レジデントのための患者安全エッセンス
[第3回] 病院の安全管理部門がインシデントレポートを求める理由がわからない
連載 松村由美
2024.06.11 医学界新聞(通常号):第3562号より

10人に1人が医療によって害を受けている
インシデントレポートは,エラーの告白ではなく,病院システムのほころびや問題点の発見報告であり,医療プロセスの改善戦略の1つです。患者の身体所見や検査を行い異常の有無を調べ,治療するか,経過観察するかを医師が判断するのと同じように,病院の安全管理部門はインシデントレポートをシステムのほころびの結果として表れた「症状」だととらえ,原因に対する「治療」が必要かどうかを判断し行動します。医療者の一人ひとりが,医療にかかわることに人生の意義を感じ,やりがいのある仕事だととらえ,人の命に違いをもたらす(註),という3つの価値観を共有し,インシデントレポートを使いこなせるようになれば,病院のあちこちで質改善のはずみ車が回りだすことでしょう1)。インシデントレポートの提出数が多いチームは,インシデントレポートがシステム改善ツールだと知っています。安心してインシデントを共有できる環境が構築され,チーム内でのコミュニケーションが活発で改善を継続する能力もあると,高いパフォーマンスを発揮できるのです2)。
ここで,インシデントの定義を確認してみましょう。「通常医療行為からのあらゆる逸脱のうち,患者に害を及ぼした,もしくは害のリスクがあったもの」(WHO)3),「予期しなかった,あるいは回避可能な出来事のうち,患者,患者家族,介護者,従業員,あるいは,訪問者に害による死亡,害,傷害をもたらしたもの」(英国)4),「患者に傷害や損害を及ぼしたり,及ぼしたりしそうになった予想外の出来事であり,ニアミスを含む」(豪国・ニューサウスウェールズ州)5)との説明が各所でなされています。どの事象をインシデントとするかに若干の差はあるものの,「医療を提供したことで害が発生したら,報告し学習しましょう」とのメッセージはいずれの指針でも共通しています。患者さんに良い結果をもたらそうとして逆に悪い結果になったのであれば,どこかに問題があり,それを改善させるためのはずみ車を回すことが求められます。10人に1人が医療によって害を受けているとされる現在6),患者の害に気づくのは,最前線で働く医療者であり,研修医の皆さんも例外ではありません。
レジデントが個々人でできる患者安全対策
●冒頭の会話を分析する
冒頭の研修医は,インシデントレポートはエラーがあった時のみ報告されるものであり,恥ずかしいこと,非難されることだと思い込んでいました。以前はそのような認識がなされていたかもしれませんが,この20年間で考え方は確実に変わってきています7)。特に,医療に起因した予期せぬ死亡を報告する「医療事故調査制度」は,私たち医療者にさまざまな気づきをもたらしてくれました。再発防止策が提言され,日本中のあちこちで,はずみ車が回り始めています。
●効果的なインシデントレポートをするための具体的な工夫
日常業務中にうまくいっていないと感じることがあれば報告をしてみましょう。現場の状況全てを医療安全管理者が把握できているわけではないため,最前線の医療者からもたらされる情報は重要です。冒頭のケースは術後早期の死亡であり,医療者も家族も予期していなかったことから,インシデントレポートの提出による医療プロセスの検証が推奨されます。①予定した行動(意図したこと),②今回の行動(実施したこと),③考えられる背景要因,④患者の害の有無の4項目を意識して報告すると良いでしょう。背景要因がわかれば,その要因をどう取り除くべきかを検討できます。迷った際は,医療安全管理部門と一緒に取り組んでみましょう。下記に記載例を掲載しました。ぜひ参考にしてみてください。
記載例
左上葉肺癌があり,術前のCT検査...
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松村 由美 京都大学医学部附属病院医療安全管理部 教授
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