医学界新聞

医学界新聞プラス

『救急超音波診療ガイド [Web動画付]』より

妹尾聡美

2024.02.16

 POCUS(point of care ultrasound)という概念の広まりやポータブル型・携帯型超音波沿診断装置の急速な普及により,急性期診療における超音波検査の重要性は年々高まっていると言えます。新刊『救急超音波診療ガイド[Web動画付]』は「日本救急医学会 救急point-of-care超音波診療指針」に準拠した本邦初の学会監修テキストです! 本書ではプローブの取り扱いやアーチファクトの理解といった基本を押さえつつ,部位別の描出法や領域横断的な超音波検査の活用法といった実践的な内容について豊富な写真や動画と共に解説しています。

 「医学界新聞プラス」では,「第3章 領域別活用」「第4章 症候別・領域横断別活用」の中から「肺・胸郭」「消化器・腹腔内液体貯留」「血管穿刺」「急性腹症」の内容を一部抜粋し,全4回でご紹介します。


 

  • 要約
  • ショックを伴う急性腹症のPOCUSはABCアプローチのフレームワーク内の一部を構成する.
  • 急性腹症のPOCUSではショックを呈する病態を優先的に鑑別する.
  • 非ショックの急性腹症では疼痛部位別に鑑別疾患を念頭におきPOCUSを行う.


 

 ショックの原因は多岐にわたり1つの領域や臓器にとどまらず横断的な評価が必要である.FAST1)やrapid ultrasound in shock(RUSH) exam2)はいまや国際的に広く普及しているプロトコルであり,特にRUSH examについては報告以降,領域横断的超音波検査に関する臨床研究が多く行われるようになった.これらの研究により領域別および領域横断的超音波検査の論文的根拠に基づきショックと呼吸困難の両方で使用可能なABCアプローチに基づいたフレームワークも考案された3).ABCアプローチは重症患者の蘇生やマネージメントを行ううえで重要なアプローチ方法であり,超音波検査もこのABCアプローチに沿って行われるべきである.また,このフレームワーク内にはショックの原因として腹部超音波検査が含まれており,その原因となる腹腔内出血,腹部大動脈瘤,水腎症(敗血症),急性胆囊炎(敗血症)を評価する流れとなっている.現時点では救急外来における急性腹症に対するPOCUSの有用性に対して無作為割付試験が進行中であり4),国際的に合意の得られた急性腹症のPOCUSプロトコルはない.しかしこのABCアプローチに沿った評価の一部として急性腹症が含まれており,急性腹症の評価としてPOCUSを活用し評価をすることは重要であろう.
 この項ではABCアプローチに基づくフレームワークを周到しつつ急性腹症のPOCUSプロトコル例を示す.

1 急性腹症におけるPOCUSの役割

 急性腹症におけるPOCUSの役割を考えると以下の3つに集約できるだろう.
①急性腹症の確定診断
 超音波検査で確定できる疾患,例えば急性胆囊炎の特徴的所見が得られるのであれば,その段階で確定診断可能であり,その後の治療方針決定も速やかに行うことができる.
②間接的所見から病態を絞る
 原因疾患そのものを描出できなくとも,腹腔内液体貯留,胆石,水腎症,拡張腸管や,出血を疑う所見を得ることによって病態を絞ることが可能である.
③異常所見が認められない
 真に異常所見がないのか,器質的異常所見はあるが超音波検査で描出できていないかのどちらかである.急性腹症におけるPOCUSの感度,特異度に言及するべきところではあるが,特定の腹部疾患に対する報告例はあるものの“急性腹症のPOCUS”として普遍的な数値での報告はほとんどないため言及できないのが現実である.
 ①から③のいずれにせよ,臨床現場においてPOCUSを行うことで疾患のより早期の診断や除外が可能であることが期待できるため積極的に行うべき検査であると考える.

2 急性腹症診療におけるPOCUSの活用方法

 忘れてはならないのは,急性腹症診療を行ううえで超音波検査に先行もしくは並行して,バイタルサインの評価および現病歴・既往歴・身体所見の把握を行わなくてはならないことである.バイタルサインの評価を行いショック状態か否かを判断することで蘇生を優先的に行い,超音波検査でも優先的に評価するべき項目を変える必要がある.加えて,現病歴や既往歴,身体所見から疾患群を想定することが可能であるため,超音波検査時には鑑別を考慮しながら検査を行うことも可能である.急性腹症の診療アルゴリズム(2 step method)が『急性腹症診療ガイドライン2015』5)から提案されているが,前述したABCアプローチのフレームワークに示されているかたちで急性腹症の超音波検査を進めるのがよいだろう.
 急性腹症におけるPOCUSの具体的な活用方法についてショックの有無別に示す.

1 急性腹症+ショックの場合図1左側

 ショックに対しての蘇生と最低限の現病歴・既往歴を確認した後に超音波検査を行う.ショックを伴う急性腹症の原因として考えるべき病態は,“出血性ショック”と“敗血症性ショック”であり,はじめに出血の評価を行う.
 腹腔内出血の有無はFASTに準じて評価を行う.「消化器・腹腔内液体貯留」の項でも述べたように,特異度に比して感度が低く限定的な評価になることを忘れてはならない.腹腔内液体貯留の原因疾患として考慮するべきは,外傷による腹部臓器損傷,異所性妊娠破裂,卵巣出血,卵巣腫瘍破裂,腫瘍関連出血(肝細胞癌など)である.外傷後のショックであれば腹部臓器損傷による腹腔内出血を疑い,妊孕女性で骨盤内に腫瘤性病変がない場合には異所性妊娠破裂をより疑う.つまり現病歴や既往歴などによって優先的に疑うべき疾患が異なるため,鑑別には注意を要する.また,腹部大動脈瘤破裂もショックを伴う急性腹症として鑑別をしなくてはならない疾患の1つである.腹部大動脈瘤破裂のほとんどは後腹膜腔に穿通するため,腹腔内出血を検出するというよりは腹部大動脈瘤の存在を評価することが目的である.
 腹腔内出血や腹部大動脈瘤破裂による出血性ショックを鑑別した後,感染に伴う敗血症性ショックの鑑別へ移る.POCUSとしては急性胆囊炎/胆管炎として胆囊腫大,胆囊壁肥厚,胆囊周囲液体貯留,sonographic Murphy’s sign,閉塞性尿路感染症として水腎症の確認,最後に腸閉塞として拡張腸管の有無を確認する.消化管穿孔による敗血症性ショックも原因の1つである.腹腔内遊離気腫も超音波検査で同定可能であり,遊離気腫の同定感度は腹部X線検査の76%と比較して86%と高い感度を示す6)がPOCUSでは除外しきれない.腹腔内膿瘍や虫垂を含む消化管穿孔の評価については超音波検査による評価ではなくCTなどほかのモダリティでの評価を優先する.

eu4_fig1.JPG
図1 急性腹症POCUSアルゴリズム例(クリックで拡大)
ABC:Airway,Breathing,Circulation.

2 急性腹症+非ショックの場合図1右側

 ショックを伴わない急性腹症の原因は多岐にわたり,年齢や性別,疼痛部位によっても鑑別するべき疾患が異なる.疾患を絞り込むためにまずは疼痛部位により鑑別するべき疾患を念頭におきながら評価をすることが重要である.また妊婦や小児の急性腹症では放射線被曝の観点から急性腹症のスクリーニング検査として超音波検査を施行することが勧められている.
 本項では,『急性腹症ガイドライン2015』から提案されている部位別鑑別診断に準じて,疼痛部位別による評価内容を述べる.また,妊婦の急性腹症の評価については別項を設ける.


(1)右上腹部痛
 この領域の疼痛の原因は多岐にわたるものの,急性腹症POCUSとして評価する項目として胆囊,右腎を挙げる.胆石発作に対しては結石や胆囊腫大の有無を評価する.急性胆囊炎では結石や胆囊腫大の有無に加え,胆囊壁肥厚,胆囊周囲液体貯留の有無,そしてsonographic Murphy’s signを評価する.
 右腎では水腎症の評価を行う.結石による尿路閉塞で水腎症を呈している場合,5 mmより大きい結石の存在が疑われるが7),超音波検査による結石の同定感度は低く単純C Tによる評価がgold standardである8)


(2)心窩部痛
 食道・胃・十二指腸疾患,肝胆道系疾患を多く含むが,急性腹症のPOCUSとして鑑別するべき疾患は,急性胆囊炎や胆囊結石に加え,血管疾患として大動脈解離を挙げる.
 腹部大動脈に進展する大動脈解離の有無を評価することになる.内膜フラップが観察される場合にはPOCUSで検出可能である.POCUSにおける急性大動脈解離を示唆する所見の診断精度は88%(95% 信頼区間[CI] 76~95%)と報告されているが 9),真腔が著明に圧排されている症例ではその診断精度は下がり,かつ被検者の技量によっても変わりうるため,急性大動脈解離を疑う場合にはPOCUSを過信せずにCT angiographyによる評価を行う.また関連痛として急性冠症候群も忘れてはならない鑑別疾患の1つである.POCUSで上述疾患の評価をしたのち所見が得られない場合には,急性冠症候群の評価を行う.


(3)右下腹部痛
 患者背景により考えるべき疾患は異なるが,妊孕女性における右下腹部に限局した腹痛であれば,異所性妊娠破裂と卵巣茎捻転は除外するべき優先度の高い疾患である.妊娠初期の段階で異所性妊娠を経腹超音波検査により評価することは難しいためPOCUSで評価するべきは腹腔内出血となる.外傷既往のない妊孕女性の右下腹部痛および腹腔内出血を認める場合には異所性妊娠破裂を疑う.また卵巣茎捻転のうち80%以上が卵巣腫瘍の直径が5 cmを超えるとされており10),下腹部痛を訴える女性で骨盤内に5 cmを超える病変を認める場合には卵巣茎捻転を疑う.
 側腹部から鼠径部に放散する急性発症の場合には,尿管結石の閉塞による水腎症の評価が必要である.またほかの泌尿器科領域においては精巣上体炎や精巣捻転も下腹部痛の原因として鑑別として挙げられるが,超音波による描出方法については「尿路・男性生殖器」の項を参考にしてほしい.
 右下腹部痛でも徐々に悪化する腹痛の場合には,急性虫垂炎の評価が必要である.POCUSにおける急性虫垂炎の検出感度は高く11),Alvaradoスコアが高い症例ほど虫垂の同定率も高いことが報告されている12).もちろん肥満体型や腸管ガスなど被検者の条件によっては虫垂の描出が制限される可能性はあるが,小児や妊婦など放射線被曝を回避するべき症例もあるため超音波検査を試みる.ほかに評価するべき腸管疾患としてはヘルニア嵌頓による腸閉塞も鑑別となるため,拡張腸管の評価も行う.また,血管系疾患として大動脈解離や大動脈瘤も鑑別として挙げるため,内膜フラップ・大動脈瘤を評価する.


(4)左上腹部痛
 尿管結石による腎疝痛のほか,大動脈瘤破裂・大動脈解離を念頭に鑑別をしていく.水腎症の有無,内膜フラップ,大動脈瘤を評価する.


(5)左下腹部痛
 泌尿器科疾患,産婦人科疾患,腸疾患の頻度が高くなる.
 泌尿器科疾患としては尿管結石による水腎症を,精巣上体炎による精巣上体の腫大を評価する.婦人科疾患も先述のとおりである.腸疾患としてはヘルニア嵌頓による腸閉塞を確認するために拡張腸管の有無を評価する.また,大動脈疾患として大動脈解離や腹部大動脈瘤の有無も確認することも忘れてはならない.


(6)下腹部正中
 虫垂の位置によっては右下腹部ではなく下腹部正中の腹痛として認められる.そのため虫垂腫大の評価を忘れてはならない.また,結石による疼痛の原因検索のため水腎症の評価,尿閉を反映した膀胱拡張に加え,産婦人科疾患として異所性妊娠破裂や卵巣茎捻転を念頭に鑑別とする.


(7)腹部全体
 この領域の疼痛の原因は大動脈瘤破裂や解離,上腸間膜動脈血栓症などの血管系疾患,腸閉塞(特に絞扼性閉塞),消化管穿孔などの消化器系疾患に加え,代謝性アシドーシスなどの内分泌代謝系疾患も含む.急性腹症POCUSの評価項目としては大動脈瘤破裂として動脈瘤の有無,大動脈解離に対する内膜フラップの有無,腸閉塞として拡張腸管の有無を確認する.

3 急性腹症POCUSプロトコル例図2

 ショックの場合には,ABCアプローチに基づき蘇生を行いながらPOCUSを行うが,そのうち急性腹症のPOCUSプロトコル例を示す.ショックの原因となりうる疾患を優先的に鑑別するプロトコルとし,①から⑤までの評価を行い終了とする.また②に含まれる内膜フラップの評価は省略可能である.
 非ショックの場合にはアルゴリズムに示した腹痛部位別の鑑別疾患を念頭に置き,①から⑦までの評価をプロトコルに準じて評価を行うことが望ましい.

eu4_fig2.JPG
図2 急性腹症POCUSプロトコル例
急性腹症症例に対してショックの原因検索から始まるアルゴリズム例を示す.
①-①′′:腹腔内液体貯留
②:腹部大動脈瘤,内膜フラップ
③:胆囊腫大,胆囊壁肥厚,胆囊周囲液体貯留,sonographic Murphy’s sign
④-④′:水腎症
⑤:拡張腸管
⑥:虫垂腫大
⑦:(女性の場合)卵巣腫大
⑦′:(男性の場合)精巣上体腫大,精巣腫大
 手順 
  • ①FASTに準じてMorrison窩,脾周囲,膀胱周囲の液体貯留を評価.
  • ②下腹部正中から心窩部に向かって大動脈を短軸で描出し,大動脈瘤や内膜フラップの有無を評価.
  • ③右肋骨弓下・肋間走査で胆囊を描出し,胆囊腫大・胆囊壁肥厚・胆囊周囲液体貯留,sonographic Murphy’s signを評価.
  • ④右腎→左腎の順で水腎症の有無を評価.
  • ⑤腹部全体を描出し拡張腸管の有無を評価.
  • ⑥右下腹部(もしくは右下腹部圧痛点)で虫垂腫大の有無を評価(リニアプローブに持ち替えて検査を実施).
  • ⑦(女性の場合)骨盤内に5 cmを超える病変(腫大卵巣)の有無を評価.
  •  (男性の場合)精巣上体腫大・精巣腫大の有無を評価.

 

  • ■文献
  •   1)Scalea TM, et al: Focused Assessment with Sonography for Trauma(FAST): results from an international consensus conference. J Trauma. 1999; 46: 466-472.
  •   2)Perera P, et al: The RUSH exam: Rapid Ultrasound in SHock in the evaluation of the critically ill. Emerg Med Clin North Am. 2010; 28: 29-56, ⅶ.
  •   3)Kameda T, Kimura A: Basic point-of-care ultrasound framework based on the airway, breathing, and circulation approach for the initial management of shock and dyspnea. Acute Med Surg. 2020; 7: e481.
  •   4)Brau F, et al: Impact of emergency physician-performed ultrasound for the evaluation of patients with acute abdominal pain, prospective randomized dual Centre study: study protocol for a diagnostic trial. Trials. 2022; 23: 804.
  •   5)急性腹症の診療アルゴリズム(2 step methods).急性腹症診療ガイドライン出版委員会(編):急性腹症診療ガイドライン2015.医学書院,2015,p156.
  •   6)Chen SC, et al: Ultrasonography is superior to plain radiography in the diagnosis of pneumoperitoneum. Br J Surg. 2002; 89: 351-354.
  •   7)Goertz JK, et al: Can the degree of hydronephrosis on ultrasound predict kidney stone size? Am J Emerg Med. 2010; 28: 813-816.
  •   8)Teichman JM: Clinical practice. Acute renal colic from ureteral calculus. N Engl J Med. 2004; 350: 684-693.
  •   9)Nazerian P, et al: Diagnostic performance of emergency transthoracic focus cardiac ultrasound in suspected acute type A aortic dissection. Intern Emerg Med. 2014; 9: 665-670.
  • 10)Huang C, et al: A review of ovary torsion. Ci Ji Yi Xue Za Zhi. 2017; 29: 143-147.
  • 11)Lam SH, et al: Bedside ultrasonography as an adjunct to routine evaluation of acute appendicitis in the emergency department. West J Emerg Med. 2014; 15: 808-815.
  • 12)Kaewlai R, et al: Body mass index, pain score and Alvarado score are useful predictors of appendix visualization at ultrasound in adults. Ultrasound Med Biol. 2015; 41: 1605-1611.

※書籍では他に妊婦の急性腹症〔水腎症,急性虫垂炎,胎盤異常(常位胎盤早期剥離)〕に対するPOCUSの活用法を解説しており,本ページでは一部内容を割愛した箇所がございます。

 

本邦初 日本救急医学会監修による救急超音波診療テキスト

<内容紹介>「日本救急医学会救急point-of-care超音波診療指針」に準拠した救急超音波診療テキスト。指針をもとに実践的な内容を解説し、上級者向けのPOCUSや、知識として知っておくべきことについても適宜言及。手技や病態・疾患に関する画像・動画を豊富に盛り込み、独学でも知識と技術の習得に役立つ内容とした。救急科専門医・専攻医だけでなく、研修医や急性期診療に従事する医師の手引きとして活用できる1冊。

目次はこちらから

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook