サイエンスイラストで「伝わる」科学
[第6回] パッと見でわかるイラストとは
連載 大内田美沙紀
2023.10.16 週刊医学界新聞(通常号):第3537号より
サイエンスイラストレーションの用途は,正確な情報を伝える論文用の挿入図から,おおまかな印象を伝えるPR用のちらしまで多岐にわたると連載第2,3回(第3522,3526号)で述べたが,さらに用途の狙いによって「じっくり見てもらうゾーン」「パッと見でわかるゾーン」「感性を刺激ゾーン」の大きく3つのゾーンに分類される(図1)。一端にあるのは図鑑や論文用に妥協を許さない正確性が問われる「じっくり見てもらうゾーン」,その対極にはおおまかな印象を与えつつも注目してもらいたい「感性を刺激ゾーン」があり,それらの中間にあるのが短時間でわかりやすく情報を伝える「パッと見でわかるゾーン」だ。
それぞれの領域は重なり合っているが,「パッと見でわかるゾーン」には主に論文冒頭に挿入するグラフィカルアブストラクト,研究費の申請書やプレスリリースなどで使われる研究概要図がある。そしてこれらの図はそのまま研究を紹介するページのトップ画面やバナー,サムネイルとして,SNSやWebでの表示を意識して使われることがあり,近年ますます需要が高くなっている。今回はこのパッと見でわかるゾーンについて深掘りしていく。
読むべき論文精選の助けとなるグラフィカルアブストラクト
学術誌の多くは論文の概要を一つにまとめたイラスト「グラフィカルアブストラクト」の提出を求めるようになっており,そのイラストは論文トップとして飾られる他,学術誌のSNSやTOC(Table of Contents:目次)のサムネイルとして使われる(図2)1)。学術誌の読者はほとんどが多忙極まる研究者や医師であり,大量の論文の中から素早く読むべきものを見極める必要がある。グラフィカルアブストラクトはその精選の手助けにもなっている。グラフィカルアブストラクトについては2022年に本紙の新春随想2)で寄稿しているので参考にされたい。
プレスリリースや申請書に入れる研究概要図の重要性
プレスリリースとは,簡単に言うと「近々こんな研究成果が科学誌で公表されますが,記事にしませんか?」とメディア向けに発信するネタ提供の書類だ。広報室員として以前所属していた京都大学iPS細胞研究所(CiRA)では,研究のポイントと内容を記した数ページのプレスリリースを作成していた。その前段階として概要だけをまとめた1枚の書類を作り,「投げ込み用プレスリリース」として本プレスリリースより少し早めに記者クラブへ配布することが多々あった(図3)3)。記者たちはその「投げ込み用プレスリリース」も参考に,1日数十本出されるプレスリリースの中から取材価値があるかを判断しているそうだ4)。記者たちも研究者と同じく日々時間に追われる身である。「概要図の存在はきっとありがたいに違いない」と信じ,私はプレスリリースの担当となった際には,サイエンスイラストレーターの本領発揮とばかりに概要図を作って載せていた。
概要図があることで記事化の可能性が上がるというデータは見つけられないのだが,実際に何人かの記者に聞いたところ,やはり概要図の有無で大きく印象が変わり,研究を理解する上で非常に助かっているそうだ。また,記事化の際は概要図を参考とした挿絵が作成される場合がある。挿絵のある目立った記事を見つけると,「してやったり」と勝手に達成感に浸ったものだ。
プレスリリース用の概要図の他に,研究費の申請書に挿入する概要図の制作を研究者から依頼される機会もよくあった。研究費採択の決定権を持つ人も,大量の申請書を短時間で目を通し,候補者の研究内容を見比べながら採択するべきかを判断する。ここでも申請内容をいかに「見栄え良く」アピールするかが重要となってくる。研究概要をわかりやすく示した概要図の存在は,そういった見栄えにも大きく貢献するだろう。
どのように手に入れるか
さて,グラフィカルアブストラクトや研究概要図といった「パッと見でわかるゾーン」のイラストの需要が高いことを解説したが,こうしたイラストが必要となったとき,自分でどのように用意すれば良いのだろうか。プロのイラストレーターに依頼するのか,あるいは自分で取り急ぎ制作してみるのか。時間と予算に余裕があれば前者の選択を推奨するが(その場合は京都大学が制作した『プロに依頼する科学イラストのススメ』5)を参考にしてほしい),現実には研究者自身が作成しているケースが多いと思われる。実は「パッと見でわかるゾーン」のイラストは,見やすくするルールさえわかればプロでなくても効果的なイラスト制作が可能だ。次回はそのTipsについて具体的に話していきたい。
参考文献・URL
1)Neuron. 2020[PMID:32229307]
2)大内田美沙紀.研究成果をひとめで伝える科学イラストのススメ.週刊医学界新聞3451号.2022.
3)京都大学iPS細胞研究所(CiRA).ヒトのiPS細胞から腱の細胞を作製する――アキレス腱断裂のラットに移植し,機能回復を確認.2021.
4)永山悦子.研究成果を報じる「喜び」と「苦しみ」.科学技術コミュニケーション.2015;18:99-108.
5)京都大学国際広報室,他. プロに依頼する科学イラストのススメ.2019.
6)Ann Surg. 2017[PMID:28448382]
7)Br J Surg. 2019[PMID:31577372]
8)J Arthroplasty. 2021[PMID:33975745]
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