医学界新聞

心の不調に対する「アニメ療法」の可能性

連載 パントー・フランチェスコ

2024.04.09 医学界新聞:第3560号より

 今回は,「アニメ療法」が現在すでに臨床現場において導入されている他のセラピーと異なる点はもちろん,どういった点に長所があるのか,どういった課題が残っているのかについてお話しします。

 まずセラピーに用いる作品として見た際に,現実に寄せたCG表現や,俳優が演じる実写映画などよりも,架空のキャラクターを含む作品に対して人は感情移入をしやすく,精神的な健康度を高めるパワーを持っているというのが筆者の考えです。その根拠の一つとして,ロボット工学者の森政弘が提唱する「不気味の谷」現象が参考になるでしょう。「不気味の谷」は,人間“らしい”ものを鑑賞する際に人が違和感を持つという心理現象を指します。アニメキャラクターなどの外見を,写実性を高めて人間の見た目に近づけると,私たちはかえって不気味さを感じたり嫌悪感を抱いたりする傾向があるのです。この現象が「谷」と呼ばれるのは,キャラクターをある程度まで人間に近づけることはそれを見た人の好感度を上げるものの,人間に近づきすぎると好感度が急に下がるポイントがあるからです。

 加えて,実写作品とアニメ作品の大きな違いとして,「描ける場面の多寡」があります。アニメでは,私たちが想像するどんな描写も実現可能です。一方の実写作品に登場する俳優には,見た目から性格まで,当たり前ながら各自が持つ特徴があり,フィクション作品中に登場したとしても,もともとの固有性を保持し続けます。それと比べると,アニメキャラクターは白いキャンバスの上に描かれた純粋な描写と言えるでしょう。

 また,これまでにも繰り返し述べてきた通り,写実性が高い形で再現された作品を見たとき,人はそこに己の人生や生活との類似性を見いだしてしまい,心理的な抵抗が生じます。「作品中のキャラクターと鑑賞者に類似性が乏しい」ことが,かえってアニメ作品のメリットとなるわけです。キャラクターの状況が鑑賞者のそれと多少は乖離しているほうが,かえって心に築かれた障壁が下がり,感情移入がスムーズに行われる可能性があります。私たちはキャラクターの事情や展開する場面にではなく,あくまでも「感情」に親近感を覚えます。

 その他の利点として,カジュアルに心のケアができることが挙げられます。エンターテインメントの対象と一般に考えられているアニメと漫画を利用して自分と向き合うことは,セラピーに伴うストレスと労力を小さくしてくれる可能性があります。心のケアをすることは,本人にとってつらい作業となり得ます。自身が問題を抱えているという事実を認めたくない心理もあるでしょう。アニメ,漫画,好きなキャラクターの話をしながら,心をケアしたり,自分の悩みと向き合ったりすることは,そのハードルを下げてくれます。日常生活の中で作品を楽しみながら,同時に病状の悪化を未然に防ぐことができるかもしれません。

 もちろん,アニメ療法には課題となる部分もあります。開発面における課題がまず挙げられるでしょう。医療現場以外でも実施できるアニメ療法の場合,メタバースの実装等,技術的な進歩の必要性があります。エンターテインメント企業の方々と心の専門家が協力しない限りは実現が難しいであろう部分が多々ありますが,この2つの分野はビジネスモデルとしては正反対です。また,適応範囲の問題もあります。重症例,例えば重度の統合失調症の場合などは見当識障害悪化の懸念があり,アニメ療法は適応外となります。症状によっては薬物療法が必要なケースもあります。そもそも患者がアニメ,漫画に興味を持たない場合,そうした作品をセラピーに使われることにマイナスの感情を抱く可能性も否定できません。

 その他,アニメキャラクターは現実には存在しないこと,時間的な連続性がないことがアニメに欠けている点として挙げられます(アニメキャラクターは基本的に年を取らないし,致命的なダメージを受けても死ぬことはありません)。そうした概念的な「欠落」は,私たちに認知的な矛盾を生み出します。受け取った情報に欠落があると,私たちの脳はつじつまが合うように欠落を埋めようとするのです。この能力は,現実性が欠落したアニメーションの描写にも適用されるのではないでしょうか。描写に欠落があるからこそ,鑑賞者は自分に都合の良い解釈をしてしまう可能性が高いです。この点は,もしかするとアニメ療法の没入感を高める利点として働く可能性もあるでしょう。


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