医学界新聞

対談・座談会 川﨑つま子,髙岡明日香,田中いずみ

2024.11.12 医学界新聞(通常号):第3567号より

3567_0101.jpg

 看護管理者をはじめ医療機関のリーダー職の中には,自身のどのような行動が適切な影響力の発揮,ひいては組織のパフォーマンスの最大化につながるのか,具体的なイメージを持てていない方も多いのではないでしょうか。本紙では『看護管理』誌での1年間にわたる連載をもとに『組織の力学 パワーを掌る――成功し続けるための組織行動論』(医学書院)を上梓したグロービス経営大学院教授の髙岡氏と,看護管理者の立場で多くの課題に向き合ってきた川﨑氏,田中氏との座談会を企画しました。組織の中に渦巻くさまざまな「パワー」とその向き合い方について模索します。

川﨑 私はいくつかの中小規模病院を運営する法人の統括看護部長という職に就いています。各病院の看護部長と協力して,看護部をどうまとめ上げていくかが現在の課題なので,今日は髙岡先生にお話を伺うのを楽しみにしてきました。

田中 現在の病院で看護部長に就任してから今年で10年目になります。2019年からは副院長を兼任しており,看護部のマネジメント業務に加え病院の課題を経営的観点から解決すべく日々奮闘しています。

髙岡 私はコンサルティングの領域に長年従事し,経営層の評価・選抜・育成などを専門にしてきました。現在は経営学者として米国でコーポレート・ガバナンスや企業倫理に関する研究を続けながら,パワーと影響力,リーダーシップなどに関する授業を日本のビジネススクールで担当しています。自分自身,管理職として仕事自体よりも対人関係で悩んできた経験があり,それが今回上梓した『パワーを掌る』のテーマであるパワーの研究を始めるきっかけになりました。

川﨑 まずは髙岡先生の書籍のタイトルにもある「パワー」について教えてください。

髙岡 数多くの定義がありますが,特に用いられるのはドイツの社会学者マックス・ウェーバーが提唱した「パワーとは,相手側の抵抗にもかかわらず自分の望むもの(利益)を実現する能力」です1)。強制的な意味合いを強く感じさせる定義であるものの,現代の組織の人間関係におけるパワーは,さまざまな種類・次元・強度で生じるため,「人や組織の行動に影響を与える力」と単純化してとらえていただいて構いません。

川﨑 そう考えると,どんな人間関係にも多かれ少なかれパワーが生じているということですね。

髙岡 その通りです。併せて重要なのは,パワーにはポジティブ/ネガティブの両面が存在することです。人が動かされるときを考えてみましょう。多くの場合,パワーを持つ者が他者に刺激を与え,パワーの受け手はそれに応じた行動をとる構図になりますが,上司でなくとも尊敬する人からアドバイスをもらい努力した結果,実績や昇進につながったというようなケースはポジティブなパワーが働いたと言えます。反対に,役職の力を背景に強権を発動し否応なく部下を従わせる場合はネガティブなパワーが働いたと表現できます。個人あるいは組織が成功を収めるには,こうしたパワーの概念を正しく理解し,対人関係において適切に行使することが重要です。

田中 これまではパワーと言われると,どちらかと言えば立場が上の者から下の者に対して行使される権力のようなネガティブなイメージが強かったです。しかし実際にはポジティブな側面もあり,必ずしも上司だけがパワーを有するとも限らないのですね。

髙岡 ええ。私たちはパワーの適切な行使により,相手を自発的に動かすことで仕事のパフォーマンスを向上させ,結果的にチーム全体の働きやすさを改善することができます。適切なパワーの行使には,組織に存在するパワーとパワーが発揮されるメカニズムへの理解が重要であり,それこそがパワーについて学ぶ意義だと言えます。

髙岡 川﨑先生,田中先生は多くの部下を抱える立場だと思います。マネジメントでは日ごろどのような難しさを感じていますか。

田中 師長にうまくパワーを使いこなしてもらうにはどうすれば良いかと悩むことが多々あります。師長たちは各現場のリーダーでもあるので,自発的に判断し動いてくれることを期待していますが,問題意識や方向性の共有はできていても,実際に行動する前には「看護部長や病院長から指示してほしい」と言われてしまうことがあります。

川﨑 難しい問題に直面したとき,より上の立場にいる人に解決してもらおうとするケースは多いですよね。ある意味,そうした方はパワーの権力的側面をよく理解しているとも言えるのでしょうが……。

髙岡 パワーにはさまざまな種類があるのですが,組織のヒエラルキーを背景に行使されるものは,「公式のパワー」という概念に当たります。現実には公式のパワーでしか対応できないケースはあるのでその行使は必要です。ただ行使に当たっては2つの点に注意しなくてはなりません。1つは強制力の大きさです。強制的に何かをさせられることで,公式のパワーの受け手は強い不満を持つ可能性があり,極端な例では組織にとっての大きな抵抗勢力の形成につながるリスクもあります。

 もう1つは役職より全人格を重視する近年の傾向です。特に若い世代では「上司からの指示だから」という理由だけでは必ずしも動かないこともあり,「尊敬する○○さんのお願いだから」「△△さんとは仲がいいから」といった事情が行動の契機になることが少なくないです。公式のパワーが昔よりも効きにくくなってきている点に注意すべきだと思います。

川﨑 確かにその通りかもしれません。看護の現場で例えれば,自分の考えをはっきり示さないままに「看護部長からの指示だから」というスタンスを師長が安易に取ってしまうと,その師長は組織の言いなりで,自分たちのことを守ってくれる・率いてくれる存在ではないのだと部下からはとらえられてしまいます。師長が公式のパワーに頼っていることを,部下たちは意外とシビアに評価している印象です。

田中 同感です。師長をはじめとするミドルマネジャーの難しさでもありますが,上司からの指示を伝達するだけのメッセンジャーのような存在にはなるべきではないでしょう。組織の決定や方針に対して自分自身はどう感じているのか,それを上司にも部下にも示していくことが信頼関係の構築につながるはずです。

川﨑 ミドルマネジャーを含めた部下に対するマネジメントでは,「いかに自発性を伸ばすか」が上司側のめざすべき1つのゴールであるととらえています。これを実現するには,上司側にどのような考え方が求められるのでしょうか。

髙岡 部下へのマネジメントにおける一丁目一番地は,部下を自分の「下」のメンバーと位置付けず,「一緒に目標を達成する対等なパートナー」ととらえることです。対等という認識が本当にあるかどうか,部下はすぐに気が付きます。一緒に目標を達成すると思うと,部下のことを自然とよく観察するようにもなります。

田中 上司からの積極的なコミュニケーションは,部下側からしても仕事のやる気につながりますよね。先ほど話題に挙がったミドルマネジャーのメッセンジャー化も防げそうです。

川﨑 上司とのやり取りから自分の強みを発見したり,改善すべき点に気づいたりすることも多々あるでしょう。フラットな関係を築いた上で,さらに一歩踏み込んで部下の強みを引き出していくことが,これからのリーダーに求められる重要な資質と言えるかもしれません。

髙岡 対等な関係が前提にあることで,上司は部下にチャレンジングな仕事を与えることもできます。挑戦する機会を増やしたり,裁量権を広げたりすることは,部下の自発性を伸ばす格好のきっかけになります。これは後継の育成という観点からも重要な責務ですし,優秀な部下にとって責任のある仕事を任されることは,働く上で何よりも強いモチベーションになります。

川﨑 一方で,上司が部下へのかかわり方で悩むのと同じように,部下側が上司からのプレッシャーを強く感じて働きにくさを覚えたり,必要以上に上司を恐れていたりするケースもしばしばあります。上司との関係性における部下側のパワーの活用,いわゆるボス・マネジメントでは,何がポイントになるのでしょうか。

髙岡 まずは,上司の部下に対する期待,つまり何をどの程度の質や粒度でいつまでに求めているのかを明確にすることです。物事を考える際の主語を自分ではなく上司にしてみることで,何をすべきかはおのずと見えてくるはずです。それが可視化されたならば次のステップは,「どのような関係を構築していくべきか」というテーマです。ここで重要になるのは,上司が相談したくなる「ディスカッションパートナー」としての存在をめざすことです。

川﨑 相談相手ですか……。ぐっとハードルが上がりましたね(笑)。

髙岡 そこまで身構えなくても良いと思います。初めは専門的な議論や込み入った相談ができなくとも問題ありません。「入院している患者さんの様子を知りたい」「現場で感じている問題点を教えてもらおう」といったように,上司にとって「信頼できる情報」を持ち「正確に客観的に」伝えてくれる人だと認識されることがポイントです。もちろん,上司はどういう情報や意見を求めているのかを考える視点がここでも必要になります。

田中 看護部長という今の私の立場で考えてみても,確かに対等にディスカッションができる師長は頼もしい存在に映ります。最低限の連絡だけでなく,私だけではキャッチアップできない情報を共有してくれたり,私の考えに意見を述べてくれたりすることがありがたいと感じます。

川﨑 役職としての上下関係を踏まえつつ,対等なコミュニケーションを取れる関係をめざすことが理想的と言えそうですね。

髙岡 その通りです。上司と部下は役割は違えど同じ船に乗る船員のような関係ですから,ひとたびマイナスな結果が生じれば両者がダメージを負います。逆に言えば,上司が成功したり昇進したりすることは自分の成功・昇進にも直結する可能性が高いです。上司が気持ちよく仕事をしてくれることが,ゆくゆくは自身を含めた全体の成功につながるという目的意識を念頭に置き,“前向きに上司を攻略する”意識がボス・マネジメントを成功に導くコツと言えます。

川﨑 上司の立場に視点を変えてみるという手法は個人的にも非常に納得感があります。私は3つの病院で看護部長を務めましたが,それぞれ病院のタイプも異なりましたし,上司のキャラクターもバラバラでした。ですから上司・部下の関係を築くことが難しく,初めてのコミュニケーションはうまくいかないことがほとんどでした。そうすると,院長をはじめとする自分よりも上の立場の方が何に一番価値を置いているのか,優先順位が高いものは何かを自然と考えるようになり,その思考法が自分の言動にも影響していったと思います。

田中 さまざまなタイプの人と仕事をする経験は貴重ですよね。1つの組織で培った感覚だけで上司が自分に合うかどうかを測ってしまうことはリスクと言えます。

川﨑 相手の立場になって考えることで関係性や働きやすさが良い方向に変わることはもちろんですが,その経験を通して自らを客観視する習慣もつきます。それは最終的に,どんな上司であれ自分次第で成長できる力につながるのではないかと思います。

髙岡 私自身の経験を振り返ってみると,自分が一番成長したのは,これまでで一番しんどいと感じる上司の下で働いているときでした。自分にとって難しい上司が成長のきっかけになるケースは多いです。また,上司を選ぶ人は結局仕事の機会が減り,昇進が遅れるという現実もあります。ですから新しい環境や悩ましい上司の存在を「自分の柔軟性を鍛えるチャンス」くらいに考えられると素晴らしいですね。どんな上司ともスムーズにやっていけるというのは,それ自体が顕著な強みになります。

田中 ここまでさまざまなお話を伺ってきて肝心だと感じたのは,相手を無理に変えようとせず,自分自身のマインドや行動を変える必要性です。私自身も日々の業務の中で意識していきたいポイントですし,パワーを自身の成長のためだけに使いこなすのではなく,最終的に組織全体のパフォーマンスに還元していくことをめざしていきたいと思います。特に看護職は腰を据えてこうしたマネジメントに関する理論を学ぶ機会が少ないので,院内でも共有していきたいです。

川﨑 病院経営,あるいは医療制度そのものを取り巻く環境は厳しさを増すばかりです。看護管理者には,部下の育成や看護の質の追求に加えて,経営的視点での努力も求められるようになってきました。そうした変化に対応していくためにも,組織の中に存在するパワーを正しく理解し,周囲の状況に左右されず柔軟に自己変容できるマインドが,これからのリーダーに求められているのだと改めて感じました。

髙岡 実は私がビジネススクールの学生から聞く仕事の悩みは,ほとんどが上司への不満や,会社での人間関係の齟齬によるものです。ですが,こうした対人関係の悩みに使う時間はたとえ1秒でも無駄であると私は思っています。もし,患者さんのために過酷な日々を奮闘されている医療者の中に組織の対人関係で悩んでいる方がいたら,人間関係こそもっと慎重に,戦略的に解決するという意思を持ってほしいと思います。そしてその状況を解決する具体的なすべがあることを知ってほしいです。今回の書籍が,そのための一助になれば幸いです。

川﨑 読者の皆さんもぜひ髙岡先生の本を手に取って,パワーの理論と実践に触れてほしいと思います。本日はありがとうございました。

(了)


1)Weber M. Economy and Society:An Outline of Interpretive Sociology. University of California Press, 1978.

3567_0102.jpg

大坪会グループ(OZAK会) 看護局長

1978年国立埼玉病院附属看護学校卒。88年日本赤十字社幹部看護師研修所卒。2010年東京医療保健大修士課程修了。同年認定看護管理者(日看協)。大宮赤十字病院(現・さいたま赤十字病院)附属専門学校専任教員,同院看護師長などを経て,小川赤十字病院,足利赤十字病院,東京医歯大病院(現・東京科学大病院)で看護部長を歴任。22年より現職。共著に『はたらく看護師のための自分の育て方』(医学書院)。

3567_0103.jpg

グロービス経営大学院 教授 / ジョージ・ワシントン大学 客員研究員

博士(経営)。一橋大大学院国際企業戦略研究科博士後期課程修了(DBA)。一橋大大学院国際企業戦略研究科修了(MBA)。MBA取得後,マッキンゼー・アンド・カンパニーにて戦略案件を担当した後に,人事コンサルティング,特に社長指名に従事。タワーズワトソン株式会社アセスメント事業のアジア責任者を務める。現在は,米ジョージ・ワシントン大にてコーポレート・ガバナンス,企業不祥事,企業倫理について研究を行う。Bancho Board Advisory株式会社代表取締役。著書に『パワーを掌る』(医学書院)。

3567_0104.jpg

手稲渓仁会病院 副院長 / 看護部長

1988年帯広高等看護学院卒。95年に手稲渓仁会病院に入職。2010年に北海道医療大大学院修士課程を修了し,同年がん看護専門看護師に認定。14年には認定看護管理者となり,15年4月より手稲渓仁会病院看護部長に就任。19年より副院長を兼務する。著書に『看護管理者が進める地域療養支援ガイドBOOK』(メディカ出版)。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook