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  • レジデントのための患者安全エッセンス(13) 外科研修時,手術に入るときに安全対策を意識したい(渡谷 祐介)

医学界新聞

レジデントのための患者安全エッセンス

連載 渡谷 祐介

2025.05.13 医学界新聞:第3573号より

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 薄暗い手術室の真ん中に無影灯の光を浴びた患者が横たわっている。そこに術衣をまとった執刀医(主人公)が登場し,場に緊張感がみなぎる。主人公がただ一言「メス」と発すると,壮大な音楽と共に手術が始まる。術中,あるスタッフのふとした所作で大きな出血が起こるが,主人公の非凡な手技で止血を得る。手術が一段落すると「あとはよろしく」と一言残し主人公は立ち去る――。

 上記は一昔前の医療ドラマの流れかもしれませんが,手術ほど一般のイメージと現実が乖離した医療行為はないように思います。実際の手術では,患者初診時から始まる周到な「準備」と,術中だけでなく周術期のさまざまなタイミングで行われる「確認」を,多職種連携のもと地道に積み重ねる過程の中で患者の安全を確保しつつ目標への到達をめざします。決して1人の卓越した技術で成り立つのではありません。手術に携わる全てのスタッフが良いチームの一員として行動する意識が求められます。当然研修医の皆さんも大切なチームメイトの1人なのです。

●冒頭の会話を分析する

 やる気に満ちた研修医でしたが,左右どちら側の手術を行う予定かを把握できていないなど,準備が十分にできているとは言えませんでした。「(カンファレンスまでの時間で)手術の80%はもう終わっている」と指導医は謎の言葉を残し, 研修医をタイムアウトに誘います。さて,本稿でお伝えする「準備」と「確認」とは何でしょうか?

●術前の「準備」として手術適応,予定術式,合併症リスク評価・対策を把握する

 鳥取大学医学部附属病院医療安全管理部の谷口雄司教授は,「イメージできたら手術の8割は成功」,逆に「イメージできない手術ほど怖いものはない」と述べ,同院の武中篤病院長は「手術前のブリーフィングで,9割手術は終わっている」と語っています1)。手術と言うと卓越した手技や新しい医療機器に注目が集まりがちですが,両氏の指摘は手術前のイメージやブリーフィング等,「準備」の大切さを説いた寸言と言えます。

 手術は侵襲を伴う医療行為であり,本質的に患者に害を及ぼし得るものです。研修医の皆さんには,術前検討会の中で何が議論され,決定されているのかという過程をつぶさに経験してほしいと思います。具体的には,①なぜ手術が必要なのか(手術適応),②どのようにアプローチし目的を達するのか(術式の選択),③その手術に伴う危険性は何か,どう対処するか(合併症リスク評価と対策)です。こうした内容が術前検討会で真摯に議論され,患者の安全を最優先とした最終的な外科治療方針が決定されます。

 また,研修医の皆さんがプレゼンテーションを担当する機会もあるでしょう。きっと時間も限られていますから,上記①~③のポイントを押さえた簡潔な資料を準備できると十分な発表になると考えます。各種テキストやガイドライン,質の高い論文で学びを深めた上で自分の考えを持ち,積極的に議論に参加できるようになればベストです。

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●研修医も手術チームの一員として「確認」業務に参画する

 世界に目を向けると,手術にかかわる有害事象について,開発途上国では主な手術に関連した死亡率が5~10%2~4),先進国でも重大な合併症発生率が入院手術全体の3~22%,死亡率が0.4~0.8%で,しかも有害事象全体の約半数が回避可能であったと報告されています5, 6)。手術にかかわる回避可能な有害事象を減少させ手術の安全性を高めることが世界的な課題です。

 WHOは「安全な手術が命を救う(Safe Surgery Save Lives)」プログラムの中で,2008年に「手術安全チェックリスト(第1版)」を発表しました。これは,手術室でチームが確認作業に使用することを目的に,1ページに簡潔にまとめられたものです。麻酔導入前(サインイン),執刀前(タイムアウト),退室前(サインアウト)のタイミングにおいて,研修医を含むチーム全員で合計19の項目をチェックし,漏れのない確認作業を進めるなかでチームワークを育てるものです7)。決して込み入った内容をチェックするものではありませんが,世界の8都市,8病院でチェックリストの導入前後の比較をしたところ,手術関連死亡が1.5%から0.8%(p=0.003)に,手術合併症が11.0%から7.0%(p=0.001)にそれぞれ有意に低下したと報告され,チェックリストの有用性が示されました8)

 2009年には「WHO安全な手術のためのガイドライン2009」9)(日本語版は日本麻酔科学会により翻訳10))が発刊され,安全な手術に関する10の目標と,それを達成する手法として「WHO手術安全チェックリスト(改訂版)」が紹介されています。なお本邦の「手術医療の実践ガイドライン(改訂第三版)」でも,各施設においてWHO手術安全チェックリストの効果的な使用を推進することと提言されています11)。具体的内容の一部をまとめ,に示します。外科研修開始に併せ,これらのガイドラインをぜひ一読されることをお勧めします。

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表 手術における多職種による患者安全対策(文献11をもとに作成)

 「準備」の重要性を理解した研修医は,術前検討会のプレゼンテーションを早速任され,先輩の指導の下,手術適応,予定術式,合併症リスク・対策を簡潔にまとめ発表できるようになりました。また,研修医は「確認」の重要性を認識し,手術室でのタイムアウト時はチームの一員として積極的に役割を果たし,他のスタッフにも認知されるようになりました。手術手技の習得はこれからですが,指導医の手法やエキスパートの手術動画を参考にドライラボも活用して良いイメージを形にしようと頑張っています。

・手術では,「準備」と「確認」の地道な積み重ねのもとで患者の安全が確保されていることを理解しましょう。

・手術適応,至適術式,手術に伴う合併症リスクと対策をチームで検討し,手術に向けた「準備」を進めましょう。

・タイムアウトは手術合併症や死亡を低減するのに有用です。研修医も決して形骸化させず多職種と協働して何度でも確実に「確認」を行いましょう。


1)谷口雄司,他.手術医療における質と安全――医療安全の視点から.日手術医会誌.2024;45(2):182-6.
2)Bull World Health Organ. 2000[PMID:11143193]
3)Br J Surg. 2002[PMID:11851674]
4)World J Surg. 2002[PMID:11910489]
5)Surgery. 1999[PMID:10418594]
6)Int J Qual Health Care. 2002[PMID:12201185]
7)西脇公俊.行動目標S 安全な手術――WHO指針の実践.医療安全全国共同行動 技術支援部会(編).患者安全・医療安全 実践ハンドブック.MEDSi.2022;275-92.
8)N Engl J Med. 2009[PMID:19144931]
9)WHO.Safe Surgery. 2009.
10)日本麻酔科学会.WHO安全な手術のためのガイドライン2009.2015.
11)菊地龍明,他.手術医療の実践ガイドライン(改訂第三版) 第2章 医療安全.日手術医会誌.2019;40(suppl):S13-28.

山口大学医学部付属病院医療の質・安全管理部 特命教授

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