サイエンスイラストで「伝わる」科学
[第3回] 誰に何を伝えるか
連載 大内田美沙紀
2023.07.24 週刊医学界新聞(通常号):第3526号より
前回,サイエンスイラストレーションにはあらゆるスタイルと用途が存在し,用途に沿って伝える相手とメッセージを意識して表現スタイルを変えていく必要があると述べた。今回は,私自身が意識しているスタイルの調整について例を挙げて紹介していきたい。
スタイルの描きわけ
まずは図1を見ていただきたい。これは私が京都大学iPS細胞研究所(CiRA)に在籍中,一般向けに発信している冊子『CiRAニュースレター』1)の表紙用にアクリル絵の具で描いたものだ。はっきり言って,何の説明もなければ意味不明な抽象画である。中央の丸い物体が印象的であるのと,(右上と右下に見切れている)丸い物体の縁に付いている突起物が特徴的な絵画である。「ちょっと気になるかも?」,それだけが狙いのイラストだ。
次に,図2を見ていただきたい。これも私がCiRAにいた頃に描いたもので,研究成果を発表するプレスリリースの概要図として使用した2)。コミカルなタッチで丸い物質に顔が描かれており,ハサミと共に描かれた三つの矢印によって,丸たちの反応が変わっている。図1よりも情報量があり,三つの操作による丸たちの因果関係を示すイラストだ。
実は図1と図2は,同じ研究内容を表現したものである。なぜこれほどスタイルが違うのか。それはズバリ“伝える対象とメッセージ”が違うからだ。
伝える対象とメッセージの相関を考える
図1はニュースレターの表紙,図2はプレスリリースの概要図である。このことから,伝える対象が図1は広く一般向け,図2はメディア向けと言える。そして,伝えるメッセージは図1は「ちょっと気になるかも?」という程度の大まかな印象,図2は図1よりも研究内容が理解できる具体的な情報だ。
私はイラストのスタイルを考えるとき,伝える対象とメッセージを指標とした図3のような相関をいつも考える。必ずしも全てこの相関に当てはまるわけではないが,専門家を対象にするほど右上のリアルな描写,患者などナイーブな層を対象にするほど左下のやさしい描写で表現することで,伝える対象にピンポイントに刺さる「効果的」なイラストになるように思う。
図1の「ニュースレター」と,図2の「プレスリリース」の領域を図3の中で示してみた。ニュースレターの表紙のように,広く一般向けに大まかな印象を与えるイラストは正確性に拘らず,「きれい」「かわいい」「かっこいい」といった感性を刺激するよう意識して制作する。一方,プレスリリースや論文の概要図等,研究内容を具体的に伝えるためのイラストは,伝える対象が絞られ,より本質的で情報量が多くなるように制作する。
図3はあくまで目安であり,見る人の好みにもよるが,私の経験上この相関図を基にしたスタイルの調整は非常に有効だ。もし研究内容を伝えるイラストでどのスタイルが良いか迷っている場合,まずは伝える対象とメッセージが何なのか考えて選んでみてはいかがだろうか。
顔をつけて敵・味方,役割を伝える
誰にもわかりやすく,かつやさしい描写にする簡単なテクニックがある。それは「顔をつけて擬人化する」ことである(図4)。先ほど挙げた図2のプレスリリースのイラストでは,対象は絞られているものの,科学の背景知識が少ない人でも理解できるように細胞に顔をつけて描写した。このように物質に顔を付けてキャラクター化すると大きく印象が変わる。さらに,表情を加えるだけで簡単にその物質の役割を表現できる。例えば,がん細胞は目を尖らせて口元が笑っている顔,がん細胞に侵食されている細胞は泣いている顔,がん細胞を攻撃する免疫細胞は正義の味方として眉を尖らせた顔という具合だ。特に怒った顔,泣いている顔は見る人の感性を刺激して印象に残りやすい。iPS細胞の樹立でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授もその昔,科学技術振興機構(JST)の研究助成金を得るための発表で,涙を流しているように擬人化したマウスや細胞のイラストをスライドに用いたそうだ3)。
さて,医療関係者の皆さんの場合はイラストを使用するとき,伝える対象が患者さんであるケースが多いと思う。患者さんは図3のナイーブ層にあたり,不適切なイラストを示すと驚いたり,傷ついてしまったりする場合があるので,描写のバランスを慎重に判断しなければならない。何が適切で何が不適切かは,いわゆる「一般的な感覚」で決まる。次回はその一般的な感覚と,それに合わせたイラストの調整を話したい。
参考文献・URL
1)京都大学iPS細胞研究所(CiRA).ニュースレターVol.37.2019.
2)京都大学iPS細胞研究所(CiRA).ゲノム編集技術を用いて拒絶反応のリスクが少ないiPS細胞を作製.2019.
3)山中伸弥,他.「プレゼン」力――未来を変える「伝える」技術.講談社;2016.
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