみ,マイナスが膨らんでしまう。大学病院に求められる医療水準を考えると,こうしたいびつとも言える状況には疑問を感じざるを得ません。このまま状況が改善されず赤字が続けば,倒産する大学病院が数年以内に出てきてもおかしくありません。附属病院を有する大学にとっては病院の収益が法人全体に占める割合が5割以上であることも珍しくないです。恒常的に赤字を生み出してしまう構造的な問題は,病院だけではなく,日本の大学法人経営といったさらに大きな枠で憂慮すべきテーマだと考えます。
相良 同感です。大学法人という観点では,総合大学であれば病院以外の収益源も確保できる手立てがあるものの,医科の単科大学はそうした手立てもないためにさらに厳しい状況にあると想像します。かと言って,赤字が膨らんだ大学病院が医療費を抑えるために高度医療の提供を控えてしまえば,最終的には国民の健康にとって不利益が生じることになります。高度医療の提供を健全に続けられるだけの環境整備は,日本全体にとっても喫緊の課題です。
臨床偏重により失われるアカデミアとしての魅力
相良 国立の大学病院は,運営費交付金という形で運営費の約25%近くを国からサポートしてもらっています。私立の場合は経常費補助金がこれに近いですが,こ...
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相良 博典(さがら・ひろのり)氏 昭和大学病院 病院長 / 全国医学部長病院長会議 会長
1993年獨協医大大学院医学系研究科修了。同年に英サザンプトン大留学。2009年4月より獨協医大越谷病院 呼吸器内科主任教授を務めたのち,13年に昭和大医学部内科学講座・呼吸器アレルギー内科学部門の主任教授に就任。17年より,同大病院内科学講座主任・副院長を務める。20年4月より現職。24年から全国医学部長病院長会議の会長を務める。

大鳥 精司(おおとり・せいじ)氏 千葉大学病院 病院長 / 国立大学病院長会議 会長
1994年千葉大医学部卒。2001年同大大学院修了。博士(医学)。02年米カリフォルニア大サンディエゴ校に留学。03年から千葉大大学院医学研究院整形外科学にて助教を務め,16年教授に就任。18年同大大学院医学研究院副研究院長,同大病院・浦安リハビリステーション教育センター長を兼任。24年より現職および国立大学病院長会議の会長を務める。
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