医学界新聞


「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく

対談・座談会 三原 弘,亀井 誠二,高山 祐一,亀田 徹

2025.04.08 医学界新聞:第3572号より

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 突然発症の腹痛,いわゆる急性腹症を訴える患者に遭遇することは珍しくありません。その原因・症状は多岐にわたるものの,中には重篤な疾患が隠れている場合もあり,迅速かつ的確な診断と対応が求められることから,苦手意識を持つ医師も少なくないはずです。

 8つの学会()が協働して急性腹症の診療の基準を示した『急性腹症診療ガイドライン2025 第2版』(医学書院)の発行に当たり,本紙では改訂委員会のメンバーによる座談会を企画。改訂のポイントから急性腹症診療における科学的知見の発展までを幅広く語り合いました。

三原 『急性腹症診療ガイドライン2025 第2版1)は8つの関連学会()から専門家が集結し,豊富な知見から内容がアップデートされました。私は日本腹部救急医学会から参加し改訂委員会の委員長を務めました。本日は改訂委員会のメンバーから同じく日本腹部救急医学会の高山先生,日本超音波医学会の亀田先生,日本医学放射線学会の亀井先生にお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。

三原 初版となる『急性腹症診療ガイドライン』が刊行されてから10年が経過し,ようやく改訂の運びとなりました。この間,急性腹症診療にはどのような変化があったのでしょうか。まずは外科の観点から伺えますか。

高山 画像診断技術の進化は特筆すべきでしょう。CTやMRIの診断精度が飛躍的に向上したことで,従来は手術しか選択肢がなかった病態の患者に対しても保存的治療で改善を図れるケースが増えました。より侵襲度の低い治療で対応できるようになってきたことは,患者にとってもメリットが大きいと感じています。

亀田 画像診断技術という点では,超音波診断,特にベッドサイドで行われるpoint-of-care超音波(POCUS)の概念がここ数年で普及してきました。私自身,救急医として活動する中で超音波診療の有用性に注目し,2000年代初頭からERやICUでの超音波活用に取り組んできました。当時は急性期診療で超音波検査に関心を持つ医師は限られ,もどかしさも感じていましたが,2011年にThe New England Journal of Medicine(NEJM)でPOCUSが取り上げられた2)のを契機に国内でも広まり始め,現在では急性腹症診療での超音波活用法をレクチャーする機会も増えました。しかし研修医の超音波検査の実施率は依然として低いままですので,今後さらなる普及に努めていきたい所存です。

亀井 超音波検査が普及しきっていない背景には,CT,特にマルチスライスCTがこの10年で急速に広まった影響があるのかもしれません。一方で,あまりにも安易にCTが行われすぎている状況も招いています。亀田先生がおっしゃるように今後は超音波検査の教育にも注力していくべきでしょう。

 また画像診断に関連して付け加えると,せっかくCT,MRIが撮影されても,夜間・休日などの時間外だった場合,画像診断専門医による読影が行われず,ときには重篤な疾患が見落とされている,という事態は10年前と変わらず見受けられます。急性腹症診療をアップデートしていくには,こうした課題にも向き合っていかなくてはなりません。

三原 ガイドライン改訂の話題にも触れていきたいと思います。今回,初版制作に携わった5つの学会に加えて,新たに日本病院総合診療医学会,日本超音波医学会,日本超音波検査学会を迎え,計8学会で知見を共有し合いながら改訂作業を進めました。3学会が加わったことの意義を,皆さんはどうとらえていますか。

亀田 今回から日本病院総合診療医学会が加わったことで,急性腹症をジェネラルに分析する視点がより強化されたことは間違いないでしょう。疾患名の診断がついていない中で臨床推論を働かせて必要な検査を検討し,治療までの見通しを立てていく役割は本領域で欠かせません。

亀井 そうですね。今回のガイドライン改訂のように救急診療が絡む標準化の議論に当たっては,各領域の専門家だけではどうしても議論が偏ってしまう可能性があります。最近は専門化が進みすぎてそのリスクがより顕著になっていると感じるので,総合診療のように横断的な考え方を持つ医師がますます求められていくでしょう。

高山 新たに加わっていただいた3学会は外科の立場では普段なかなかかかわる機会がないので,そうした先生方と急性腹症診療について議論できた経験自体も貴重でした。日本産科婦人科学会の先生と超音波関連の先生方が経腹・経腟エコーの議論をされていたのも印象に残っています。個人的には,亀田先生が先ほど触れていたPOCUSの有用性を学べたことが意義深かったです。日本超音波医学会,日本超音波検査学会が加わったことで本ガイドラインには超音波検査に関する記述が充実しましたし,超音波検査よりどうしてもCT検査ファーストになりがちな自施設にも,今回得た知見を還元したいとの思いがあります。

三原 確かに,複数の診療科の医師が急性腹症診療に関して侃々諤々と議論している場面は普段なかなか見られませんので,ガイドラインの制作過程を通じてそうした交流の場ができたのも印象的ですね。いい意味で刺激を受けた委員は多いでしょうし,ガイドラインもより多角的な視点を踏まえた内容になったとの自負もあります。

三原 今回の改訂において,思い入れのあるアップデート点があればぜひお聞かせください。

高山 腸閉塞とイレウスに関連する用語の整理ですね(2)。今回は厳密にそれぞれを区別しました。例えば絞扼性イレウスを絞扼性腸閉塞症にするなど,具体的なレベルにまで言及して個々の用語を定義しました。保険病名が変わっていないために日本では学会発表や論文,教科書などにもイレウスという表現が根強く残っていますが,こうしたガイドラインからの提言などを積み重ねて見直されていくことが大事だと思います。また虫垂炎についても,国内ではカタル性,蜂窩織炎性,壊疽性と分類されてきましたが,これらはあくまでも組織学的な分類でしたので,今回は海外に準じて臨床的な視点に立脚し,単純性,複雑性,汎発性腹膜炎という分類を採用しました。診断だけでなく治療法にも直結する,より臨床的なガイドラインになったと感じています。

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表 腸閉塞症とイレウス関連の用語の整理(『急性腹症診療ガイドライン2025 第2版』,29頁より)

亀井 画像検査の項目も,より臨床的な視点に立ったアップデートがなされました。初版のクリニカルクエスチョンは「単純CTが有用な疾患は」「造影CTはどのような場合に撮像するか」のように比較的ざっくりとした内容のものもありましたが,そもそも急性腹症患者に対して単純CTを行うことは意義があるのか,あるいはどういう場合に造影CTを追加すべきなのかといったように,より現場の視点に即したものになるように意識しました。

亀田 救急医療に長年従事してきた身としては,単純CTと造影CTに関する考え方が現場に即したプラクティカルな視点で示されたことをありがたく感じています。例えば急性虫垂炎を疑った場合は単純CTだけで良いのか否か。あるいは尿管結石を疑う場合はどうか。こうした臨床に生きる判断基準を示せたことは現場の医療者にとって意義が大きいでしょう。

三原 画像検査の項目に関しては,NEJMで「急性腹症には造影CTが第一選択だ」と主張する論文が発表されたことも記憶に新しいです3, 4)。この点についてはどのように考えていますか。

亀井 ほとんどの疾患で,造影CTを撮影したほうが情報量が多いのは間違いありません。しかし,急性腹症と一口に言っても重症度には幅があり,単純CTで診断が可能な症例もあることから,状況によっては過剰な検査になります。上述の論文では単純CTのみの場合に見落としが30%増えるとの指摘がありましたが,見落とされた疾患はほとんどが重篤なものでなく,緊急性も低いものが中心だったため,必ずしも造影CTが必須ということにはならないでしょう。超音波の活用も含め,侵襲の少ない検査から段階を踏んでいくというのがやはり重要なのだと思います。

亀田 私は本日のメンバーの中で唯一初版の制作にはかかわっていませんが,今回参画させていただいて,POCUSの概念をガイドラインに盛り込んだことが1つ大きくアップデートされた点だと考えています。これから救急診療,急性腹症に携わる医師が,どのように超音波検査を実施するかを学ぶ際のスタンダードを示せたはずです。このガイドラインを通じてPOCUSがますます広まっていくのではとの期待も持っています。

 一方で先ほども触れましたが,普及のための教育体制の拡充にはまだ課題が多いです。今回のガイドラインでは,POCUSにおいて臨床医が超音波検査の専門家と同等の能力を得るには各部位50例程度の経験を積むことが必要であることを示しました。50例は最初の段階としては適切な数字なのですが,海外ではコンピテンシーにより重きを置いて評価すべきとの考え方も出てきているので,今後国内で議論していかなくてはならないと考えています。

高山 患者数や指導方法の差異などは当然施設ごとにばらつきがありますから,50例をどう経験させるのか,あるいは超音波検査をどう指導していくかについても継続的に考えていかねばなりませんね。外科医は使用場面が限られる部分もありますが,例えば胆嚢炎ではCTだけで壁肥厚を診断して,超音波検査をしないケースを時々見かけます。ですが陰性胆石の可能性は常に考慮しなくてはなりませんので,救急では必ずCTに加えて超音波検査も実施して診断することを常々教育しています。

亀井 若い医師は超音波検査に対して難しく考えすぎないでほしいとの思いがあります。検査の順番も必ずしも超音波が先でなくてもいいと思います。例えば,CT検査で胆石が見つかったらそれを超音波検査で確認するだけでも,技術の習熟につながると思います。また保存的治療のために入院した患者さんの回診の際に通常の診察だけではなく超音波を当てることで,腹水の増加など病態の悪化を疑う変化に気づき外科的介入につながる可能性もあるはずです。超音波検査だけで全てを診断するのではなく,診療の一助ととらえて積極的に活用してほしいです。

三原 確かに,私自身も超音波検査だけで診断することはないものの,超音波をまず当てることによって疾患の方向性を含めその後の見立てをある程度描くことが多いです。その後CTを撮るにしても,他科にコンサルトしたほうがよさそうか,あるいは帰してよい疾患なのかについて見通しを持って超音波検査をすることで,診療にかかる全体の時間を短縮できるかもしれないとも感じます。

亀田 特に若い人は超音波検査の技術が上達すればうれしいでしょうし,使用機会がますます増えるツールだと思います。一方で,疾患の見逃しリスクや,超音波検査をやることでさらに次の検査が増えるかもしれない懸念もあるでしょう。今後教育を進めていく上では,病歴聴取や身体所見,血液検査,CT検査等も含めて,一連の臨床推論の中に超音波検査をどのように位置付けるかを明確化し,共有していくことが必要なのかもしれません。

三原 第2版では急性腹症診療における地域連携の部分を十分に深掘りできなかったため,次回改訂までの宿題ととらえています。

高山 医療機関同士の連携は今後ますます求められてきますが,現状はまだまだです。特にプライマリ・ケア医が急性腹症の患者さんを診察した場合,専門医や救急医との連携が不可欠になるものの,プライマリ・ケア医側が連携を主導することはなかなか荷が重いはずです。そういう意味では連携先の病院がイニシアチブを取るほうが進みやすいでしょうから,日本病院総合診療医学会からの知見も得ながらガイドラインとして有意義な提言ができるよう検討を進めていきたいですね。

亀田 同感です。また,地域連携を強化するには医療機関同士の情報共有が不可欠であり,IT技術を活用した情報共有の仕組みづくりが重要だと考えています。具体的には電子カルテの共有や地域医療連携システムの活用です。急性腹症に関しては画像診断に関する情報も重要な共有事項だと考えます。過去の画像を容易に閲覧・共有できるシステムが整えば,現場の医療従事者の負担も大きく減るでしょう。

亀井 画像診断に関連して言えば,放射線診断医の数が全国的に足りていないことが,地域連携を進める上でも大きな懸念点です。今後も救急医やプライマリ・ケア医,総合診療医が自分たちで暫定的に読影せざるを得ない状況が続くでしょう。研修医の段階から読影法をしっかりと教育して全体のスキルを底上げしていくことが,地域全体として急性腹症の診療体制を盤石にするために不可欠と言えます。

三原 改訂委員会の関連学会をはじめさまざまな知見を共有し合いながら,長い目で見て環境を整えていきたいですね。本日はありがとうございました。

(了)


:2015年に発刊された初版の作成には日本腹部救急医学会,日本医学放射線学会,日本プライマリ・ケア連合学会,日本産科婦人科学会,日本血管外科学会の計5学会が携わった。今回の第2版改訂出版委員会には新たに日本病院総合診療医学会,日本超音波医学会,日本超音波検査学会を関連学会として迎え,計8学会が協働して改訂に取り組んだ。

1)急性腹症診療ガイドライン2025 改訂出版委員会(編).急性腹症診療ガイドライン2025第2版.医学書院;2025.
2)N Engl J Med. 2011[PMID:21345104]
3)N Engl J Med. 2024[PMID:38959482]
4)JAMA Surg. 2023[PMID:37133836]

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札幌医科大学医療人育成センター 教育開発研究部門 准教授 / 総合診療医学講座

2002年富山医薬大(当時)卒。同大内科学第三講座(消化器内科)入局。08年生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理研究部門に国内留学。15年富山大医学部医学教育センター助教。21年同大医師キャリアパス創造センター副センター長。22年9月から現職。急性腹症診療ガイドライン2025改訂出版委員会では委員長を務めた。

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JA愛知厚生連海南病院 放射線診断科代表部長

1994年徳島大医学部卒。2001年より愛知医大放射線科。14年から現職。放射線科専門医,日本医学放射線学会診断専門医,日本IVR学会専門医,腹部救急認定医・教育医。第44回日本腹部救急医学会総会イメージ・インタープリテーション・セッションでは最優秀賞を受賞。

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大垣市民病院外科部長

1995年名大医学部卒。同大腫瘍外科学教室に入局。日赤愛知医療センター名古屋第一病院,名古屋第二病院などで勤務したのち,2010年7月から大垣市民病院にて勤務。20年4月から現職。年間全身麻酔手術約1600件,うち緊急手術約500件を統括する。『Acute Care Surgery認定外科医テキスト』(へるす出版)など書籍の執筆も手掛ける。

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済生会宇都宮病院 超音波診断科主任診療科長

1996年北大医学部卒。救急・集中治療・超音波検査の研修後,超音波検査をサブスペシャリティとして救急医療に長年従事。日本超音波医学会指導医,日本救急医学会指導医,日本ポイントオブケア超音波学会代表理事。『救急超音波診療ガイド』『レジデントのための腹部エコーの鉄則』(いずれも医学書院)など編著書多数。

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