看護のアジェンダ
[第228回] 居残る前任者
連載 井部俊子
2023.12.11 週刊医学界新聞(看護号):第3545号より
今回は法律から入りたいと思います。「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高齢者法)(昭和46年法律第68号)です。
この法律の目的は,「定年の引上げ,継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進,高年齢者等の再就職の促進,定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ,もつて高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに,経済及び社会の発展に寄与すること」とされています(第一条)。事業主がその雇用する高齢者の定年の定めをする場合には60歳を下回ることができません(第八条)。また65歳未満の定年の定めをしている事業主は,その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため,①当該定年の引上げ,②継続雇用制度(現に雇用している高齢者が希望するときは,当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度),③当該定年の定めの廃止のいずれかの措置を講じなければなりません(第九条)。さらに,定年(65歳以上70歳未満)の定めをしている事業主または(高齢者を70歳以上まで引き続いて雇用する制度を除く)継続雇用制度を導入している事業主は,その雇用する高年齢者について,65歳から70歳までの安定した雇用を確保するよう努めなければならないとされます(第十条の二)。
このような事情も相まって,昨今,「居残る前任者」とどのようにうまくやっていったらよいのかがささやかれています。そのささやきを聴いてみました。
ケーススタディ
「新任看護部長と前任者の関係」
Aは今年4月に,大学病院の看護部長から,複数の病院を経営する事業体のうちのひとつの病院の看護部長に就任しました。そこでは前任の看護部長が統括看護部長となっていました。しかしいわゆる「本部」にいるわけではなく,前職場であるAの部長室に近接した部屋に毎日出勤します。そして師長会に出席して,細かいことを指摘します。4人いる副看護部長のひとりは,前任者が上司であったために何かとまず前任者に相談するのです。場合によっては,2人で話した内容が看護部ミーティングに持ち込まれることがあります。看護部ミーティングの着席も隣同士でいるせいかもしれません。そういうわけで,Aは「やりにくい」。いわゆる非公式組織が公式組織の意思決定に影響を及ぼしているのです。前任者はAに「自由にやっていいのよ」と言う割には自由にできません。半年を経過して,Aは先日,思い切って副看護部長に言いました。「聞く順番が違うんじゃない?」と。
Bが大学病院の看護部長に就任した際にも前任者はいました。しかし彼女は看護部ではなく医事課の所属になっていました。翌年,院長から「前任者の継続が必要か」と問われたので,「必要ではありません」と断りました。
一方で次のような切実な悩みもあります。Cは,公的病院の病院長に「看護部をなんとかしてくれんか」と言われて3年の任期で特任看護部長として今年4月に外部から就任しました。その組織には現任の看護局長(看護部長)がおり,8人の副看護部長がいます。8人はライン職能として役割分担をしています。特任看護部長はスタッフ職能として位置付けされました。
Cは,院長の「なんとかしてくれんか」をもとになんとかしようともがいています。組織の問題がいろいろと見えてきました。しかし会議は報告が大半で討議は少なく,師長とスタッフとの信頼関係も疑問に思っています。Cは,質の高い看護の実践者を育成したい,職務満足を高めたい,チーム医療を実践したい,働き方改革をしたいなどとあれこれ考えているのですが,いまだに遠慮があり,どう動いたらよいかわからず空回りしてばかりです。時間だけが過ぎていくとあせっています。Cは,これまでライン職能として責任と権限を行使してきましたが,スタッフ職能として組織に入るのは初めての経験であり,とまどっているのです。どうしようどうしようと悩んでいるうちに任期の3年がたってしまう,とさらに悩んでいます。
「居残る前任者」が活躍するために組織が取り組むべきこと
居残る前任者に持てる力を有効に発揮してもらい,かつ現任者にも有益な組織をつくるにはどうしたらよいのでしょうか。
まず,事業主が再雇用(もしくは新たに雇用)する理由を,組織メンバーに明解に知らせておく必要があります。その上で,彼もしくは彼女を組織図上のどこに位置付けるかを示し,職務(役割)を決めておくとよいと思います。おそらくこのような作業は,人事課や総務課が行って,事業主が通達することになるでしょう。事業主の意思決定は,しかしながら,当該部門の責任者に問うことなく一方的に行われることが多く,そのこともトラブルの原因になります。前任者も現任者も悩むことの根本原因だと思います。
しかも,事業主がこのように準備して前任者を迎えるとは限りません。その場合は継続雇用された前任者は,新たに役割開発を自ら行わなければならないでしょう。そのような力量があるからこそ前任者を雇用したのだと思います。ですからその期待に沿う必要があります。Cの場合ですと,院長の「なんとかしてくれんか」とは具体的にどんな課題があるのか,どのような目標設定をすればよいのか,自分の責任や権限は何か,組織構造のどこに位置付けられるかなどについて,面談して確認し,記録を取っておくとよいと思います。そしてその内容を現任者に提示して,「この役割を果たしたいので,現任者と協力してやっていきたい」と,率直で真摯な話し合いをする必要があります。
余談ですが,私も苦い経験があります。私が看護部長を退任したのは4月末です。つまり,1か月間は「居残る前任者」になったのです。後任が決まるのが遅れたので,新採用者のオリエンテーションなどを済ませて退職しようと考えてのことです。後日,元同僚から「3月に辞めてもらったほうが仕事がやりやすかった」と言われました。自分の未練がましい対処を深く反省したのでした。
高齢者法によってベテランの経験知が次世代に受け継がれるよう,建設的な関係の構築をしていきたいものです。
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