レジデントのための患者安全エッセンス
[第12回] 外科研修時の病棟回診や処置でのエラーを防ぎたい
連載 田中 和美
2025.04.08 医学界新聞:第3572号より

リスクは「手技」以外のところにも潜んでいる
2年間の初期臨床研修プログラムでは,各診療科でさまざまな手技を学びます。その中でも外科研修は,手術手技をはじめとして多くの手技を経験できる期間と言えるでしょう。また,外科症例を通して診断や検査,周術期管理,化学療法,終末期のケアなど,非常に多くのことを学べる期間でもあります。一方で,日本医療機能評価機構が行った医療事故情報収集等事業の報告によると,2023年に発生した事故等事案のうち,「治療・処置」に該当する事案は31.9%に上り1),例年約3割を占めています。すなわち外科研修は,学ぶことが多い反面,リスクも高い現場と言え,ローテート時には特に注意が必要です。
では,どうしたらリスクを極力減らせるでしょうか。従来,外科的処置や侵襲的処置に伴う有害事象は,実施者の技量に直接関係する,あるいは患者さんの状態や年齢に起因するケースが多いと説明されてきました。しかしVincentらは,外科的処置やその他の侵襲的処置後の有害な転帰には,現場環境のデザイン,現場とそこで働く人との相互関係,チームワーク,組織文化といった要因も関連していると主張しています2)。
「WHO患者安全カリキュラムガイド:多職種版」では,侵襲的処置に伴って発生する有害事象の3つの主な原因として,①不良な感染制御,②不十分な患者管理,③処置の開始前,実施中および終了後における医療提供者のコミュニケーションの失敗を挙げています3)。ここで特に注目したいのは③です。テクニカルスキルの代表格である「手技」を学ぶ場において,安全のために最も気をつけなければならないものの一つがノンテクニカルスキルであるということです。逆に言えば,ノンテクニカルスキルをしっかり学べば,手術や侵襲的処置はより安全に行えるようになります。もちろんノンテクニカルスキルを身につけてもテクニカルスキル自体は上達しませんので,どちらもトレーニングを行うことが重要です。どちらが欠けても安全で質の高い医療の提供につながらないことは理解しておきましょう。
●「抜く」処置には危険がいっぱい
冒頭の事例では硬膜外カテーテルを取り上げましたが,この他にも外科研修では中心静脈(CV)カテーテルやドレーンを「抜去する(抜く)」処置を経験することがあるかもしれません。これらを「留置する」手技に比べると「抜く」手技は軽視されがちですが,実は危険がいっぱいです。例えばCVカテーテルは座位で抜くと空気塞栓を起こすことがありますし,ドレーンは抜くタイミングを誤るとドレナージが不十分で感染を起こしたり,再挿入が必要になったりすることもあります。「このくらいならできそう」と思う手技でも,状況や手順の確認を怠らないように注意が必要です。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●冒頭の会話を分析する
看護師から依頼されたことで「抜去しても良い患者さん」であると思い込み,本当に抜去しても良いかどうか自分で確認することを怠ってしまいました。加えて,「自分にもできる手技なので頼まれたんだ」とうれしくなって慎重さを欠いてしまったのかもしれません。あるいは,「自分より経験豊富な看護師が言うのだから従わなければ……」との気持ちになってしまった可能性もあるでしょう。また,やや得意気に指導医に報告をしていることから,長期留置による感染のリスクに配慮できたことを指導医に褒めてほしかったのかもしれません。指導医にヘパリンカルシウムを投与中であることを指摘されて,自身が確認していなかったことを研修医は後悔していることでしょう。
●ノンテクニカルスキル“も”磨く
ではどうすればよかったのでしょうか。本事例では,「硬膜外カテーテルを抜去する」という手技の遂行自体に問題はなく,確認不足や思い込み,コミュニケーションの失敗などがエラーの原因と考えられます。まさにノンテクニカルスキルですね。ノンテクニカルスキルは状況認識,意思決定,チー ムワーク,コミュニケーション,リーダーシップ,ストレス管理等に分類されます4)。以下に具体的な対策をお示しします。
状況認識:まずは状況を正確に把握することが大切です。たとえ自分が受け持つ患者であったとしても,現在の患者の状態,薬の投与状況,各専門職の見解などを診療録で必ず確認しましょう。今回の事例では,術後であることを研修医は把握できていたものの,肺塞栓症予防のためにヘパリンカルシウムが投与されていることを知りませんでした。処置におけるエラーを防ぐには個々の患者の状況を正確に把握し,それに応じて対応を変える必要があります。実施前には一度立ち止まり,考えることがとても大切です。
コミュニケーション:今回の事例において研修医は,看護師に依頼されたので実施して良いこと(=実施しなければならないこと)と思い込んでしまいました。「抗凝固療法はしていないですか?」あるいは,「抜いても大丈夫な方でしたっけ?」と質問するだけでも,お互いに状況を確認できたはずです。研修医が確認を怠ってしまったように,看護師もヘパリンカルシウムを投与していることをうっかり忘れていたのかもしれません。一度立ち止まり,お互いに声を掛け合うことで重要な気付きを得られるケースはよくあります。また,普段から些細なことでも患者の情報を共有し合うことも大切です。自分が知らない情報を得られたり,認識の違いを修正できたりしますので,コミュニケーションを意識しましょう。
●他施設,他病棟での経験を伝えてみよう
研修医はさまざまな診療科,病棟をローテーションします。中には複数の施設で研修する方もいるでしょう。また,出身大学での臨床実習の経験も記憶に新しいはずです。少し高度な対策法ですが,もしこれまでの経験で良い対策が取られていたところを思い出した場合,ぜひその経験を周囲に共有してみてください。例えば当院では,硬膜外カテーテルを挿入した後に貼る固定のための透明フィルムの上に,シールを貼って注意喚起を行っています(写真)。このフィルムは,抜去しようとした時に必ず剥がすことになりますので,抜去時の確認につながります。シールを貼るようになってから,抗凝固療法中にうっかりカテーテルを抜去してしまうインシデントは無くなりました。さまざまな施設,部署での良い取り組みを研修医から教わることはよくあり,医療安全の観点からはとても助かりますので,皆さんの経験をぜひ伝えてほしいです。

硬膜外カテーテルの挿入後に貼付する透明フィルムの上にシールを貼り,抗凝固療法中にうっかりカテーテルを抜去しない工夫を施している。
研修医のその後
指導医と一緒にヘパリンカルシウムの投与状況を確認すると,幸いなことに当日朝にはまだ投与されていませんでした。その後に入院してくる手術患者については,研修医はより一層状況把握に努めるようになりました。翌週手術を受けた患者Bさんの硬膜外カテーテルを抜去してほしいと看護師から頼まれた際には,まずその場で看護師に抗凝固療法の有無を尋ねた後,抗凝固療法が行われていないことを自分でも診療録を確認した上で抜去を行いました。
しっかりと状況把握した上で処置を行ったことで,上級医からは「安心して任せられる」と褒められ,看護師からもより信頼されるようになりました。
覚えておこう!
・外科研修では,「手技を行うこと」に意識が行きがちになることを自覚しましょう。特に「抜く」処置には注意!
・患者個別の背景が治療や処置に及ぼす影響を理解し,常に状況把握を行うことが大切です。医療者間でのコミュニケーションを密にとり,思い込みで済まさないようにしましょう。
・他のローテート場所で経験した良い取り組みをぜひ周囲に伝えてみてください。
参考文献・URL
1)日本医療機能評価機構.医療事故情報収集等事業 2023年年報.2024.
2)Ann Surg. 2004[PMID:15024308]
3)WHO.WHO患者安全カリキュラムガイド:多職種版 2011.2011.
4)ローナ・フィリン,他.現場安全の技術――ノンテクニカルスキル・ガイドブック.海文堂出版;2012.
田中 和美 群馬大学大学院医学系研究科医療の質・安全学 教授
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