医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2023.10.23 週刊医学界新聞(看護号):第3538号より

 今年の夏(2023年),看護管理者の研修で私はキャリア論を担当した。講義とグループワークが一段落して,「発言がなければこれで」と授業を終えようとした時,意を決したように手を上げた人がいた。そして,「私は,ジャングルジムの記事をみて仕事を続けようと思いました」と言った。私はどきっとした。

 本連載第122回に,「キャリアははしご(ラダー)ではなくジャングルジム?!」と題して書いたのは2015年2月であった。シェリル・サンドバーグの『LEAN IN』(村井章子訳,日本経済新聞出版社,2013年)を引用して,私はこう締めくくった。

 多彩な人材が多様なキャリアを歩む時代となっている。そうなると,「一本のはしご(ラダー)」(キャリア・ラダー)は適さないということになる。つまり,はしごには「広がりがない。上るか下りるか,とどまるか出て行くかどちらかしかない」のである。しかし「ジャングルジムにはもっと自由な回り道の余地がある」という。「これなら,就職,転職は言うまでもなく,外的な要因で行く手を阻まれたときも,しばらく仕事を離れてから復帰するときも,さまざまな道を探すことができる。ときに下がったり,迂回したり,行き詰まったりしながら自分なりの道を進んでいけるなら,最終目的地に到達する確率は高まるにちがいない」のである。しかも,「ジャングルジムなら,てっぺんにいる人だけでなく,大勢がすてきな眺望を手に入れられる。はしごだと,ほとんどの人は上の人のお尻しか見られないだろう」という(最後のフレーズは私のお気に入りである)。

 さらに続けて私は,「昨今,看護界における転職ナースの働きにくさは,キャリア・ラダー神話に固執しているいる既得権者たちの価値観にあるのかもしれない」と考察している。

 自分の考えを述べた短い記事が,読み手に影響を及ぼし,8年後にそのことを知るというストーリーに感激した私は,授業のあと研修参加者の2人に“取材”を申し込み快諾を得た。

 研修の最後に質問したアンザワさんが,“ジャングルジム”の記事をみたのは仕事を辞めていた時であった。スーパーの広告をみていた。もう看護には戻れない,どうしたらよいかと悩んでいた。それまで三次救急の病棟で充実した日々を送っていた。それなのに仲間から離れ,結婚して子どもをつくりたいと思っていた時であった。そして,不妊治療をするために仕事を辞める決断をした。

 退職は,一緒にはしごを上がってきた同年代の仲間から外れて,はしごから落ちてしまう感覚であった。とにかく上り続けなければいけないと思っていた。仕事は自分の一部であった。しかし,「仕事を辞めないと子どもはできない」と義理の両親に言われた。不安だった。仕事を離れただけなのに,自分がもぎ取られた感覚。価値がない自分に揺れた。

 アンザワさんはそうした状況のなかで,「(キャリアが)ジャングルジムならいける」と,あの記事をみて沸き立った。そしてすぐに応募した。自宅から電車で三つ目の病院。その病院が今の職場である。

 アンザワさんは,第二子・第三子を産んだ時は産休を取った。職場に戻ることを想定していたので喪失感は大きくなかった。「仕事を休んでも別の道を選べる」と考えることができた。逆風が吹いてもやってきたという自信と,いったん止まってもやり直せるという安心感ができた。「なんで上がるか下がるかしかないと思っていたのか」と振り返る。

 アンザワさんはこのようなストーリーを経て,認定看護管理者ファーストレベル研修で私と出会ったのであった。

 もうひとり,「回り道は武器になると僕は思います」と研修の場で発言したコバヤシさんがいた。

 コバヤシさんはもともと教師になりたかったが,当時は就職難であったため,塾の講師を始めた。1回10人のクラスで数学と理科を担当した。いろんなことで生徒とトラブルが起き,生徒が辞めていく。すると給料が減らされた。20代の頃で,生徒を知りたいとあえいでいたが,それよりも自分のことがわかっていなかった。その間いくつかの資格を取った。簿記3級,住環境福祉コーディネーター,さらに介護保険制度導入の時期であったのでホームヘルパー2級を取り事務所に飛び込んで採用された。

 ヘルパー事業所と併設していた訪問看護ステーションの職員に看護師資格を勧められて,看護短大に入学。看護師となった。この間,夕方6時からの塾の講師は続けた。

 コバヤシさんは県立病院に就職,10歳年下のプリセプターについた。よく怒られた。「コバヤシが真っ先に辞めるだろう」と噂されたが,大人だから我慢した。もう後がなかった。看護はつらかったけれど,塾の上司がよかった。育ててくれた。「お前は人を変えようとしているだろう。そうではなく自分が変わるんだ」と教えてくれた。

 塾の経験が自分にとって「先生」となった。子どもたちはへとへとに疲れて塾へやって来る。授業をしても寝てしまう。寝させないようにしなければいけない。生徒が笑って帰ってくれればよい。ユーモアが必要であるし,褒めるだけでもダメ。こうした経験からすると,ナースは教えるのがヘタだと思う。

 キャリアの回り道のメリットは他にもある。働いている人の気持ちがわかる。ごつい手をしている人の職業がわかり,ハナシが弾む。話題の幅が広いので,患者対応が容易である。ナースたちが世の中のことに興味を持たないのも気になる。先日行われた知事選挙も関心がなかった。

 自分にとって遠回りは必要であった。遠回りによって,短所が長所であることもわかった。

 2人の取材を終えて,私は再びある言葉を思い起こした。10年くらい前,大学の教員が学士編入生に,「看護大学にストレートで来ればよかったのに,無駄な遠回りをしたわね」と述べたことである。その学生は深く傷付いたと私に話してくれた。

 看護界はもっと寛容にならなければならない。そうでないと,逸材を失う。


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