医学界新聞

サイエンスイラストで「伝わる」科学

連載 大内田美沙紀

2023.11.20 週刊医学界新聞(通常号):第3542号より

 前回(第3537号)紹介した「パッと見でわかるゾーン」は,見やすくするルールがある程度確立されており,プロでなくても効果的なイラストを制作することは可能だ。筆者は現在所属している北海道大学で,グラフィカルアブストラクト制作演習を担当している。演習を通してイラスト制作初心者を含む受講生それぞれが,自身の研究に関するグラフィカルアブストラクトを制作している。今回はその演習内容に沿って,制作フローにおけるTipsを順を追って説明する()。

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 グラフィカルアブストラクト(GA)の制作フローにおけるTips(クリックで拡大)

 まず,自分の研究のタイプについて考えてもらいたい。「○○のしくみ」「△△の影響」と示すことができる“解説系”と,「AとBの比較」といった“比較系”に分類できるとすれば,どちらになるだろうか?

 これまで制作してきたグラフィカルアブストラクトを振り返ると,この解説系と比較系で工夫するポイントが違うことに気づいた。解説系は視線誘導,比較系は対照性を意識してレイアウトするという点である。具体的な手法については後述する。

 次に,一番印象付けたいキービジュアルを考える。例えば,新型コロナウイルス感染症に関連した解説系の研究であれば「ウイルス」と「肺や気管支」,ゲノム編集や薬の投与による細胞の変化を調査した比較系の研究であれば,「細胞」「ゲノム編集」「薬」がキービジュアルになるだろう。なお,目立つキービジュアルがたくさん詰まっているとゴチャゴチャした印象になるので,キービジュアルはできれば1つか2つ,多くても3つぐらいが良い。

 上記のキービジュアルをどのようにレイアウトして研究の流れを見せるかが肝心である。解説系と比較系で意識するポイントを下記に示す。

解説系:視線誘導を意識した配置

 今この連載記事を左から右,上から下と読んでいるように,基本的に人の視線は左から右,上から下へと流れる。限られたスペースにあるビジュアルとテキストを素早く見せるには,このような視線誘導の法則を利用すると効果的だ。人の視線をリアルタイムで追跡するアイトラッキングを使ったこれまでの報告1)では,視線誘導の形にはパターンがあり,特にメリハリのないレイアウトで情報が羅列されている場合はF型(最初に左上から左下に垂直方向に流れ,左上に戻り左から右へと水平方向に進む),情報の密度がそれほど高くない場合はZ型(最初に左上から右上へと水平方向に流れ,斜め下に視線を戻した後また水平方向に流れる)になるケースが多いらしい。

 私は解説系のレイアウトでは,後者のZ型を少し変形したひらがなの“て”を描くような視線誘導を意識して,なんとなくキービジュアルを配置している。キービジュアルの位置は右上や右下など,いったん視線の流れが止まる位置に配置するとより効果的である。

比較系:対照的な配置

 比較系のイラストでは,とにかく対照的にレイアウトすることが大事である。感染前と感染後,変化前と変化後,旧プロトコルと新プロトコルなど,比較するものを同じ構図で配置することで何が変わったのかがわかりやすくなる。キービジュアルは比較する2つの中に同じ構図で入れることもあれば,間に入れることもある。図のように,比較する事象が2つある場合,上下左右両方とも対照的にレイアウトする時もある。

 その他,色を多用しない,情報を詰めこみすぎない(余白スペースを入れる)など基本的なルールは,数多くまとめられているデザインの教科書と同じだ。なお,背景は寒色系にすると落ち着いた印象になり,さらにキービジュアルが暖色系であると背景とのコントラストがついて際立つ(解説系の肺のイラストを参照)。

 全ての事例が図に示すフローに当てはまるわけではないが,筆者の経験ではこのやり方で制作すると非常に効果的(パッと見でわかりやすい)なグラフィカルアブストラクトが制作できるので,ぜひ参考にしてみてほしい。

 こうしたグラフィックはこれまでMicrosoftやAdobeのソフトウェアで作成するのが一般的であったが,最近は素材が豊富で初心者でも感覚的に扱えるデザインツール〔CanvaMind the GraphBio Renderなど〕が普及してきた。これらのツールを用いて今回紹介したTipsさえ意識すれば,プロのイラストレーターにも引けを取らないイラストを,誰もが短時間で作成できるだろう。サイエンスイラストレーターの仕事がなくなるようなことを言ってしまい,自分の首を絞めるようで苦々しいが,世界を席巻している生成AIの件も含めて,これからのサイエンスイラストレーションの話については最後の回にとっておきたい。

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1)Kate Moran. How People Read Online: New and Old Findings.2020.

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