医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2023.11.27 週刊医学界新聞(看護号):第3543号より

 昨今,「心理的安全性」をテーマとした雑誌の企画がブームとなっている。それだけ,心理的安全性が不足しているのであろうか。本連載第132回「現代のチーミング」および第195回「談論風発」で紹介したが,心理的安全性をチームの心理的安全性へとグループレベルの構成概念に発展させたエイミー・C・エドモンドソンの論文と書籍の引用された総回数は5万回を超える。心理的安全性が普及してきた結果,いろいろな場面でこの言葉が使われる。

 先日,私の講義に対する感想として,このような自由記述があった。「慣れない用語が多くてなかなか実際やっていることに結び付けることができなかった。質問の感想のときは心理的安全が守られている気がしなかった」(下線は筆者)。「意見を述べた生徒(原文ママ)に対しての先生の質問は,意図のあるフィードバックでしたが,話し方が高圧的で意見を述べにくかったです」。

 こうしたネガティブな意見の一方で,以下のような感想もある。「先生の講義では,聴講するだけでなく自分の意見を言えて良かったです。質問や意見の場面では,先生に指摘や質問返しされるため,慎重に一言ずつ言葉の持つ意味を考え話すことを経験しました。率直に,会話するって難しいと思ったが,あの限られた時間の中で,自分の発する言葉に責任が持て,逃げずに先生と話ができて良かったです。管理者としての自覚にもつながりました。こういった講義は経験がありません。大学生の経験もないので,貴重な経験でした。明日も楽しみです」。また,「先生の質問に答えていくことで,自分の中で知識が統合され,何をしていけば良いのか導き出せた」ことや,「緊張が緩和してきた時期に再度,気が引き締まる講義でした」という感想もあった。

 こうした記述を統合すると,継続研修では講師が行う講義(語り)を一方的に聴くという授業には慣れているが,講師が受講生に積極的に質問することで受講生の関心や問題意識を引き出して授業の方向性を決めていく形式の授業の経験に乏しい。講師の説明についてどういった理解をしているかを確認するために行う質問と,それに応えるためにはかなりの緊張を伴うということである。これらを総称して「心理的安全が守られていない」という記述になる。

 そこで私は,あらためて,心理的安全を問うことになった。

 そもそも,学習に際して生じる緊張や不安,恐れといった個人に生じる心理まで守らなければならないのだろうか。私は心理的安全が全てのストレスフルな事象の万能薬のように使われることに違和感を覚える。

 エドモンドソンの最初の著書『チームが機能するとはどういうことか』(野津智子訳,英治出版 2014年)では,このように説明している。「心理的安全は,メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。心理的安全は,チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。(中略)一方,心理的安全は,反対意見が期待されたり歓迎されたりする雰囲気について述べている。そして反対意見に対して寛容であるために,生産的な話し合いと問題の早期発見が可能になる」(155頁)。

 エドモンドソンは,職場で直面する4つのイメージリスクを指摘し,これらの不安が,積極的に意見を言うかどうかを左右するという。それらは,①無知だと思われる不安,②無能だと思われる不安,③ネガティブだと思われる不安,④邪魔をする人だと思われる不安である。これらは「職場で懸念を口にしたり質問したりする場合」のリスクである。学習の場で受講者があらかじめ抱くこうしたリスクを冒して発言するメリットがあるということは,他の記述が示唆していることでもある。

 エドモンドソンの次の著書『恐れのない組織』(野津智子訳,英治出版,2021年)の副題は,『「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』である。そこでこう指摘する(私がなるほどと思った段落であり,少し長いが引用したい)。「発言より沈黙を好む心理的・社会的な力の基本的非対称性,つまり自己表現より自己防衛しようとする性質は,今後も変わらないだろう。だが発言と沈黙では,見返りもまた非対称である。自己防衛したところで空虚な勝利しか手に入らないのに比べ,自己表現すれば,意欲的な目標を実現しうるチームの一員になって野心的な目標に積極的に貢献し,それによって充実感を得られるのだ。これは,負けないようにプレーするか勝つためにプレーするかの違いに等しい。負けないようにプレーするのは,意識的にであれ無意識にであれ,マイナスの側面から身を守ろうとするマインドセットだ。これに対し,勝つためにプレーすると,プラスの側面にフォーカスし,チャンスを探し,必然的にリスクを取ることになる。負けないようにプレーすると,安全第一になってしまうのである」(230頁)。

 さらに,エドモンドソンは心理的な安心感をほんの少し高めるためのフレーズも紹介している(246-7頁)。「わかりません」「手助けが必要です」「間違ってしまいました」「申し訳ありません」。しかも「上司ではない立場で心理的安全性を生み出すには,関心を持っており,いつでも手を貸そうと思っていることを示す言葉で述べるのも,きわめて効果的だ。例えば次のように。どんな手助けができますか。どんな問題にぶつかっているのですか。どんなことが気がかりなんですか」。

 最後に,次のことはわきまえておかなければならない。リーダーにはどうしてもしなければならない二つの仕事があるというエドモンドソンのメッセージである。一つは,心理的安全性をつくって学習を促進し,回避可能な失敗を避けること。もう一つは,高い基準を設定して人々の意欲を促し,その基準に到達できるようにすることである。しかも,高い基準の設定は,マネジャーの極めて重要な仕事である。

 というわけで,受講生の感想文から,私は再び心理的に安全な学習環境をつくるとはどういうことかを考察したのである。


開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook