医学界新聞

書評

2025.11.11 医学界新聞:第3579号より

《評者》 新百合ヶ丘総合病院外傷再建センター 外傷マイクロサージェリー部長
福島医大 教授・外傷学

 本書は,JSETS(Japan Severe Extremity Trauma Symposium:日本重度四肢外傷シンポジウム)で長年にわたり提示・議論されてきた知見に対して,次世代の医師たちが臨床現場から真摯しんしに応答した「手紙」である。現在の外傷治療のスタンダードが,数多くの試行錯誤や,時に悔いの残る不遇な転帰を経て築かれてきたことを,改めて思い起こさせてくれる。

 取り上げられている症例には,過去の経験を否定することなく,それに甘んじることもせず,未来をより良いものにしたいという意志がにじむ。限られた資源や時間の中で,いかにして患者にとって最善の選択を届けるかという,臨床医としての葛藤と挑戦が誠実に描かれている。

 「今の若い医師は……」と語られることもあるが,本書を読めば,そのような見方が表層的であることがわかる。「このままではいけない」「より良くしたい」という思いこそが,著者らのJ-SWATセミナーの継続と本書の出版へと結び付いたのであろう。

 本書の特徴は,机上では得られない,体験した“実践”の気付きが詰まっていることにある。成功例だけでなく,苦渋の選択や迷いといったリアルな臨床経験も率直に語られており,それが「実践」の本質を読者に伝えている。

 外傷治療は,実際に現場で手を動かし,判断し,結果を引き受けることで初めてその入口に立つことができる。本書は,誤りを含む実践と,間違いのない実践の双方を赤裸々に提示しており,救急の最前線で奮闘する全ての若手臨床医にとって,確かな道しるべとなる一冊である。


《評者》 天理よろづ相談所病院総合内科

 私は総合内科医として15年目の医師です。日常診療において妊産婦の方と接する機会は決して多くありません。しかし産婦人科からのコンサルトや慢性疾患で通院中の患者さんが妊娠された際など,まれながら妊産婦の診療に携わることはあります。特に当科では膠原病を持つ若年女性を長く診ていく機会が多く,全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群,そしてステロイドや免疫抑制剤を服用中の患者さんが妊娠を希望されたり,妊娠中に病状が変化したりといった状況に出会うことがあります。その中で感じていたのは,産婦人科領域の専門性と内科的視点との間の「橋渡し」の必要性です。本書はその必要性に応えてくれる一冊であると強く感じました。

 本書の最大の特長は,その網羅性と実用性にあります。第1章の「母性内科総論」では,妊娠による生理的変化や合併症妊娠に関する基礎知識が簡潔にまとめられており,内科医が妊産婦診療に臨む上で不可欠な知識を学ぶことができます。第2章の「プレコンセプションケアの実際」は初めて知る領域でしたが,内科医が患者さんの妊娠前からかかわることの意義を認識させてくれます。そして,本書の真骨頂は,第3章以降の「検査値異常と内科的トラブル」「主な妊娠合併症」「母性内科診療の極み」です。妊娠中に遭遇し得る血糖異常,血圧異常,甲状腺機能異常といった検査値異常への対応から,頭痛,動悸,嘔気・嘔吐といった症候別の鑑別診断と初期対応,さらには妊娠糖尿病,妊娠高血圧症候群といった主要な妊娠合併症へのアプローチまで,内科医が直面する可能性の高い状況が網羅されています。

 これまで,妊産婦の診療は産婦人科医の専門領域という意識が強く,診療する際に不安を感じることが少なくありませんでした。しかし,本書は,内科医が持つ知識と産婦人科医が持つ専門知識を合わせることで,より質の高い妊産婦診療を提供する道筋を示してくれています。まさに「内科医と産婦人科医をつなぐ」というタイトル通りと感じました。本書を通じて内科医と産婦人科医が密に連携し,妊産婦とその家族を支える医療がますます発展していくことを期待します。


《評者》 神戸大大学院 教授・耳鼻咽喉科頭頸部外科学

 このほど,好評を博した『耳鼻咽喉科・頭頸部外科レジデントマニュアル』の第2版が,内容を大幅に刷新して発刊された。医療の現場にも働き方改革が求められる中,本書は初版発刊以降の9年間に目覚ましい進歩を遂げた耳鼻咽喉科・頭頸部外科各領域の最新の知見を網羅し,耳鼻咽喉科専門医をめざすレジデントが,実際の流れに即して効率的に耳鼻咽喉科・頭頸部外科の診療を身につけることをめざした実践的なマニュアルである。

 本書の初版は,京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科においてレジデントを対象に長年実施されてきたレクチャーの講義資料集を基に作成された。今回の改訂では,初版編集者の楯谷一郎教授が藤田医科大で行っている専攻医向けレクチャーのテーマが新たに加えられ,全国の京大関連施設で活躍しているエキスパートの面々が中心となって執筆している。

 まず,第1章では耳,鼻,口腔,咽頭・喉頭,頸部の基本的な所見の取り方,第2章では主訴や症状からまずやるべきこと(問診,視診,触診,生理学的検査,組織検査,画像検査など)や想定される鑑別疾患が解説され,第3章以降では耳,鼻副鼻腔,口腔・咽頭,喉頭,頭頸部各領域の代表的な検査法,疾患,術式と周術期管理が,要点を押さえて簡潔明瞭に記載されている。さらに巻末には付録として頭頸部癌のTNM分類や身体障害者障害程度等級などの早見表が掲載され,web付録として耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域の主なガイドラインや指針の情報をQRコードで読み取れるように工夫されており,General Otolaryngologistとしての総合力と高い専門性を併せ持つ人材を全国に輩出してきた京大の教育システムのエッセンスが凝縮された専攻医に必須のバイブルとなっている。

 本書が耳鼻咽喉科・頭頸部外科の明日を担う若手医師の成長と診療の質の向上に寄与することを,心より期待したい。


《評者》 東京女子医大大学院教授・リハビリテーション科学

 摂食嚥下リハビリテーションでは,口腔ケア,呼吸ケア,食事の形態の工夫,食事の姿勢の調整,リハビリテーションテクニックの併用が重要である。これらの中で最も体系化されていなかったのが,食事の姿勢の調整であった。今回,POTT〔ポジショニングで(PO)食べるよろこびを(T)伝える(T)。英語ならPOsitioning Tells The joy of eatingであろうか〕プログラムの書籍を読んで,食事のポジショニングに関する実践知の体系化と結晶化がここまで深化したことに感銘を受けた。

 POTTプログラムの目的は,「要介護者の最適な姿勢を提供することにより誤嚥を予防し,食事の自立を通して,健康の回復や豊かな食生活行動につなげていくこと」である。ゴールは,「食べるよろこびを伝え,支え合う」ことである。そのためにまず,「食事姿勢選択基準例」として,障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度),全身状態,姿勢保持能力,摂食嚥下機能に関する判断により,リクライニング位30~45度,45~60度,ティルトリクライニング型車椅子,標準型車椅子,椅子のいずれかの食事の姿勢を選択するように分類している。次に,本書の肝であるポジショニングごとの7つのスキルを,写真や動画でとてもやさしく丁寧に解説している。自分や家族が摂食嚥下障害となったら,POTTプログラムを行う病院に入院したいと思える内容である。

 素晴らしいPOTTプログラムであるが,臨床現場で実践して広めることは容易ではない。そこで役立つのが第3章「病院,施設でのPOTTプログラムの実践」と第4章「POTTプログラムを伝える,拡げる」である。POTTに「T」(伝える)が含まれていることもあり,伝え方の具体例が秀逸で,私がライフワークとしているリハビリテーション栄養でも参考としたい。欲をいえば,臨床現場では,POTTプログラムとKTバランスチャート(口から食べるための支援項目の評価方法)の併用が,食べるよろこびによりつながると考えられるので,第3章の全ての症例で,KTバランスチャートによる評価の図が掲載されていればより良いと感じた。

 入院時等の検査の際のポジショニングも重要である。「とりあえず絶食」の有用性を示すエビデンスはなく,誤嚥性肺炎など摂食嚥下障害の患者が入院する際,「とりあえず絶食」とされることは以前より少なくなった。早期経口摂取が可能かどうか,水飲みテストなどのスクリーニングテストや嚥下内視鏡検査などを行い,入院後2日以内に評価するはずだが,その際,検査時のポジショニングによって結果は大きく変わる。不適切なポジショニングのために,経口摂取できないと判定されないようにしたい。ポジショニングを制するものは,食べるよろこびを制する。

 POTTプログラムは,食事のポジショニングで最先端の技術である。食べるよろこびを日本中に広めるために,多くの医療者に読んでほしい。さらには,食べるよろこびを世界中に広めるために,国際的な取り組みと臨床研究を期待したい。


《評者》 東北大大学院 教授・看護管理学

 もしあなたが私のように,文献データ保存先のフォルダが乱雑で整理できないことで悩んでいるなら,そして自分自身の研究の必要性を強調し意義付けることに困難を感じているなら,『看護研究のための文献レビュー――マトリックス方式 第2版』をぜひ手に取ってほしい。

 科学的研究において,膨大な文献の中から信頼性の高い情報を選び出し,体系的に整理・分析することは容易ではない。もともと整理上手で,自分自身の創意工夫で膨大な文献を体系的に整理できる人は,必ずしもこの本を必要としないかもしれない。しかし,おそらく多くの研究者は,とりわけ研究トラックのスタート地点に立ったばかりの学部生や大学院生は,文献のクリティークと整理で少なからず悩むことがあるだろう。本書は,そんな課題に直面する研究者や学生にとって,まさに「羅針盤」となる一冊だ。

 本書は,ミネソタ大の保健学科で長年にわたって教鞭をとってきたジュディス・ガラード(Judith Garrard)博士の著書,“Health Sciences Literature Review Made Easy,Sixth Edition”の日本語版である。訳者の安部陽子教授は,ミネソタ大看護学部の博士後期課程に留学中,ガラード博士の著書第3版に出合い,博士論文のための文献レビューを導いたという。そして,この文献レビューをもとに自分の研究が必要であることを主張することに成功したのである。

 ガラード博士が本書で紹介するマトリックス方式は,文献を行(研究)と列(項目)で構成された表に整理することで,各研究の特徴や相違点,共通点を一目で把握できる優れた手法である。これにより,既存研究の全体像を俯瞰し,未解明の領域や知識のギャップを明確にすることが可能となる。本書では,マトリックス方式が推奨する4つのフォルダの管理についても具体的に示されており,文献の管理に悩む研究者に対して有益な方法論を示してくれるに違いない。

 また,本書は文献に関する基礎知識やCONSORT,STROBEなどのガイドラインから,ハゲタカジャーナルの見抜き方まで,論文を整理し投稿する準備をする若手の研究者たちに必要な情報を与えてくれる。情報が氾濫する現代において,ジャーナルや文献をうのみにせず,批判的に読み解く力はますます重要となる。本書は,その力を養うための最良のパートナーとなるだろう。


《評者》 筑波大准教授・解剖学・神経科学

 解剖学教育において,実際の人体構造の理解を深めることは,単なる知識の暗記にとどまらず,医療人としての思考の出発点を形づくるものである。その意味で,J. W. Rohen,横地千仭,E. Lütjen-Drecollによる『解剖学カラーアトラス』は,初版から40年近くにわたり,解剖学教育における視覚教材の「実物に最も近い」アプローチを提供してきた。“Photographic Atlas of Anatomy”は世界23か国に翻訳され,解剖を学ぶ者にとってバイブル的存在になっている。第9版は,その集大成ともいえる完成度をもって,医学教育の現場に新たなスタンダードを提示している。

 本書の最大の特徴は,何よりもリアリズムに裏打ちされた高精細な解剖標本写真である。これらの写真は,単に「きれいな画像」であることを目的としていない。現実の実習室でみられる組織の複雑さ,構造の重なり,組織間の自然な位置関係といった三次元情報を忠実に写し取っており,学生にとっては実習前後の「視覚的な予習・復習ツール」として極めて有用である。さらに,CTやMRIなどの医用画像も多数収録されており,実際の診療に必要な構造認識を橋渡しする仕組みが整えられている。多くの解剖学アトラスはイラストやCGで構成されており,実習書や教科書と併用して勉強するには理解しやすい。しかし,解剖実習室において,剖出作業をしながら解剖学的構造を検討するには,本書の「実物に最も近い」写真が大変有用である。

 第9版では章構成が解剖実習の進行順になっており,実習の場で必要とされる構造の理解に即している。これは教員にとっても,講義や実習での説明において教材と現実の一致を保ちやすく,指導上の効果を高める大きな要素である。

 特に注目すべきは,今回新たに導入された「学習ボード」である。これは,系統別(筋系・神経系・血管系など)にまとめられた簡潔な模式図であり,視覚的情報を整理・統合するための優れた補助教材である。写真のリアリズムと模式図の簡略化の長所を併せ持つ構成は,学習者の認知負荷を軽減し,構造の理解を体系化する上で大きな助けとなる。

 実際の解剖実習では,図解教材では把握しきれない血管・神経の太さや走行,膜構造の連続性,構造物の色や質感といった「現実的な視覚情報」が求められる。本書はその点で,実物と最も近い画像教材として,国内外の多くの医学部・歯学部・保健系学部で採用されてきた。近年は献体不足や学生数の増加により,全員が十分に遺体に触れる機会を得ることが難しくなっている。こうした状況において,本アトラスは「第二の実習体験」として,予習・復習や試験前の確認に活用され,解剖学の教育的質を支える重要な役割を果たしている。

 また,本書は豊かな歴史的背景を持つ。1983年に初版が刊行された際,著者らは序文で「図では表現しきれない実物の空間的リアリティを伝えるためには写真しかない」と明言した。以来,版を重ねるごとに解剖標本の剖出技術や撮影技法は進化し,図譜としての質も飛躍的に向上してきた。第9版では臨床画像との連携,模式図の再整理,レイアウトの刷新,章順の改善など,あらゆる面で教育的完成度が高められており,まさにこの40年の集大成といえる。

 初版以来,Rohen教授(Friedrich-Alexander-University Erlangen-Nürnberg)が貫いてきたのは「理想化された図ではなく,実物標本の写真を用いて人体構造を見せる。従来の線画や図では表現しきれなかったリアルな関係性を正確に示す」という哲学である。その精神は,100歳を超えて執筆に貢献された共著者・横地教授(神奈川歯大)にも継承され,実習現場に根ざしたアトラス制作という姿勢を一貫して保ってきた。横地先生は,2024年8月4日に105歳でご逝去され,本書がご存命中に刊行された最後の版である。写真と模式図の両立,臨床連携を意識した図版編集,読者の学習行動に寄り添った章構成の工夫に至るまで,両先生の教育的信念は全ページに通底している。

 紙面の構成にも配慮が行き届いており,余白や構図のバランス,図表の配置が洗練されている。欧文・和文索引の完備により検索性も高く,臨床現場や講義中にも即座に参照できる実用性が備わっている。本書は,単なる写真集や視覚的な副教材ではなく,視覚から学ぶことの本質を追求した教育ツールであり,臨床医にとっては,原点たる「構造の理解」を再確認する有効なリファレンスとなる。

 本書は,従来のアトラスにあり美しさ」と「わかりやすさ」のみを追求するのではなく,「構造の真実」を写し取ることに徹した,解剖学教育の理想像を具現化した書である。医学生,医療系学生,教育者にとって,まさに座右に置く一冊であり,今後も長く医学教育の礎として活用されるであろう。