医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部 俊子

2021.03.22 週刊医学界新聞(看護号):第3413号より

 立場上,毎週いくつかの会議を主宰し司会をする。会議がもっと「談論風発」にならないかといつも思う。司会をしながら,ダンロンフーハツという4文字が頭の中を去来する。

 『広辞苑 第7版』によると,談論風発とは,「いろいろな意見が活発にかわされること」とある。そっけない。談論とは「談話と議論」であり,風発とは「風の吹き起こるように弁論などが勢いよく口をついて出ること」とある。こちらのほうが,私が談論風発に込める期待を表している(余談であるが,今回この四字熟語を,2018年に改訂された分厚い辞書『広辞苑 第7版』で引いた。電子媒体にはない趣がある)。

 談論風発は,会議の参加者たちの土台に「心理的安全性」がなければならないようだ。そう考えてうろついていた私の目に飛び込んできた本が,エイミー・C・エドモンドソン著『恐れのない組織(The Fearless Organization)』(野津智子訳,村瀬俊朗解説,英治出版)である。副題は「『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」とある。エドモンドソンの論文と書籍が引用された総回数は5万1598回,1999年に心理的安全性を初めて提唱した論文の引用回数は8810回にも上り,これは「学術界の注目度や発見の貢献度を意味する」と村瀬氏は解説している。

 心理的安全性とは,大まかに言えば,「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ,自分らしくいられる文化」のことだとエドモンドソンは言う。続けて,「職場に心理的安全性があれば皆,恥ずかしい思いをするんじゃないか,仕返しされるんじゃないかといった不安なしに,懸念や間違いを話すことができる。考えを率直に述べても,恥をかくことも無視されることも非難されることもないと確信している。わからないことがあれば質問できると承知しているし,たいてい同僚を信頼し尊敬している」と述べる。さらに,職場環境に心理的安全性があると「いいことが起きる」と指摘する。いいこととは,ミスが迅速に報告され修正される。グループや部署を越えた団結が可能となり,イノベーションにつながるような斬新なアイデアが共有される。つまり,「複雑かつ絶えず変化する環境で活動する組織において,心理的安全性は価値創造の源として絶対に欠かせないものなのである」。

 第4章「危険な沈黙」は圧巻である。この章では,沈黙が原因で大事故が引き起こされたストーリーが紹介される。

 2003年2月1日,NASAのスペースシャトル・コロンビア号は大気圏の再突入に失敗し,7人の宇宙飛行士全員が命を落とした。NASAのエンジニアは事故が起きる2週間前,断熱材がシャトルの外部燃料タンクから剥がれ落ち,左翼を直撃したように思ったが,組織のはるか上にいるチームリーダーに発言“できなかった”。

 1977年3月,カナリア諸島の滑走路で2機のボーイング747が衝突して炎上し,583人が死亡した。管制承認が出されていないのに「行くぞ」と機体を前進させた機長に,副操縦士が「許可を待つべきです!」と“言えなかった”のだ。

 1994年12月3日,医療コラムニストで2児の母親でもあるベッツィ・レーマン(39歳)が,ダナ・ファーバーがん研究所で死亡した。全4日間で投与するはずの化学療法剤が毎日,つまり本来の4倍の量が投与された。関係者は誰も,レーマンの訴えた苦痛や状態の深刻さを正しく評価していなかった。

 2011年3月11日,日本の...

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