伝わる!同意書説明の4ステップ
[第2回] 輸血同意書の読み合わせ
連載 三谷 雄己,中島 仁
2025.12.09 医学界新聞:第3580号より
CASE
上級医 診断は上部消化管出血で,状態はかなり悪い。内視鏡止血の準備が整ったらすぐ処置に入ろう。悪いけど,輸血同意書の説明は君に任せるよ! とりあえず説明書を順に音読すればいいから!
研修医 (緊急搬送と緊急処置で家族も動揺しているから対応できるかな……)
~説明場面への転換~
研修医 そ,それでは輸血同意書のご説明をいたします。
家 族 ちょっと待ってください。今すぐ輸血しないと夫は危ないんですか?
研修医 は,はい。そうですね。輸血の主な副作用としては~
患 者 副作用ってそんなに頻度が高いんですか? 危険な治療なんですか?
研修医 と,とにかく緊急ですので,こちらに署名を……。
安全性と副作用を理解する
緊急輸血が必要になる代表的な症例としては,今回のCASEのような急性の出血が挙げられます。なぜなら多量の失血により循環動態が破綻し,ショックに至るリスクもあるため,迅速な止血術と合わせて輸血製剤の投与が必要となるからです1)。輸血療法の実施においては,正しく輸血製剤のリスクとベネフィットを患者さん,もしくはそのご家族に伝えることが重要となります。今回は輸血製剤の中でも特に赤血球輸血を中心に,背景知識として知っておくべき安全性の根拠と副作用についてまずは理解しましょう。
輸血製剤を投与する際は,患者さんの血液検体と,輸血製剤のABO・Rh型が一致しているか確認します。この適合確認は,ABO・Rh型判定と交差試験が基本です。緊急時はO型Rh(-)を使用する場合がありますが,交差試験の結果が判明次第速やかに適合血へ切り替えます。このような対応をするため,輸血製剤の不適合による重篤な副作用が起こることはまれです。
副作用に関して患者さんから質問されることが多いのは,輸血に関連した感染症についてです。日本赤十字社は,献血血液に対してNAT(核酸増幅検査)などの高感度なウイルス検査を実施しており,輸血製剤によるB型肝炎ウイルス(HBV)感染は250万件当たり1件程度,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)・C型肝炎ウイルス(HCV)感染も近年は発生していないと報告しています2)。その他の副作用としては軽度な発熱・アレルギーなどの症状が多く,重大な合併症として輸血関連急性肺障害(TRALI)や輸液関連循環負荷(TACO)などがありますが,いずれも低頻度です。また重篤な溶血性反応は50万件当たり1件程度とされています。客観的な頻度を正確に伝えることで,輸液療法に対して過剰な心配をする必要はないことをしっかりと伝えましょう(表1)。
緊急輸血が必要な状況において,公的救済については質問された際に伝える程度で良いかもしれませんが,適正使用下で重篤な健康被害が万一生じた場合は,生物由来製品感染等被害救済制度があり,給付対象となることも把握しておきましょう。
さらに治療の同意書説明においては,代替案を伝えることも必要です。輸血製剤投与の代替策として輸血回避薬(例:トラネキサム酸)や自己血輸血がありますが,今回のような消化管関連の急性大量出血では,輸血に勝る有益性は認められていません3)。また,もしも宗教的理由(例:エホバの証人)で輸血を拒む可能性がある場合は,代替治療の可否と救命優先時の対応方針を事前に共有しておきます4)。
“伝わる”ための4ステップ
ステップ1. 相手の立場に立つ
突然の出血で驚かれたと思います。『血を入れる治療』と聞くと怖く感じるのは自然なことです。
ステップ2. 専門用語をかみ砕く
・赤血球 → 赤い血の成分
・輸血 → 献血で集めた血液の成分を点滴で入れる治療
・○単位 → 点滴パックを○袋
・輸血をしないと命に危険が及ぶ → 今は出血で血が足りず,このままだと心臓や脳へ酸素が届かず危険になる
ステップ3. 視覚情報で補う
この赤い袋が“赤い血の成分”で,点滴チューブを通って体に入ります
ステップ4. よくある質問に備える
・治療に対するリスクや,輸血製剤を使用しない場合の代替案などについて患者さんから問われることが多いです(表2)。
CASEのその後
患者さんへの輸血治療の説明では,ご家族から十分な理解を得られず,ご質問にも明確に答えられないまま,研修医の先生はおどおどしてしまいました。そこへ,上級医の先生が助け舟を出し,副作用についてもわかりやすく説明を補足してくれて事なきを得ました。
今回のCASEでは,説明用紙をそのまま読み上げるのではなく,専門用語をかみ砕いて説明する配慮や,よくある質問への前提知識が不足していたかもしれません。また,説明を始める前に「緊急で手術を受けることへのご不安はよくわかります」といった共感の一言を添えていれば,ご家族も少し落ち着いて話を聞きやすかったかもしれません。慌ただしい場面においても,相手の立場に立って常に対応できるとよいですね。
伝える説明から,ストーリーで伝わる説明へ
筆者(中島)が研修医1年目の頃,患者さんやご家族へ同意書の説明をする際は上級医に「これは必ず伝えておくように」と言われた内容を説明することで精一杯でした。当時は輸血の投与や副作用対応の経験がないため,字面だけの知識をもとに患者さんと目を合わせず同意書ばかり見て必死に説明していました。それはまるで音読に近いような説明で “伝わる”説明とはほど遠かったかもしれません。
“伝わる”説明へ変化したのは,実際に輸血の投与や輸血によるアレルギーなどの副作用の対応,また自ら献血を経験することで輸血にかかわる事象がストーリー化できたからだと思います。ストーリー化した説明とは,具体的には「輸血というのは献血センターで人からいただいた血液をきれいにしたものをお薬と同じように点滴チューブから投与します。~のような副作用がありますが,投与後はわれわれ医師や看護師が5~15分後に様子を確認して何かあればすぐに対応しますのでご安心ください」といった具合です。自分自身の経験に基づいて,実際の場面を思い浮かべられるように順を追って伝えることで,情報に現実味を与えることができます。
先述の通り,背景知識を習得して,伝わるための4ステップを理解した上でストーリー性を意識して説明ができれば“伝える”だけではなく“伝わる”ようになってきます。ぜひ若手医師の間から積極的に上級医の患者説明に聞き入り,“伝わる”説明を身につけましょう。
参考文献・URL
1)厚生労働省.輸血療法の実施に関する指針(一部改正).2020.
2)日本赤十字社.Haemovigilance by JRCS 2023.2025.
3)Crit Care Med. 2008[PMID:34709209]
4)日本外科学会.宗教的輸血拒否に関するガイドライン.2008.
5)裁判所.裁判例結果詳細(平成10(オ)1081).2000.
三谷 雄己 広島大学救急集中治療医学
中島 仁 東京都済生会中央病院救急診療科
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