すぐ・よく・わかる
急性腹症のトリセツ

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急性腹症だからこそ、画像に頼らず、病歴と身体所見が重要になる。本書は、疾患の本質を端的にイメージさせるイラスト+解説(診療のポイントとpitfall)をバランスよく配置したうえで、経験豊富な編著者らの診療経験からtips(clinical pearl)の数々を披露していく。読者は、急性腹症の発生メカニズムに基づいた最小限の労力で診断できるコツを会得することができる。
編著 高木 篤 / 真弓 俊彦 / 山中 克郎 / 岩田 充永
発行 2020年06月判型:B5頁:192
ISBN 978-4-260-03945-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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はじめに

 私たちは腹痛の患者が診療の場に来ると思わず緊張する.腹部というブラックボックスに重篤な急性腹症が隠れている可能性があり,どんな地雷が埋まっているかわからないからである.不安に駆られると途中を省略して一足飛びに画像診断に頼りたくなる.
 近年,高性能のヘリカルCTが一般病院にも普及し,指導医からの叱責を恐れる研修医たちが,きちんと病歴や身体所見を取らずに,とりあえずCTを撮るという傾向が目につくようになってきた.重篤な疾患を疑った場合に腹部CTを撮影することを躊躇してはならないが,何でもかんでもCTを撮っていては限られた医療資源や労働力の無駄遣いになるし,何よりも診断能力が身につかない.
 ベテランの刑事が足を使った聞き込み捜査と徹底的な現場検証を行って経験と勘を磨いていくように,優れた臨床医になるためには,まずは徹底的な「攻める問診」で病歴を聴取し,それを時系列で整理し,系統的に身体所見をとるべきだろう.そうすれば自ずと診断能力が磨かれる.CTを撮るにしてもカルテにその根拠が記載されていなければ,捜索令状なしで家宅捜索するようなものである.
 問診と身体所見というローテクな診断技術は,CTやMRIなどのハイテクな設備がない状況でも力を発揮するし,一生かけてこうした診断能力に磨きをかけていくのは,臨床医にとっても本懐であるはずだ.
 その一方で,問診や身体所見から正確な診断にたどりつくためには,病態生理とそれに基づく症候学の理解が必須である.それによって初めて,問診と身体所見の1つひとつの意味を理解でき,診断の目処をつけられるようになるだけではなく,疾患の重症度や緊急度を予測し,優先順位もつけられるようになる.ヤバい病気の初期症状がわかるようになり,診察のギアを上げることができる.
 Zachary Copeの“Early Diagnosis of Acute Abdomen”〔翻訳『急性腹症の早期診断─病歴と身体所見による診断技能をみがく(第2版)』メディカルサイエンスインターナショナル,2012:以下Cope〕が,名著として半世紀以上にわたり読み継がれているのは,疾患背景に基づき,こうしたローテクな技術を丁寧に解説しているからにほかならない.ただ,Copeは難解な書物でもあり,救急医療や急性腹症に専門的に取り組む人たちの間で熟読されてきたが,一般の臨床医たちには,なかなか手ごわい本でもあった.そこで私たちはより整理され理解しやすい形の「超訳」Copeを世に出そうと考えた.
 私たちは第1章でWhy,すなわち急性腹症に共通する病態生理と症候を総論として解明し,第2章でWhat,各疾患の病態生理とヤバさをシェーマを使ってわかりやすく解説した.そして,第3章でHow,急性腹症の診断法と各疾患の緊急度・重症度に応じた合理的なアプローチを提案した.
 そうした論理的で首尾一貫した骨格のなかに,臨床知であるパールやピットフォールの知見と,『急性腹症診療ガイドライン2015』などからのエビデンスを盛り込み(該当する部分を[ガイドライン/CQ]のアイコンを表示した),より実践的で深い学習の一助とした.
 渾身の力をこめて書いた本書であるが,肩に力を入れずに軽やかに読んでほしいという思いから敢えてタイトルは『すぐ・よく・わかる 急性腹症のトリセツ』にした.息抜きとして臨床短歌も挿入したので楽しんでいただきたい.
 本書が,急性腹症に関わるすべての医師やスタッフの急性腹症に対する苦手意識を払拭し,診断と治療を合理的なものにし,急性腹症の救命率を上げることに貢献できれば,著者らの望外の喜びである.

 髙木篤
 真弓俊彦
 山中克郎
 岩田充永

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第1章 メカニズムからみた急性腹症の症候学
 1 急性腹症をきたす疾患と原因臓器
 2 急性腹症の原因臓器の解剖学的位置
 3 ほとんどの急性腹症は「管の閉塞と破綻」で発症する
 4 消化管の閉塞によって急な腹痛が起こる
 5 消化管の閉塞によって内臓痛が起こる
 6 内臓痛は波を伴う「疝痛」として現れる
 7 弱い内臓痛は「正中」の神経叢に集約されてから知覚される
 8 強い内臓痛は「関連痛」として離れた部位に現れることがある
 9 内臓痛のまとめ
 10 消化管の閉塞に伴い感染が併発する
 11 消化管の破綻によって腹膜炎,敗血症が起こる
 12 腹膜に炎症が波及すると体性痛になる
 13 内臓痛と体性痛の比較
 14 痛みの部位と臓器
 15 血管の閉塞(虚血)は臓器壊死のリスクである
 16 ショックを起こす急性腹症は超緊急である
 17 管の閉塞と破綻・まとめ
 18 急性腹症の本態は「急な腹痛,敗血症,ショック,臓器壊死」である
 19 全身疾患に起因する腹痛
 第1章 まとめ

第2章 急性腹症の疾患論
 1 急性虫垂炎
 2 大腸憩室炎
 3 消化性潰瘍
 4 消化管アニサキス症
 5 消化管穿孔
 6 急性膵炎
 7 胆石症
 8 胆囊炎
 9 総胆管結石
 10 急性胆管炎
 11 腸閉塞総論
 12 癒着性腸閉塞
 13 内ヘルニアによる腸閉塞
 14 閉鎖孔ヘルニア
 15 癌性腸閉塞
 16 糞便性腸閉塞
 17 S状結腸捻転
 18 上腸間膜動脈閉塞症
 19 非閉塞性腸管虚血(NOMI)
 20 虚血性大腸炎
 21 異所性妊娠破裂
 22 卵巣茎捻転
 23 クラミジア骨盤腹膜炎・肝周囲炎
 24 尿管結石
 25 精巣捻転
 26 精巣上体炎
 27 心筋梗塞
 28 腹部大動脈瘤破裂
 29 大動脈解離
 第2章 まとめ

第3章 急性腹症の診断的アプローチ
 1 急性腹症診断の戦略的トリアージ
 2 問診の手順
 3 身体所見のとりかた
 4 検査の行いかた
 5 疾患別外科的治療一覧
 6 ピットフォール:常にプランBを念頭に置く
 第3章 まとめ

索引

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自信を付けたい初学者にお薦め
書評者: 林 寛之 (福井大病院教授/総合診療部長)
 「イレウス」は麻痺性イレウスを指し,機械的閉塞を伴うものは「腸閉塞」と呼ぶというように用語が統一されたのは,『急性腹症診療ガイドライン2015』がこの世に出てからとなる。私のような古だぬき先生となると,何でもかんでも「イレウス」とテキトーに呼んでいたから楽(?)だったが,確かに論文上ではほとんど“ileus”という用語は使われず,“bowel obstruction”と記載されていた。英語と日本語の齟齬が初めて正されたといえる。この急性腹症診療ガイドライン策定に陣頭指揮を執った真弓俊彦先生をはじめ,実に濃いメンバーで整合性がとれた内容の急性腹症の本が世に出たのは非常に喜ばしい。内容がアップデートされているのみならず,非常にわかりやすく,初学者にとっては重宝するテキストになるだろう。急性腹症はとにかく鑑別が多く,頭の中で整理するのは大変だもの。

 一般に腹痛のテキストを見ても,腹部の解剖学的な分割表に疾患名が羅列されただけのものが多く,病態生理を同時に考える本は少なかった。本書では内臓痛や体性痛が丁寧に説明されている。同時に解剖学的臓器を考えることで急性腹症の診断学力が飛躍的に伸びるだろう。腹膜刺激症状だけでは急性腹症は語れないのだ。「お腹が硬くないからこそ,怖い疾患」を想起できるかどうかは臨床医の腕の見せどころ。あくまでも診断は病歴と身体所見で8割想起可能であり,だからこそ疾患を予想して追加するCTの威力は抜群だ。一方,何も鑑別診断を挙げないで,「何でもかんでもCTさえすれば放射線科医が診断してくれるからいいや」なんという不届きな!(失礼)……安易な検査優先の診断学をしているのでは,簡単に「CTでは異常はありませんから病」なんて頼りない診断名でけむに巻くようになってしまうんだよね。

 各論においては,図が多く,スペースがとってあるのがいい。各疾患の特徴をきちんと整理して理解しておくことが重要だが,このスイスイページをめくることができる感じになると,「あ,私って賢くない?」と自画自賛モードに入りやすい作りになっている。自信を付けたい初学者にはぜひともお薦めの一冊だ。

 第3章「急性腹症の診断的アプローチ」は現場でのタイムリーな思考過程を身につけるためにぜひ熟読して自分のものにして欲しい。髙木篤先生,真弓先生,山中克郎先生のベテラン勢が同級生で,8年の時を経て本書が世に出ることになったという経緯は面白い。同級生だからこそ自由に意見交換できたからの統一性だろう。ここに年齢の違う岩田充永先生が巻き込まれたのは,「医学の世界のあるある」を見事に体現しており,読者の皆さまも「あぁ,医者の世界ってそんなんだよなぁ」と涙を誘われずにはいられないだろう(あくまでも個人の勝手な想像です。いや,きっと岩田先生は嬉々として原稿を仕上げたことだろう)。日常臨床でスピード感を意識しながらアプローチできる実践書を皆さまの手元に1冊置いておけばきっと多くの患者さまが恩恵を受けるに違いない。
“ドリームチーム”による和製Cope本―若手向け腹痛本の新しいスタンダード
書評者: 志水 太郎 (獨協医大主任教授・総合診療医学)
 Copeをはじめ,あまたある腹痛の書籍における本書の位置付けは何か。「すぐ・よく・わかる」「急性腹症」のタイトルにあるように,腹痛の名著Cope“Early Diagnosis of Acute Abdomen”を今時に「超訳」された本(はじめに),といえば,本書の伝えたいメッセージは明確ではないだろうか。Copeは病歴・身体診察の腹痛の標準テキストとして長らく有名であり,評者も学生時代愛読したが,その輝きは10数年たった今でも衰えず,腹痛の本で何を読むべきか,という質問に対して推薦3冊のうちに必ず入る本である。研修医教育などのリファレンスは結局Cope先生の本に戻ることが多い。

 その一方,Copeが比較的難解であるという欠点(?)は本書でも指摘される通りである。が,本書はその欠点を補いつつ,さらに日本の現場感覚を反映した,まさに日本の読者のための和製Copeといえる作りの本である。

 本書は実用性が高く,またその中に臨床の魂が注入されていると評者は感じる。その理由は,第1~3章から順にWhy,What,Howで記載された明快な章割りで誰が見てもわかりやすく,現場でも求めるページを迅速に開くことができる実用的な作りであり,さらに腹部触診やCT読影の際に体腔内を直観的に頭の中で映像化・想起しやすい具体的なシェーマが多いこと(こういう本がなかなかない!),そしてHowにあたる第3章では,小項目のタイトルを読むだけでも腹痛のピットフォールが網羅できるような直言的メッセージにあふれ,速読で全体像を俯瞰することができるという実用性を意識した作りだからである。特にHowの第3章は必読である。

 これからの医師に必要なのは「どこまで知っているか」よりは,「どう考えればよいか」である。知識をどこまでも広げることは,検索方法さえ心得れば万人が同じスタートラインに立てる。しかし,どう考え,どう行動できるかは医師個人の生き方,考え方と実地経験の結晶化であり,ここに医師のプロとしてのexpertiseやartがある。本書の著者である腹痛診療の達人の先生方のエッセンスを学ぶ上で,このHowの章は本書において特に外せない。そして,その前を担う第1,2章においても,このエッセンスはいきわたっていると感じる。

 本書のさらなる魅力として,執筆者の先生方のお人柄を表すかのような作りも垣間見える。例えば,各項目の合間に内挿される臨床短歌などはウィットに富み,現場を知る人間にとってはほほえましいものが多い(してません 絶対絶対してません してませんけど妊反陽性p.155など)。

 執筆者の先生方はまさに日本の総合救急,外科救急,消化器を代表する各先生方であり,まさにドリームチームによる強い絆(4名の先生方が大学の同級生・また職場の同窓でいらしたことにも驚きました)で作り上げた後輩への腹痛学習の総結集,ともいえるだろう。

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