• HOME
  • 医学界新聞
  • 記事一覧
  • 2025年
  • 能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続(中久木 康一,長谷 剛志)

医学界新聞

寄稿 中久木 康一,長谷 剛志

2025.04.08 医学界新聞:第3572号より

 災害時には多様な保健医療支援活動が行われる。医療救護というよりも生活支援に近い健康維持活動もある。歯科においては,地域の歯科診療所が再開するまでは除痛や咀嚼の回復のための応急歯科診療支援も行うが,同時に,過去の大規模震災において災害関連死の3割近くを占めてきた肺炎を予防するための歯科保健活動も行われる。口腔衛生を維持する口腔ケア・用品の提供や指導は歯科疾患や誤嚥性肺炎の予防を,そして口腔機能を維持する口腔健康体操はオーラルフレイルの予防や適切な栄養摂取を通じた健康の維持を目的としている(図1)。2024年能登半島地震後の対応においては,JDAT(Japan Dental Alliance Team:日本災害歯科支援チーム)の派遣による被災地での歯科保健活動を中心とした支援は1月中旬から3月中旬にかけて行われ,歯科診療支援や1.5次避難所支援は4月末まで継続された。

3572_0503.png
図1 災害時の口腔健康管理/口腔機能管理

 被災後のインフラが整わない生活は,誰しもが体調を崩しやすくなる。普段から医療やケアを受けていた高齢者や有病者・障害者などの災害時要配慮者が,被災によって医療やケアを受け続けられなければ体調管理は困難となる。逆に言えば,被災時に地域における医療やケアの提供体制がなるべく落ちないようにする対策とともに,被災時にどう補うのかという検討や準備がなければ,災害関連疾病の発症は防ぎ得ない。また,被災に特徴的な健康課題もあり,これらに地域で対応するには,普段からの健康支援における多職種連携が成り立っていることが肝要である。そのようなネットワークがあって初めて,外部からの支援も効率的に活用できると考える。

 こうした背景から,日本災害医学会では2023年より“災害時「食べる」連携委員会”を立ち上げ,地域において多職種による災害時の「食べる」支援の連携を構築するための研修会を試行している。

(執筆:中久木)

 能登半島の付け根とも言える石川県七尾市に位置する公立能登総合病院歯科口腔外科には,発災後,さまざまな口腔症状を訴える被災者が受診した。なかでも,口渇(口腔乾燥)と口内炎を訴える患者数は震災前の同時期と比較して顕著に増加した(図2)。口渇は発災後2か月間で64人(男性25人,女性39人)が受診し,過去2年間の同時期と比較すると約6倍となった。これは,震災による極度の緊張や長期間(約3か月間)続いた断水のストレスと余震の緊張により誘発されたものと考える。

広告
3572_0504.png
図2 能登半島地震後に増加した口腔の主訴
公立能登総合病院歯科口腔外科における1月1日~2月29日の2か月間の受診数。

 加えて,ストレスにより急激にビタミンB群が消耗するため,口内炎を訴える患者数も例年の同時期と比較して約2倍(29人:男性9人,女性20人)となった。いずれの所見も年齢はおおむね40~60歳代に集中していた。倒壊した自宅の修繕や引っ越し,子供の教育,親の問題,生業の再建など,震災後の生活に対する不安やストレスを最も受けたのは,責任世代とも言われる中年層であったと推察される。さらに,インスタント麺や菓子パンなど加工食品を中心とした食事が連日続き,食欲が減退する傾向にあったと考える。そして,被災者の口渇や口内炎により口腔環境が悪化したこと,ストレスにより消化管の蠕動運動が抑制されたことが「食べる力」の低下要因として被災後の食生活に影響を及ぼし,便秘や脱水,低栄養につながるケースも見られた。

 一方,長期化する断水の影響により十分に口腔ケアをできない状況が続いた。断水による節水意識から生活の中でも歯磨きの優先度が低下し,特に高齢者を中心に誤嚥性肺炎の増加が懸念された。実際に,誤嚥性肺炎と診断され,当科に口腔ケア依頼となった患者数は発災後2週間で新規19人(例年の約3倍)に上った。そのうち,断水のため口腔ケア未実施期間が1週間以上続いていた患者が19人中7人存在した。

 水の確保には苦慮したが,入院患者193人(発災当時)の口腔ケアに関しては院内にある非常用備蓄水の使用優先順位を上げてもらい,栄養管理とともに積極的に取り組むことができた。これは,平時より院内活動の一環として多職種で構成される摂食機能療法委員会,NST(栄養サポートチーム)や食支援プロジェクトチームの意識の高さと「周術期等口腔機能管理」の徹底が病棟で周知されていた証しと考える。とはいえ,限られた備蓄水の中で口腔ケアを継続するには,先々を考えて工夫が必要であった。そこで,歯科医師と歯科衛生士が手分けして各病棟の看護師に口腔清拭シートや希釈不要の含嗽剤,保湿剤を併用し,なるべく水を節約する方法を指導しながら入院患者の口腔ケアに従事した。

 避難所から徐々に仮設住宅へと被災者の移行が始まった震災4か月後より,医療的専門チームとは別に,口腔管理と食事,運動を一体とした活動を展開した。災害サイクルの急性期にみられた前述の口腔衛生環境の変化のみならず,平時に比べ質の低下した食生活によって経時的に口腔機能の低下が懸念されたからである。これを総合的に評価して活動するには多職種で多角的に議論できるチーム編成が必要となる。

 そこで,被災地域の仮設住宅において新たなコミュニティが構築される中,能登地域の歯科医師,歯科衛生士,管理栄養士,言語聴覚士,看護師,臨床検査技師ら多職種で構成されたボランティア食支援チーム「食力の会」が中心となって仮設住宅を巡回することとなった。「食力の会」は,私が代表として2011年に発足し,平時より地域の摂食嚥下障害を抱えた患者の診療連携をはじめ,食生活の改善やフレイル予防にも精力的に取り組んでいる。

 七尾市,志賀町,輪島市の仮設住宅を訪ね,協力の得られた被災者163人を対象として食事に関する聞き取り調査を行ったところ,144人(88%)が仮設住宅での食生活に不自由を感じていた。理由として上位より順に,調理しにくい,食材を保管する場所がない,コンビニやスーパーの総菜で済ませることが多い,食が細くなったと続き,中には買い物難民となっている人もみられた(図3)。このように食事環境の問題から食事内容も単調になりがちで,麺類やレトルト食品など手軽に調理できる食品に偏っている被災者も多い。

3572_0505.png
図3 仮設住宅での「食生活」で震災前と比べて変化したこと
アンケート実施期間:2024年7月1日~10月1日の3か月間。七尾市・志賀町・輪島市内の仮設住宅で生活する被災者163人を対象に実施され,食生活に不自由を感じていたのは144人だった。

 口腔機能を評価したところ,咀嚼力や口腔粘膜湿潤度,舌圧が低下しているケースもみられ,現在,「食力の会」と石川県歯科医師会や歯科衛生士会,栄養士会が協同し,仮設住宅を巡回して集いの場を定期的に企画し,口腔機能と食事(栄養)・運動について講話や体操教室,栄養補助食品を提供している。

 今後も,復興に向けて変化していく地域の状況に合わせつつ,継続していきたい。

(執筆:長谷)


3572_0502.jpg

東北大学大学院歯学研究科災害・環境歯学研究センター 特任講師

1998年東京医歯大(当時)歯学部卒。2002年同大大学院修了。06年同大大学院医歯学総合研究科顎顔面外科学分野助教等を経て,24年より現職。04年の新潟県中越地震より災害支援にかかわり,06年より厚労科研などで災害時の歯科保健医療支援体制の構築に携わる。日本歯科医師会等とともに全国統一した体制や研修の構築,日本災害医学会では「食べる」支援の連携研修会を進めている。

3572_0501.jpg

公立能登総合病院歯科口腔外科 部長

2001年北海道医療大歯学部卒。06年金沢大大学院医学系研究科修了。09年公立能登総合病院歯科口腔外科医長等を経て,15年より現職。口腔外科専門医である傍ら,摂食嚥下診療をはじめ地域の食支援活動や訪問診療にも従事する。特に,代表を務める「食力の会」では,「かにやしろえびノート」や「食形態マップ」を作成し,病院と高齢者施設・居宅を一体とした食支援の展開を行っている。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook