レジデントのための患者安全エッセンス
[第14回] 患者への薬剤の誤投与を防ぎたい
連載 矢吹 拓
2025.06.10 医学界新聞:第3574号より

思っているよりもクスリのリスクは多い
薬剤エラーは,医療安全上,極めて頻度が高いインシデントの1つです。 古い報告ではありますが,米国の前向き観察研究1)では,入院患者のうち6.5%が何らかの薬剤有害反応(Adverse Drug Reaction)を経験していると報告されています。また,近年英リバプール大学の緊急入院患者を1か月間調査したところ,ADRが確認された入院例は18.4%に及び,そのうち90%以上でADRが直接的あるいは間接的な入院原因になったと報告されています2)。日本の医療事故調査制度のデータでは,投薬・注射関連の医療事故は全体の約5%です3)。大変残念ではありますが,薬剤エラーは誰もが直面し得る問題と言えるでしょう。
薬剤エラーには典型パターンがあります。表14)はよく用いられる薬剤エラーの分類で,複数の研究に基づいて分類をしています。Wrong~が覚えやすいですよね。表2は薬剤使用プロセス別の代表的な薬剤エラーです。こちらでは,薬剤が処方されてから与薬までの一連のプロセスが確認でき,エラーの起こるタイミングから薬剤エラーを理解できます。薬剤エラーは,処方時,調剤・準備時,投与・管理時それぞれで起こり得るものであり,医師だけでなく,薬剤師や看護師なども関与する可能性があることを示唆しています。


薬剤エラーにはさまざまな種類がありますが,多職種でエラーに気づける仕組みが必要です。医師が処方し薬剤師が調剤する医薬分業はまさに薬剤エラーを予防するための代表的な仕組みと言えるでしょう。前半で紹介したADRの報告においても,エラーの予防可能性について言及されており,米国の報告では42%1)が,英国からの報告でも40.4%2)が予防可能と判断されています。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●冒頭の会話を分析する
薬剤エラーは,誰にでも起こり得ます。だからこそ大切なのは,できるだけ早く気づくことです。早期に対応できれば,大事に至る前にリカバリーできます。日ごろから確認の習慣を持ったり,周囲と声をかけ合ったりすることで,ミスはぐっと減らせます。安全はチーム全体で支えるものです。そうした点では,研修医がミスに気づき,振り返る機会があったのは良かったと言えるかもしれません。
●まずは「処方しない」という選択肢
特に高齢者では,「何となく」処方されている薬がリスク源になりがちです。英国の研究2)では入院に関与した薬剤の代表格として,利尿薬,ステロイド吸入薬,抗凝固薬・抗血小板薬,プロトンポンプ阻害薬,抗がん薬,降圧薬を挙げています。また,NSAIDsやベンゾジアゼピン系睡眠薬,抗精神病薬などはハイリスク薬剤であり,高齢者に対しては避けるべきとされています。「処方しない」選択肢を普段から持つべきでしょう。またポリファーマシー(多剤併用)による有害事象のリスクは,薬剤数が増えるごとに指数関数的に増加することが知られており5),用量調節や薬剤相互作用にも注意が求められます。特に薬剤相互作用の観点からは,入院中に治療薬として新規処方される薬剤と,元々服用していた薬剤の飲み合わせの確認は重要です。「薬を増やすより減らす努力をする」ことも欠かせません。“Less is more”の視点が大事ですね。
●処方時チェックは多職種で!
冒頭の事例でもそうですが,薬剤エラーにはチェック機構が必要です。用量や相互作用は薬剤師が,服薬アドヒアランスや患者誤認は看護師がチェックしてくれます。時には患者本人も巻き込み,「複数の目」で薬剤エラーを防ぐ取り組みを行うとよいでしょう。
アプローチの1つにMSCC(Medication Safety Cross Check)があります。同手法は2人体制での薬剤のクロスチェック手順です。薬剤の取り違え防止や重複・禁忌投与のチェック,緊急薬剤(抗菌薬,抗凝固薬など)の投与時などに有効で,救急外来やプレホスピタルで用いられます。図に具体的な方法を示します。薬剤処方において「医師が全て責任を負う」ではなく,チームでリスクを低減する感覚が重要です。

一方で処方薬そのものの間違いは,あくまで医師に起因することが多いです。処方量や投与経路が間違っていなければ多職種でのカバーは難しく,オーダー時の間違いが起こらないシステム対応などが有用かもしれません。また,普段から薬剤師や看護師と良好な関係を築いておくとエラーを指摘してもらいやすくなるはずです。
●ケア移行時の課題
入退院,施設間移動,主治医変更などのケア移行時は薬剤誤投与が起こりやすいタイミングです。この時期にミスが起こる理由には,薬歴情報の欠落,変更指示の伝達ミス,ダブル処方(前医・現医の重複)などが挙げられます。現在マイナンバーカードを用いた薬剤情報共有などが実装されてきているものの,それでもまだまだ煩雑ではあります。ケア移行時のエラーを防ぐには,退院サマリーへの薬剤情報記載,お薬手帳の活用,退院時の薬剤師面談などが効果的です。また,患者自身も服用している薬剤を把握する必要があり,医師としては患者の理解度を都度確認することが重要になります。
研修医のその後
冒頭の出来事から数週間が経過し,研修医は「本当にこの薬必要かな?」と処方時に必ず一呼吸を置くようになりました。薬剤師にも「これ,相互作用大丈夫ですか?」と聞く癖もついたようです。誤投与の一件を糧にして,患者に安全に処方できるよう細心の注意を払って日常診療に当たっています。
覚えておこう!
・誰もがリスクにさらされていると認識しましょう。薬剤誤投与は誰にでも起こり得ます。
・ポリファーマシー回避,多職種連携が誤投与を防ぐカギです。処方しない勇気と,チームで守る目を持ちましょう。
・移動・退院時は薬剤情報の共有を徹底しよう。ケア移行時こそ要注意。
参考文献・URL
1)JAMA. 1995[PMID:7791255]
2)BMJ Open. 2022[PMID:35788071]
3)日本医療安全調査機構.医療事故調査・支援センター2024年 年報.2025.
4)Clin Interv Aging. 2016[PMID:27382268]
5)Expert Opin Drug Saf. 2014[PMID:24073682]
矢吹 拓 栃木医療センター内科 部長
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